表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

無限から抜け出した先には

掲載日:2016/04/17

 私は、愛情いっぱいに育った幸せな子供だと思う。

 仲の良い両親のもと、いっぱい甘えていた。

 可愛い可愛い私たちの、赤毛のエリーナ。そう言って、たくさんの口づけをほっぺたに貰った。

 そんな愛情のある温かな家庭に育った私だけど。いつも飢えていた。愛情にではない。もちろん食事にでもない。私は毎日、三食あったかいスープとパンを食している。

 私が飢えていたのは、愛情を与える相手、である。

 そう、私は一人っ子だった。両親の愛情を独り占め。ぬっくぬくだ。

 だけど、両親は私の躾もちゃんとしてくれていた。

 悪いことをすれば、何がダメなのか分かるまで説明してくれたし、口先だけの謝罪では許してくれない厳しさも持っていた。

 だけど、自分のしたことの意味を理解し、心から謝ればたくさん抱きしめてくれるのである。

 なので、私はわがままな子供にならずに済んだのだ。私の両親は、本当に素晴らしい。えへん。

 そんな私は、愛情をもらうばかりで、発散する相手を欲するようになった。

 両親から受け継いだ生来の性質は、誰かを愛したくてたまらないという欲求を持っていたのである。

 だが、私は一人っ子。愛すべき妹や弟は居ない。

 私は考えた。当時、五歳。まだまだ幼児である。でも、幼児なりに考えたのだ、真剣に。そして、幼いなりに答えを導き出したのは、とある出会いの瞬間にであった。

 あれは、暗く沈み込むような曇りの日のことだ。

 お母さんと一緒に買い物に出掛けた私は、道端に座り込む子供を見つけた。

 知らない子だった。暗い顔をして、膝を抱えている。真っ直ぐな黒い髪に黒い目。夜空みたいだなと思った。

「……あの子は、マークスさんの家の子ね」

「マークスさんって、あの大家族の?」

 マークスさんは、町の大工さんだ。たくさんの子供が居るので有名だ。羨ましい。たくさんの兄弟なんて、愛したい放題だ。

 この時の私は、そんな風に思っていた。

 不思議そうにしている私に、お母さんが話しかけた。

「あの子、カリオンくんっていうんだけど。体が弱くて。あまり外に出たりしない子なのに……」

「カリオンくん……」

 カリオンくんは、俯いたまま動こうとはしない。

 だけど、私たちに気付いたのか。目線だけを私たちに向けた。

 ぞくり、とした。

 その目は、あまりにも暗かった。

 ──何かに、飢えている目だった。

「……みつけた」

「え……?」

 無意識に呟いた私に、お母さんが聞き返す。

 だけど、私の目はカリオンくんに釘付けだった。

 見つけた。私の愛情を注ぐ相手が。

 私は歓喜に震えながら、繋いでいたお母さんの手を振りほどいた。

「ちょっと、エリーナ!」

 私はカリオンくんに近づく。

 カリオンくんは、のろのろと私を見た。黒い目は、どろりと淀んでいる。

「ねえ、わたしはエリーナっていうの。あなた、カリオンくんだよね」

「……」

 カリオンくんは、私から目を逸らした。

 私にひとかけらの興味もないという態度だったけど、私はめげなかった。

 座り込むカリオンくんに目線を合わせて、にっこりと笑顔を見せる。

「……なに」

「ね、カリオンくん! 一緒にパイを食べようよ!」

 私はカリオンくんの返事も聞かずに、お母さんを振り返った。

 お母さんの片手にある袋には、林檎のパイの材料が入っているのだ。

 お母さんは困った子ねぇという顔で、私を見ていた。

「……おれは、いい」

 カリオンくんは目を逸らしたまま言ったけど、私は力強くカリオンくんの右手を握った。

「行こうよ! お母さんのパイはおいしいよ!」

 カリオンくんは、驚いたように私を見ていた。

