仲良くお買い物
義弟のレオンとお買い物だなんて、何年ぶりだろう? 備品とか食料を調達するためにちょこちょこと町に出たことはあるけれど、こんな大きな城下街でゆっくりお店を見て回れるなんて、本当に久しぶりだ。
そういえば、旅の間にレオンは一つ大きくなった。元々1歳違いの私とは、今だけ同い年。せっかく15歳になって成人したというのに、忙しさにかまけて私は何もプレゼントを用意していなかった。途中みんなで祝杯をあげただけ。だからこっそりと街で贈り物を用意できたら良いなと考えている。
「よっと。リストにある分はこれで全部だ。あとはお菓子屋さん? どうせまた、寄って行くんだろう?」
宿で借りた馬車の荷台に、荷物を載せながらレオンが言う。
保存のきく乾燥肉や瓶詰、長期持ち歩きのできる穀類、香草をたっぷりまぶした肉や塩漬けの魚など、これでもかっていうほど食料を買い込んだ。水と旅装はガイウス様とヴォルフの担当だから、そこは気にしなくて良いから。
先に寄った薬屋で、傷薬とか回復薬、滋養強壮剤や毒消しなんかも手に入れたから、抜かりは無いはず。
そういえば、薬局で調合を待っている間に、おばさんから手招きされて『惚れ薬』は要らないか? ってこっそり聞かれた。「好きな彼女とすぐに恋仲になれること請け合いさ」って言われたから、少しだけ驚いてしまった。え? 彼女?
ああ、そっか。私は今男装しているから、そうなるよね? さすがは魔導王国。『惚れ薬』を薬屋でお手軽に買えるなんてすごい所だ。
でも私の旅の目的は、恋だの愛だのにうつつを抜かすことではない。そのために義兄のヴォルフをスルーし続け、リオンとだって曖昧な約束しかしていない。だから、『惚れ薬』なんて私には必要のないものだ。
きっぱりと断ったら、「欲のない子だねぇ。他国へ行ったらそこそこ高くで売れるのに」と、言われてしまった。
あれ? もしかして私、断るの早まった?
そんなこんなで街中を警戒するようにぶんぶん飛び回る魔法の光と共に、そこかしこに魔法の息吹を感じながら、レオンと二人でお買い物を楽しんでいるところ。
「当たり前じゃない! 疲れた時には、甘い物、でしょう?」
「疲れてなくても甘い物を食べるよな? まあ本当は自分で作った方が良いんだろうけど」
言いながら、レオンは遠い目をする。彼が昔を思い出しているのだとわかる。
小さな頃は二人でよく、我が公爵家の料理長と一緒にお菓子を作ったものだ。まあ、私がお菓子を食べたいがために手先の器用な弟をつき合わせたっていうのが真実だけど。嫌そうな顔をしながらも、結局は折れて泡立てたりラッピングを手伝ったりしてくれていた。頬にクリームが付いただけで楽しくて、二人で顔を見合わせて笑い合っていたこともある。それは今も大切な思い出で、あの時の私達は確かに幸せだった。
何年後かにこんな風に一緒に旅に出るなんて、想像すらしていなかった。
黄色い壁にオレンジ色の屋根、外には花壇もある可愛らしいお菓子屋さんの店内を、嬉々として回る。色とりどりの焼き菓子やケーキ、見たこともない菓子などが所狭しと並んでいる。ふわふわの綿菓子がなぜか宙に浮かんでいるし、マカロンのようなカラフルな焼き菓子は、元気良く飛び跳ねている。そうかと思えばチョコレートがひとりでに溶けて『私を食べて!』という文字を形作っては、また元の板状のチョコに戻っている。魔法の成分がお菓子にまで反映されているかと思うとおかしくて、つい笑みがこぼれてしまう。
荷物は外でレオンが見ていてくれるから、私は店の中をゆっくりと見ることができるし、ついでだから疲労回復用の飴と一緒にレオンのための誕生日ケーキも買って帰ろう。
楽しい気分で注文をしようとカウンターの近くに寄った時、外から悲鳴と怒鳴り声が聞こえた。
「キャーッ」
「何だ、これは!」
「近くに寄るんじゃない、みんな離れろっ!」
最後のあれは、レオンの声? 私は慌てて扉を開けて外に飛び出した。
見ると、ちょうど大人の大きさ位のブラックホールのような<黒い陰>が若い男性を呑み込もうとしている。
警戒用の魔法の光も近くを飛び回っているけれど、<黒い陰>には何の効果も与えられないようだ。
「シャドウだ!」
誰かが叫んだ。この国での呼び名はシャドウなのね? なんて、悠長な事を言っている場合ではない。
早く何とかしないと、男性を陰から引き摺りだそうとしているレオンが危ない!!
