二人だけの約束
大変おそくなりましたm(_ _)m
「アレク……君に会えてよかった。私に君をもっと良く見せて」
そう言うとリオンは、両手で私の頬を持ち上げて、澄んだ碧い瞳を近付けてきた。
ち、近い……。
秀麗な美貌が突然接近したために、慣れていない私は真っ赤になって目をそらす。
その様子を見たリオンは、クスっと笑うとそのままおでこに口付けた。
ん? おでこ?
「ああ、アレク。そんなに警戒しなくて良いのに……。口調は他人行儀だし、近付けば固まるし、君を愛する幼なじみとしてはちょっとショックだな」
「——なっ!」
何て事を言うのです? 誰かに聞かれたらどうするの!!
というより、王都を旅立つ時に私達はきっちり正式にサヨナラしましたよね? だから私は王太子の式典にも参列を拒んだし、遠くから貴方を眺めるだけで満足したの。
旅に出てからは貴方の事を忘れるように努力もしたし、事実、今日姿を見かけるまでは胸が苦しくなることもそんなに無くなった。
それなのに……。
「ゴメンね。こちらの城に行く途中、小さな頃と同じ茶色い髪の君を見かけて、いても立ってもいられなくなってしまったんだ。幸い、君達の方から接触してきてくれたから、探さずに済んだ。だから思ったんだ……それならもう、直接君に会いに行くしかないってね?」
「でも……でも、御身は外交訪問中の大切な身体です。万が一にも何かあったらどうするのですか? いくら治安が良いとはいえ、陰の恐怖もある中、気軽に出歩いてはお供の方が困ります! 私達のせいで貴方が傷つけば、私はもう二度と、国には帰れなくなります!」
私の両肩に手を置き、私の言葉を目を細めて聞いていたリオンは、少し困ったような表情で言葉を続けた。
「君のそんな所は変わらないね? でも、大丈夫だよ。私は狡い奴だから……。安全だと思った場所にしか出向かないし、いざという時は護衛を囮にして逃げる事も厭わない。自分の立ち位置も、どんなに君達について行きたくてもちゃんと我慢する位の分別も持ち合わせているよ?」
首を傾げてそう言いながら、リオンは寂しそうに笑った。
確かに。王太子という彼の立場では、外交目的以外に旅をするなどあり得ない。また、危険な場所にも、もちろん行くことが出来ない。どこへ行こうと人の目が付いて回るから気が休まる事も滅多にないだろうし、自由に過ごせる時間も少ない。
そう考えたら、ちょっと気の毒になってきた。幼なじみと分かたれた道はもう二度と交わる事は無いとはいえ、かつては大好きだった人だ。もしも祖国を出なければ、私が彼の戸惑いや悩みを聞いてあげられたのに……。
リオンの綺麗な瞳を真っ直ぐに見つめ、黒髪のカツラに手を伸ばす。
つかの間とはいえ、少しだけでも彼の頭を優しく撫でてあげたかった。私は側にはいられないけれど、いつだってあなたの事を大切に思っていると言ってあげたかった。
かつて彼が、私にそうしてくれたように……。
私の伸ばした指が彼の髪に触れ、泣き出しそうにも見える碧い瞳の横を掠めた瞬間! リオンに手をギュっと捕まえられてそのまま上向きにされ、手の平に激しく口付けられた。
手の平へのキスは『求愛』。
でも、私は国を出る時に彼への想いを断ち切って、正式に断っているはず!
眉を寄せて困った顔でリオンを見上げる私は、きっとうろたえてみっともない顔をしているはずだ。
「アレク、そんな顔をしないで。君が自分から私に触れてくるから、我慢できなくてつい、ね? 大丈夫。君が望まない限り、私から手を出す事はしないから……ただ……」
「……ただ?」
「私は自分で思っていたよりも、諦めが悪いみたいなんだ——特に君に関しては。
だからアレク、私に勝手に約束させてくれ」
「約束?」
「そう、旅の約束。私はいつも君の無事を祈っている。逢えなくてもやっぱり君の事を考えている。だから、二年間は勝手に、君の帰りを待つ事にする。その間は、誰とも婚約しないし結婚もしない。
二年経って君が無事に戻ってきたら……私はきっと上手くいくと信じているけれど……その時は是非、城へ寄ってくれ。その時に、君の正直な気持ちを聞かせて欲しい」
「でも……」
私達はあの時正式にお別れしたはずです!
と、喉まで出かかった言葉を、私の唇に当てた彼の長い指で止められた。
「言わないで。君が嫌だと言っても、今は聞きたく無いから。私は君との約束だけを頼りに、今後も国で政務を頑張るから。君が頷いてくれるなら、少なくとも二年間は前を向いてしっかりと頑張れそうな気がする。それに、二年も経てば君の気持ちも変わって、私に傾いているかもしれないからね?」
言いながらリオンは、茶目っ気たっぷりにウィンクをしてきた。
彼の言葉を嬉しく思う反面、本当は何も約束してはいけないのだとわかっている。でも、優しい彼が自分だけのせいにして、それでも約束したいと言ってくれるのなら……。
私はただ黙ってコクリと頷き、彼に了承の意を伝えた。
「ありがとう。今まで生きてきた中で、一番嬉しい約束だ!」
彼は再び私をギューッと抱き締めると、頭のてっぺんに頬ずりしてきた。
いやいや、リオン。また、そんな大げさな。貴方こそ、いいの? 二年の間は国中の美女から言い寄られても、他国の姫との婚約話が持ち上がっても、全部断らなくてはいけないのよ?
まあ、でも、ここには私達二人しかいないから、約束を破ったとしても誰も貴方を責めないけれど……。
リオンが約束を破るかもしれない可能性について考えた時、少しだけ胸がズキンと痛んだのは、気のせいだと思う事にしておこう。
「ああ、アレク。やっぱり大好きだよ!」
うん、私も。
でもそれは、言ってはならない言葉だから。彼に負担をかけてはならない。
二年の間に何が起こるかはわからない。王太子である彼には政略結婚が用意されるかもしれないし、私の方も旅の途中で命を落としてしまうかもしれない。
短いようで長い二年だから、もしかしたら彼も私も他に好きな人が出来ているかもしれない。
だからこれは、二人だけの約束——。
決して誰にも漏らさない。
ただの口だけの約束。
だからあと少しだけ。リオンの腕の中で、彼の好きな『アレク』としてゆっくり甘えさせて欲しい。