 黒い目に、微笑む私が映っていた。


 それをきっかけに、私はカリオンくん──カリオンとよく遊ぶようになった。

 カリオンは、体が弱いから私は家から本を持ち出し、カリオンの家まで行き、彼を外に連れ出した。

 木陰に入り、二人並んで本を読むのだ。

 初めこそ、私と距離を取っていたカリオンだったけど。三ヶ月も通いつめる頃には諦めたのか、私がぴったりくっついても嫌がらなくなった。

 カリオンは、愛情に飢えた子供だった。兄弟が多いうえに、体も弱いカリオンは兄弟の輪に入れず、親も忙しくいつもひとりきりだったと、ポツリポツリ話してくれた。

「……おれ、つまんないやつだから」

 卑屈に笑うカリオンに、私はカリオンの頭を撫でながら言う。

「カリオンは、つまらなくないよ。色んなことしってる」

「それは、本をたくさん読んだ、から……」

「わたしも本好きだけど、カリオンみたいにたくさんのことはわからないよ?」

「エリーナ……」

 私がカリオンを誉めると、決まってカリオンは顔をくしゃりと歪めた。

「カリオンは、いい子なんだから」

「うん……」

 カリオンとの日々は充実していた。

 私は、私の持てる限りの愛情をカリオンに注いだ。

 手を繋ぎ、頭を撫で、一緒に笑い合う。

 そんな毎日を、十二歳になるまで続けていたら、お母さんが渋い顔をするようになった。

「ねえ、エリーナ。あなたはカリオンに甘いわ」

 朝食の後片付けを手伝っている最中に言われ、私は肩をすくめた。

「何か問題あるの?」

「あのね、人間は甘いばかりではいけないの。カリオンは十二歳になったのに、あなたにべったりよ。あなたは、カリオンを甘やかしているだけなの」

「……だって、カリオン可愛いんだもの」

「エリーナ……」

 お母さんは、ため息を吐いた。

 最近のお母さんは、なんだか困った顔をするようになった。

 私はお母さんを安心させようとして、言葉を探す。

「あのね、お母さん。私、エミリオを目指しているの!」

「エミリオって、あのエミリオ……?」

 何故か、安心するどころか、お母さんの頬が引きつった。

「そう! あのエミリオ! 彼は凄いわ、一度にあんなにたくさんの女の子を愛せるんだもの!」

「ちょっと、エリーナ……っ」

 私の言うエミリオとは、同じ十二歳で蜂蜜色のふわりとした髪と空色の目を持つ街一番の美少年だ。いつも笑顔で、たくさんの女の子に囲まれている。

 エミリオに見つめられた女の子は、皆笑顔を浮かべているのだ。

「彼こそ、愛の伝道師に違いない! 私も、あんな大きな愛情を持ちたいの!」

「エリーナ!」

 お母さんが悲鳴のように私の名前を呼んだところで、家の外からカリオンが私を呼ぶ声がした。

「あっ、カリオンだ! お母さん、私行くね!」

「ちょっ、まだ話は……」

「行ってきまーす」

 いそいそと、私は家を飛び出した。


「カリオン、お待たせ」

 外に出れば、分厚い本を片手に抱えたカリオンが、笑みを浮かべて立っていた。

「エリーナ、おばさんと喧嘩したの?」

「ううん、喧嘩なんかしてないよ。ただ、意見が食い違ってしまったのよ」

「そうなの?」

 首を傾げるカリオンに、私は力強く頷く。

「そうなの! さあ、カリオン。野原に行きましょう。今日も魔法の話を聞きたいな」

 私がそう言うと、カリオンはぱあっと顔を輝かせた。

 出会った頃には見せてくれたことのない、眩しい笑顔だ。

 カリオンには、魔法の才がある。魔法は、世界に満ちるマナと呼ばれる力を使う技だ。マナが見えないと、魔法は使えない。カリオンはマナが見えるのだ。

 それを知った時、私は手放しでカリオンを褒め称えた。だって、本当に凄いもの。

 最近のカリオンは、今も片手に持つ魔法書に夢中だ。

 私たちの町は小さいから、他に魔法を使える人が居ないのが残念だ。