「来るな、アリィ、遠くへ逃げろ!!」
男の足を掴んだまま、私に目を止めたレオンが必死に叫ぶ。
だからといってこのまま見過ごすわけにはいかない。レオンだって相当危ない状況だ。
「バカ、アリィ、何やってんだ!」
「文句を言うのは後で良いから。早く!!」
レオンの隣で、もう片方の男の足首を持って引っ張る。お願い、間に合って!
<黒い陰>が今まさに私達まで呑み込もうと、男性の足を持つ私の腕に触れた瞬間……あれ? 嫌がった?
実態の無いはずの黒い靄のようなものが、なぜか私に触った途端、嫌がって跳ね上がったようにも見えた。現に、陰はじりじりと後退している。捉われていた男性は足首しか見えていなかったはずなのに、膝、腿、腰と徐々に輪郭を露わにしていく。
もしかして、私ったら陰にまで嫌われている?
「何考えてんだ、バカっ、止めろって!!」
義弟の静止は聞かず、自分から陰に歩み寄った。
うん、やっぱり嫌がって逃げるみたい。
罠かもしれないけれど一応確認しておこうと思って、私が<黒い陰>に触れた瞬間――。
陰は霧散してしまった。
あれ? 何で?
呑み込まれた男性の状態を確認し異常がないのを見て取ると、様子を伺っていた町の人に託し、レオンはすぐさま私の元へと走り寄って来た。
「バカ、アリィ! 何で勝手な真似を!! 呑み込まれなかったから良いようなものの、お前に何かあったら、俺は生きてはいけない――」
そう言って苦しい位に強く、堅く私を抱きしめた。
ええっと……もしもしレオン君?
そんな大げさな。ちょっと心配し過ぎですよ? 過保護かな?
しかも、緊急事態だったとはいえ『アリィ』って名前をはっきり呼んでくれちゃって。男装してるのがバレてしまうし、バレなきゃバレないで男同士はもっとまずいような気が……。
ちょっと落ち着こうか。街の人の目も痛いような気もするし。
「レヴィン!!」
襲われていた若い男性のところに、彼の恋人……にしては若干老けているような? が走り寄って来た。良く見るとそれは、先ほどの薬屋のおばさんだった。
「ああ、良かった。あんた無事だったんだね。いっつもボーっとしているから、あたしゃダメかと思ったよ」
そう言って目を開いた男性の頬をむぎゅーっと押し潰し、安否を確認している。レヴィンと呼ばれた男性は、ちょっと嫌そうに「おふくろ」と、つぶやいた。そっか、親子か。良かった、元気そうだ!
それにしてもおばさん、そんなに大声で。ただでさえ陰に呑み込まれそうになってショックだったろうにいっつもボーっとしてるってバラされるなんて。
ようやく落ち着いたのか少しだけ身体を離してくれたレオンと二人でその様子を見ていると、おばさんがこちらに走り寄って来た……元気だ。
「ああ、さっきのあんた達かい? うちのバカ息子を助けてくれたのは。――ああ、そうか、そういう事なんだね? さっきは余計なことを言っちまって悪かった。これはほんの気持ち、お礼だよ」
そう言って薬屋のおばさんは、私の手の中に先ほどの『惚れ薬』の瓶を落とした。
「あたしゃ別に偏見は無いよ? 彼氏と仲良くね!」
すごくいい笑顔で手を振られたけど……これって絶対に男同士でって勘違いされてるよね!?




