魔導研究所跡
更新遅めですみません。
読んで下さって、いつもありがとうございますm(_ _)m
それは長くもあり、また短くもあった。
王太子であるリオンとの抱擁。
少し懐かしく温かい気持ちに浸っていたのはどれだけの時間だったのだろうか?
彼は私の両肩を優しく触り名残惜しそうにゆっくり自分の身体を離すと、心に迫る切ない瞳で私を見つめた。私も、言葉にできない思いを込めて彼の碧い瞳を見つめ返した。
「じゃあ、元気で。この国でまた君に会えて良かった。道中気をつけて。狼たちにも気をつけてね。
僕も頑張るから、アレク、君も頑張って」
幼なじみで今や王太子となったリオンは、この前別れた時と全く同じセリフを言った。
だから私も、彼に対して同じように返す。
「ありがとうございます……リオン」
だけどこの前とは違い、私は一言付け加える。
「あなたもお元気で。私はどこにいても、あなたの幸せを願っています」
私の言葉を聞いた彼は、嬉しそうに、でもちょっとだけ困ったような顔をして笑った。
「何だ。君に先に言われてしまったな。もちろん、僕も同じ言葉を返すよ。君が幸せなら、僕も嬉しい。君が笑顔でいると思えば、僕だって笑顔で頑張れる。今度は城で会おう。その時に、元気な君を見せておくれ」
ええ、とばかりに私は頷いた。
最後はもちろん、笑顔で。
それは、さっきの約束と同じように私たちの間では暗黙のルール。
二年経つまでには、ゲランに無事に戻って貴方にまた会いたい。
今と変わらず元気な姿の私で――あ、もうちょっと痩せてた方がスタイルが良くて良いかも。
リオンも笑顔で頷き返すと、最後にもう一度だけこちらを見て、扉を開けて出ていった。
忙しい彼は時間がないのだろう。
そんな中でも私にわざわざ会いに来てくれて、二人きりで話す時間を作ってくれた。
それだけで、十分だ。
それだけで、とても嬉しい。
たとえさっき交わした二人だけの約束が、なかったことにされてしまったとしても。
**********
王太子としてのリオンの動きはとても素早かったようで、三日後に私達は、ゲラン王国からの非公式の観光客としてリンデルの『魔導研究所跡地』に立ち入ることが許されていた。王太子が頭を下げてわざわざお願いする程の観光客、ということにしたからか、久々に貴族の衣装を着たみんなはとてもカッコよかった。
ただし、私は従僕のまま。まあ、少しだけ髪が伸びたとはいえまだ短いままだし、ドレス姿では歩きにくいし。すねてなんかいないもーん! この格好で満足しているもーん!
今回は、黒髪のヴォルフが大貴族の息子、茶色い髪のガイウス様がその友人、レイモンド様とレオンがその護衛という役どころで、ロバート様は次の目的地へと先回りされたそうだ。で、私は従僕役。ま、良いんだけどね?
リンデル側の2名の管理官に案内されて、研究所の跡地へと向かった。
現地で衛兵からの簡単な質問を受けた後、立ち入り禁止のゲートをくぐって跡地へ立った。
研究所の跡には、何も無かった。
文字通り、何も――。
何キロにも及ぶ深い穴が空いているだけで、その周りにも木一本、草一本生えている様子は無い。
虫や動物も見当たらず、鳥さえ近くを飛ぶのを嫌がるようで静寂だけが我々を包んでいた。
巨大なクレーターは底なしの闇のようで、底がどこまで続いているのかもわからないそうだ。
もっとも、この場所に立っているだけで重苦しく嫌な感じがするから、更に気分が悪くなるであろう巨大な穴の中へは、人はまともに入ることすらできないのだろう。
どうやら、『時空魔法』が闇の魔法の応用だったというのは本当のようだ。
でないと、これ程真っ黒くドロドロな剥き出しの土がいつまでも残ってはいないだろうから。
範囲も広いから、自然に浄化されるのを待つしかないとはいえ、元に戻るのにどれ位かかるのかもわからないという。
地球の感じでいえば、ひどい放射能汚染の原因となった建物の真っ只中には、今でも人が立ち入る事ができないのと同じ。
たぶん予想されていた通り、父トーマスは自身の持つ強大な闇の魔法と研究所にいた所員全員分の魔力、そして研究所の爆発エネルギーそのものによって時空を超える事ができたのだろう。そして、その先にあったのが私達が住んでいた世界、日本。父はそこで母と出会って恋に落ち、双子の娘である私と妹が生まれた。
短期間だけど幸せだった私達家族の生活は、ここで何が起こったのかを理解する事も出来ないまま、突然亡くなることを余儀なくされた大勢の所員の命と引き替えにされたもの。
本来、出会うはずの無い父と日本人である母との間に出来た私、愛梨と妹の海梨は、いわば罪の子。
たくさんの人の幸せと命を犠牲にして、その上に私は今ここで生きている……。
この場所を目にして初めてわかったことがある。
父がもし、私や母を取り戻そうとしてこんな悲劇を繰り返そうとしているならば、私は身体を張ってでも彼の愚行を止めなければならない。これ以上悪意や闇や重苦しい空気を、優しく温かなこの世界にまき散らすことを許すわけにはいかない。その原因が自分にあると知っているのなら、なおさら!
「これはひどいな」
レイモンド様がポツリと漏らした。
誰も何も言うことができなかった。
だって、この景色を見たみんなが同じことを考えていただろうから。
何一つ生み出すことのできない大地。
乾ききっているのに重苦しく感じる空気。
見上げただけで気分の悪くなるようなそこだけが色の違う真っ黒な空。
リオンの働きかけのおかげで、ここに来ることができて良かった。
おかげで私は、自分の使命を再確認することができたから。
誰が好きだとか嫌いだとか、そんな感情よりもまず先に、私はこの状況が拡がることを何としてでも阻止しなければならない。誰よりも先に実の父を見つけ出し、彼に真実を……私が向こうの世界で既に亡くなっている事実を伝えなければならない。そして彼が時空を超えようと、再び大きな力を手に入れようとしているならば、すぐさま止めさせなければ!!
泣いてはいけない。
多くの犠牲の上に成り立つ私には、彼らを思って泣く資格も有りはしない。
悲壮な決意を込めた目で跡地を見つめる私の事を仲間が見守ってくれていたとは、この時の私は気づいていなかった。そして、そんな私を守ろうと決意を固めてくれていたことも。
私は自分の考えに夢中で、他を思いやる心を忘れていた。
この時――もしも私の決意を正直に打ち明けていたのなら、未来はまた違ったものになっていたのだろうか?