「あのね、マナは人間の体にもあって」

 野原に来た途端、カリオンは話し出す。

 私は、それをただ聞いている。

 実のところ、私の頭はあまり良くない。だから、カリオンの話の半分も理解出来ない。

 だけど、真剣にそして楽しそうに話すカリオンの姿が愛しくて、私はカリオンの話が聞けるだけで満足だった。

「俺、いつか魔法を使ってみたいな」

「カリオンなら、出来るよ」

 カリオンと手を繋ぎ、空を見上げる彼を私は見つめた。

 彼の目には、どんな風景が見えているのだろうか。


 お母さんからは、カリオンと少しでも距離を取りなさいと言われるようになった。私には、今の何がいけないのか理解出来なかった。

 それを実感したのは、私とカリオンが十三歳になった年だった。

 私たちの町に、魔法使いの親子がやってきたのだ。

 ひと月だけの滞在だけど、町をあげての大騒ぎになった。

 だって、魔法使いの男性は王都の研究員なのだ。地位もそれなりに高いらしい。魔法使いの男性は、私たちと同い年の娘を連れてきていた。

 親子は町長の知り合いで、束の間の休息を取りに町に来たそうだ。

 町の皆は二人を歓迎した。

 私も歓迎の祭りに参加したのだけど、魔法使いの娘──ミリアというらしい──が、なんだかつまらなそうにしていたのが印象的だった。


 祭りの翌日。カリオンは興奮していた。当たり前だ。憧れの魔法使いがやってきたのだ。

「良かったね、カリオン!」

「うん! 俺、話とか聞きたいなぁ」

 いつもの野原で、私たちは話していた。

「カリオンにしか見えなかったマナが、あの人たちには見えるんだよね」

「うん。マナはね、青や赤があってキラキラしてて綺麗なんだ」

 カリオンはうっとりと空を見つめている。きっとマナを見ているんだ。綺麗なんだろうなぁ、見られないのが残念だ。

 私は、今から始まるであろうカリオンの魔法についての話題に乗るべく、耳を傾けた。その時だった。

「あなたたちも、マナが見えるの?」

 鈴を転がしたような声が聞こえたのは。

 驚いて振り向けば、魔法使いの娘であるミリアが立っていた。水色の長い髪が風に揺れている。

 改めて見ると、凄く可愛い子だ。

「えっと……」

 カリオンが警戒するように、私の陰に入る。

 人見知りなところのあるカリオンに、私は仕方ないなぁとミリアを見る。

「あのね、私はエリーナ。マナが見えるのはこの子、カリオンだけなの」

「そうなの!」

 ミリアはカリオンに興味を持ったようだ。

「う、うん……見える」

「凄いわ、あなた!」

 ミリアは身を乗り出して、カリオンとの距離を縮める。

「私は、ミリア! 魔法使い……の卵なの!」

 ミリアは、カリオンしか見えていないようだった。

 私、邪魔かな。

 私がそっと体をずらすと、カリオンとミリアの距離はぐっと近くなる。

「ま、魔法使いの、卵……?」

 カリオンがおずおずと聞き返す。

「あら、あなた。魔法学校を知らないの? 私たちみたいにマナが見える子供に魔法を教えてくれるところよ」

「そんなところがあるの……!」

「ええ、あるの」

 ミリアはにっこりと、カリオンに微笑んだ。

 これがカリオンとミリアの出会いだった。


 ミリアは凄い子だった。

 町の誰にも理解出来なかったカリオンの話に、ついていけたのだ。

 マナの発生がどうの、魔法を発動する時の力の流動とか、私にはさっぱりだ。

 最初こそ、ミリアに慣れなくて私の近くに居たカリオンだったけど。

 自分と対等に、いやそれ以上の知識を持つミリアに、だんだんと心を開いていった。

 初めは三人で話していた。だけど、私には二人の話は理解出来なくて、少しずつ。ゆっくりと、二人から距離が開いていった。

 二週間もする頃には、毎朝私を迎えに来ていたカリオンが、私ではなくミリアが滞在する町長の家に一人で行くようになった。

