地味なのが自慢です!
今朝も鏡の前でうっとり。
「ハァァ、何て普通の良いお顔」
鏡の中から茶色の髪と瞳の平凡で地味な少女が私を見返している。
着替えもそこそこに自分の部屋の鏡の前から動かない私を見て、後ろに控えるエルゼ、リリアンヌ、メリーの侍女3人が今日もドン引きしている。でも、朝の地味顔確認は私にとってはとっても大事なルーティーン。これをしないと、1日が始まらない。
私の名前はアレキサンドラ10歳。ゲラン王国の由緒正しきグリエール公爵家の長女だ。
ゲラン王国は、一年を通して温暖な気候と海に面した風光明媚な王城で有名。農業や漁業が盛んで文化レベルも高い。綺麗な顔立ちの人が多く、通りには馬車が行き交い帯剣している人もチラホラ。どことなく昔のヨーロッパを思い起こさせる。
私の父は、その頭脳と腹黒さ(お父様ゴメン)で『我が国の至宝』と王に言わしめるこの国の宰相。いくつもの改革や交渉、国家事業を成功させている(らしい)。娘の私から言うのも何だが、金髪にアイスブルーの切れ長の瞳を持ち、口ひげが似合う要するにイケメンだ。
母は父と大恋愛の末伯爵家から嫁いできた銀髪に紫の瞳を持つ絶世の美女。美貌もさることながら、優雅な身のこなしと柔和な性格で『お嫁さんにしたかった』ランキング未だに堂々の第1位。結婚式の時には恋に破れた多くの殿方の涙で川ができたとかできなかったとか。
銀髪にアイスブルーの瞳の6つ上の兄は、16歳にして城内にファンクラブを持ち「クールな所が素敵」ともてはやされ、『氷の貴公子』の異名を持つこれまたすこぶるイケメンだ。現在は近衛騎士団所属だけど、頭が良いから将来は父様の後を継ぐのではないかとにらんでいる。
そんなご大層な家柄と美形揃いの家族に囲まれ不自由のない恵まれた環境で育った私。もちろん誰もが振り返る完璧美少女で、歳の近い王子様とは婚約者同士……
な、わけがない!!
いえ、いるにはいますけど、王子様。ちゃんと金髪碧眼で同い年の美少年。年齢も家柄も釣り合うし、我が家は王家と親しいけれど。
彼はとっても優しくてつきまとっても怒らない。それどころか美少年特有のキラキラオーラでいつも周りをウットリさせている。そんな王子様が仲良くしてくれるから、絶賛勘違いしてましたとも。もしかして私、かなりイケてるんじゃあ!?
でも、最近ようやく気がついた。私は婚約者どころか女子として認識すらされていない。
だって、私が地味だから。
いえ、アレキサンドラという名前はものすごく派手ですよ? そこのあなた「名前負け」って言うのは止めて下さいね?
大切な事なのでもう一度言います。
「私はすっごくすっごく地味だから!」
*****
「おはようアリィ。良い朝だね」
「ええ本当に。お父様、おはようございます」
緑あふれる公爵家自慢の庭を臨むテラスで朝食。
さっぱりした冷静スープとクロワッサンに似たクロスルという焼きたてのパン、見た目も鮮やかな新鮮野菜のサラダ、ドレッシングはオランジュ(オレンジ)ソース、舌平目のムニエルのような魚料理やジューシィな肉料理にタルトやパイ、ジュレなどのデザートやフルーツもたっぷり。朝からこんなに食べ切れないなと思いつつ、目は豪華な料理の数々に釘付け。
うちのシェフ、相変わらず良い仕事してます! 良ければレシピを教えて欲しい。
でも貴族って調理場に入れないから、私は未だに食材や料理の知識が無いのが残念。前はお料理好きだったのにな。今は作るどころか近寄るのも禁止。
そのうち調理場を借りて女子力の高そうな『手作りのお菓子』を女友達みんなに振る舞うことが、今の私の密かな目標。
それにしても、宰相であるお父様がこんな時間にいらっしゃるのは珍しい。もしかしてこの世界のお城の仕事って、実は暇なんじゃ?!
そんな事を考えながら男前なアドルフ父様のお顔を眺めて絶品朝食。
お兄様は王城内の騎士団の寮にいて滅多に帰ってこないし、お母様はいつものごとくまだ寝ているし。だから大好きなお父様と二人きりで、癒しのひとときをゆっくり過ごす事ができる。
「ところでアリィ、今日もまた鏡の前でため息をついていたと聞いたが? あまり侍女を待たせて煩わせるものではないよ。お前はそのままで十分可愛いんだからね」
「……。今日も支度に時間がかかり過ぎましたかしら? 今後気をつけるように致しますわね」
とりあえず子供らしくニッコリ微笑んでおく。お父様、キラッキラの家族に比べて地味で可愛く無いのは自分が一番良くわかっています。何だかんだいって、男親って娘に甘いんだから。
毎日自分の顔を見てため息をつく私。でもそれは、嘆きのためでなく見飽きない地味顔に安心してうっとりしたせい。決してガッカリしているわけではありません。カン違いなさらないようにね?
だけどお父様、それで良いのです。
だって今までの私は、確かに鏡の前で本物のため息をついていました。
本気で容姿にコンプレックスを抱いていましたもの。
整い過ぎた美貌の家族の誰にも似ず、『お父様、まさか町の人と浮気した?』と密かに疑ってかかっていた地味子な私。
茶色い髪と色素の薄い茶色の瞳。顔も取り立てて可愛いわけでなく、体型も年相応。煌々(きらきら)
した美男美女揃いのこの家ではかなり地味~な容姿。スタイルは……まあ、まだ10才だからわかんないけどね。もちろん前はぺったんこ。
前世の方がよっぽどファンタジー向きの顔とスタイルでしたとも。
なんで前世と言い出したかって?
そう、あれはほんの2ヶ月前ーー
バッシャーーン
やらかしました。吹き抜けホールの2階にいたメイドがつまずいてこぼした洗面用の水。あろうことか手すりを越えて1階にいた私に直撃!!
容れ物がぶつからなくて良かった。かぶったの水だけだったし。
公爵令嬢でワガママいっぱいのいつもの私なら、ガキンちょの癖にそれはそれは偉そーに怒鳴っていた事でしょう。ま、今回のことは怒ってもいいと思うんだけど。だけどその時私は、頭からボタボタと垂れる水をボー然と見ながら遠い記憶を思い出してしまったのーー