 カリオンはミリアに夢中になっていくようだった。

 気がつけば、私はカリオンとではなく、他の女友達と遊ぶようになった。

「お母さん、寂しいよ……」

 朝、カリオンが来なくなった家で呟けば、頭を撫でられた。

「……これで、良いの」

「お母さん……」

 私には、お母さんが何故慰めてくれないのかが分からなかった。

 持て余す愛情をどうすればいいのかも分からない。

 ミリアが居るひと月の我慢なのだと、自分に言い聞かせた。ひと月過ぎれば、ミリアは居なくなる。カリオンは私のもとに戻ってきてくれるから。

 そう思っていた。


 カリオンが、町から居なくなったと知ったのは、そのひと月が過ぎた翌日だった。

 カリオンの両親曰く、王都に帰るミリアたちに付いて行ったのだと言う。魔法学校に通うために。

「エリーナちゃんに何も言わずに行ったのか、あいつは」

 呆然とする私に、カリオンの父親であるマークスさんが少し怒ったように言った。

「知らない。私、聞いて、ない……」

「エリーナちゃん……」

 マークスさんは、今度帰ってきたらカリオンを叱り飛ばしてやる! と言っていたけど、それは私の耳を通り過ぎて行った。

 そして、その『今度』はやってこなかった。

 ひと月が過ぎても、ふた月が過ぎても、カリオンは町に帰って来なかったのだ。

 長期休暇の時期になっても、カリオンは手紙の一つも寄越さず、王都で過ごしているようだった。

 私は、抜け殻のように日々を過ごしていた。

 お母さんとお父さんは、何も言わなかった。ただ優しい目を私に向けている。

 淡々と時間だけが過ぎていく中、私はぼんやりと野原に寝転んだ。

 カリオンといつも来ていた場所だ。カリオンは、もう居ないのに来てしまう。

 ──……。

 ふと、何かが聞こえた気がした。風の音だろうか。

 私は、空を見上げた。

 カリオンは、この風景に何を見たのだろう。

 分からない。

 私には、カリオンのことがもう分からない。

 持て余している私の中の愛情も、どうすればいいのか。

 私はカリオンの何だったのだろう。

 ひたすら愛情を捧げて、でも、何も残らなかった。

 結局、私の愛情とは、何だったのだろう。

 お母さんの言うように、距離を間違えたのだろうか。分からない。まだ、子供の私には難しい。

 だんだん歪んでくる空の向こうに、人影が見えた。私に影が差す。

 誰かが、私を覗き込んでいるようだ。

 ──……。

 また、何かが聞こえた。

 完全に涙で歪んだ景色の中、人影が声を発する。


「ねえ、きみ。今、暇かな」







「エリーナ?」

 お母さんが、私を呼んだ。

 私は目をぱちぱちと瞬かせる。

 あれ?

 私、なにしてたんだっけ?

 空を見る。どんよりと曇っている。

 隣を見上げる。お母さんが、不思議そうに私を見ている。

 繋いだ手があったかい。

 そうだ。お母さんと林檎のパイの材料を買いに行ったんだ。今は、その帰り道。

「急に立ち止まって、どうしたの?」

「んー……?」

 私は首を傾げた。私、どうしたんだっけ。

 なんだか、凄く悲しいことがあった気がする。だけど、思い出せない。

「よく、わかんない……」

「そう、何もないのならいいんだけど」

 お母さんはそう言うと、私を促して歩き出す。

「林檎のパイ、楽しみー!」

「そうね」

 私はにこにことお母さんを見上げ、そして前を見た。

「あ……」

 そうして、見つけてしまった。

 道端に座り込む黒髪と黒目の男の子を。ちくり、と胸が痛んだ。

「カリオンだ……」

「あら、あの子のこと知ってたの?」

 お母さんが驚いたように、私を見た。

「え、あれ……? わたし、なんでしってるんだろ」

 あの子、初めて見たのに。初めて、だよ、ね……?

「エリーナ、大丈夫?」

 穏やかに聞いてくるお母さんに、私は頷く。

 私は、大丈夫。胸も、もう痛くない。

 そして男の子が、私たちを見る。淀んだ黒い目を見た瞬間、私の体は動いていた。

 そう、そうだ。私は、あの子に話しかけないと。

 あの子、カリオンと出会わなければならないのだ。

「ねえ! 一緒にパイを食べようよ!」


 カリオンとすっかり打ち解け、私はカリオンの隣で絵本を読む。

「こうして、お姫さまと王子さまは、幸せになりました!」

「わー、良かったー!」

 カリオンはぱちぱちと手をたたいた。カリオンは、たくさん本を読んでいるけど、私が本を読み聞かせると喜んで聞いてくれる。

 私たちは、町の中にある低い石垣に座っていた。

 にこにこ笑って私を見上げるカリオンに、私は十歳になれば身長を抜かれるんだよなぁと思い、首を傾げた。

 ん、十歳? 私たち、まだ六歳なのに……。変なの。

 私が不思議に思っていると、カリオンが私の袖をギュッと掴んだ。カリオンは人見知りだ。誰かが近くに来たのかな。

 道の方を見ると、キラキラとした蜂蜜色の髪を揺らして、お母さんなのかな。同じ髪色の女の人と手を繋いだ男の子が目の前を通り過ぎた。

「エミリオだ」

「うん……」

 エミリオは天使のように可愛いと評判の男の子だ。目の保養になる。

「すごいね、髪の毛きれいだったねー」

「そうだね……」

「カリオン?」

 その日、カリオンは一言も口を開かなかった。

 だから、私は黙ってそばに居た。


「お母さん、カリオン凄いの!」

「まあ、帰ってきてそうそうどうしたの?」

 私はお母さんの腰に抱きつき、居間で椅子に座っているお父さんを見た。あ、お父さん今日は仕事お休みなんだー。

「カリオン、マナが見えるの!」

 私は興奮したまま喋る。

 今日、カリオンがキラキラしたものが見えるのだと言って、二人で本を読んで調べたら。キラキラの正体はマナだったのだ。

「おお、そりゃ凄い!」

 お父さんが目を見開いた。

「でしょう!」

 私はお母さんから離れて、胸を張った。カリオンが誉められた気がしたのだ。

「……そう、マナが」

 だけど、お母さんは眉を寄せて黙り込んでしまった。

 ……どうしたんだろう。


 それからしばらくして、お母さんから事あるごとにカリオンについて注意されるようになった。

 私は、お母さんにカリオンの事を言われると胸がざわついて仕方がなかった。

 カリオンとの関係に触れられたくないと思ったのだ。

 私はお母さんから注意されると、逃げるようにカリオンのもとに走った。

 大丈夫だよね。私は間違ってないよね……。


 町に魔法使いの親子がやってくるらしい。町では噂で持ちきりだ。

 なんだろう。

「胸がもやもやする……」

 興奮する町の大人たちに、カリオンの姿が重なって見える。カリオンも、あんな風に魔法使いに夢中になるのだろうか。

 なんだか気落ちしたまま歩いていると、賑やかな一団が見えた。

 エミリオと女の子たちだ。

「相変わらずの、愛の伝道師だなぁ」

 私は、エミリオに尊敬の念を抱いている。

 エミリオは、女の子たちを悲しませない。

 私みたいに、落ち込んだりせずに平等に愛情を捧げられる人だ。

「凄いなぁ……」

 呟けば、目が合った気がした。


「カリオンが、王都に、行った……?」

 私は呆然とマークスさんを見上げた。

「あいつ、エリーナちゃんに何も言ってないのか……!」

 マークスさんの言葉にも、私は反応出来ない。

「カリオンが……」

「あ、おい! エリーナちゃん!」

 ふらふらと、私はカリオンの家を後にした。


 カリオンが、また私に何も言わないで、行ってしまった。

 また……?

 またって、なんだろう。

 カリオンが、私から離れたのは、ミリアが来てからだ。

 ミリアとばかり居るようになってからで、それまでは私にべったりだった……。

 あれ、おかしいな。涙が溢れてくる。

 ──……。

 何か、音がする。

 でも、何の音なのか分からない。

 ──……。

 また、音が鳴る。

 でも、今の私はそれどころじゃない。

 だって、涙が止まらない。

 なんで、カリオンは私に黙って行ってしまったんだろう。

 私の愛情は、おかしいのかな。

 私が、悪いのかな。

「カリ、オン……っ」

 立ち止まりしゃくり上げた時だった、誰かに肩をたたかれたのは。

 振り向けば、ぐしゃぐしゃに歪んだ視界に誰かが立っているのが見えた。

 キラキラと、光る色が見えた気がした。

 誰かが、口を開く。


「ねえ、エリーナ。今、暇かな」




 空が曇っている。

 隣には、手を繋いでくれているお母さん。

 お母さんが持っている袋の中身は、林檎のパイの材料。

 今は、買い物の帰り道。

 あれ、私。どうしたんだろう。

 何か変だ。

 私は、悲しいことがあって……違う。

 大事なことが、あったはずなんだ。

 そう凄く大事なことが。

 私の体は、勝手に動いた。お母さんの手を払いのけ、走り出す。

「エリーナ……!」

 お母さんが私の名前を呼ぶけど、気にしていられない。

 私は、早く行かなくちゃ! 早く、早く……!

 道端の見えた黒い色に、私はほっと息を吐いた。

 居た……!

「カリオン!」

 名前を呼べば、彼は顔を上げた。

 何故、私が彼の名前を知っているのか、それは今重要じゃない気がした。

 私は、早く、早く先に行かなくては……!


「エリーナ、俺。キラキラが見えるんだよ!」

 いつもの野原でカリオンは、自慢するように私を見上げた。

 私が頭を撫でると、満足そうに目を瞑る。

「キラキラって、エミリオの髪みたいな?」

「……なんで、ここであいつの名前が出てくるの」

 しまった。カリオンの機嫌を損ねてしまったようだ。

「だって、エミリオの髪ぐらいしか、キラキラは見たことないから……」

「もう、いいよ」

 むうっと頬を膨らませて、カリオンは本を抱え走って行ってしまった。

「あー……、やっちゃった」

 完全にカリオンを怒らせてしまったようだ。

 今日はもうきっと会ってくれない。

 明日、謝らないと……。

 ふうと、ため息を吐くと、かさりと草を踏む音がした。

 カリオンが戻ってきたのかと思い顔を上げれば、そこに居たのは……蜂蜜色の髪を風になびかせたエミリオだった。

 エミリオは、柔らかな笑みを浮かべていた。

「きみたちは、まるで親子みたいだね」

「な……!」

 彼が私に話しかけてくることは、あまりないことだったけれど。

 言われた内容が内容なだけに、私は恥ずかしさからカッとなった。

「覗き見なんて、趣味が悪い!」

 私が睨んで怒りを露わにすると、彼は首を傾げた。

「きみたちにとって当たり前のことを、僕はただ言っただけだよ。あと、覗いていたわけじゃない。たまたま、だよ」

 ……本当、だろうか。

 彼は、人をからかう悪い癖があるから、信用ならない。それで、いつも私を怒らせるのだから。

 ……いつも、怒らせる?

 私が彼にからかわれたのは、今が初めてなのに?

 初めて、だよね……?

「……どうしたの? そんなに眉間に皺を寄せたら、せっかくの可愛い顔が台無しだよ」

 私の中に芽生えた困惑は、エミリオの言葉で吹き飛んでしまった。

「か、かわ……っ」

「うん。きみ、凄く可愛いよ」

 エミリオはにっこりと天使の微笑みで、さらりと言ってのけた。

「あ、その……っ」

 か、可愛いなんてお父さんやお母さんからしか言われたことないよ!

 耳まで赤くする私に、エミリオは近づいてくる。

 またからかわれるのかと身構える私だったけど、何故かエミリオは真剣な眼差しを私に向けていた。

「ねえ、きみ。僕とこうして過ごしていた気がしないかい?」

「え……?」

 エミリオは俯き、胸を押さえる。

「いつからかは、分からない。幼い頃からずっと、焦燥感っていうのかな。そんな焦りがあるんだ……」

「エミリオ……」

 またからかっているというわけでは、なさそうだ。

 何より、彼が言った焦燥感。それを、私も感じる時が、あった。

 それはカリオンと居る時や、お母さんから小言をもらう時。

 ──そして、今。

 私は、エミリオと話していく内に、懐かしさを感じていた。

「わ、たし、は……」

 喉がカラカラに乾く。何か言わなくちゃいけないのに、私の口は動かない。

 ──……。

 音が、した。何かの、音が。

 駄目だ。聞いちゃ、いけない。

 早く、早く、何か言わなくちゃ……!

 言わなくちゃ、いけないのに……!

「エリーナ」

 冷たい声がした。

 振り向けば、剣呑な光を目に宿したカリオンが立っていた。

「カリオン……!」

 今まで見た事のないカリオンの様子に、私は驚きからすんなり声が出た。

「おや、騎士さまの登場かな」

 さっきまでの様子が嘘のように、エミリオはおどけてみせた。

「……うるさい。エリーナから、離れろ」

 カリオンは、まるで敵を見るかのようにエミリオに鋭い視線を向けている。

「やだなぁ。そんな顔をされるようなことしてないよ」

 射殺さんばかりのカリオンの視線にも、エミリオは飄々としている。肩をすくめ、私から距離を取る。

 すると、右手を握られた。カリオンだ。私は引っ張られるようにして、カリオンに引き寄せられた。

 それに、エミリオが眉をしかめたのが見えた。

「エリーナ、行こう!」

「え、う、うん……」

 いつにないカリオンの様子に、私はカリオンに従うことにした。

「エリーナ!」

 カリオンの後を付いて歩き出すと、後ろから名前を呼ばれた。

 振り向けばエミリオが、ひらひらと右手を振っている。

「またね!」

 エミリオのその言葉に、私は前を見て歩くカリオンを見てから、小さく頷き返した。

「エリーナ、あいつは駄目だ」

 カリオンが、硬い声で呟いた。

 気がつけば、聞こえていた妙な音は止んでいた。


 カリオンにエミリオを警戒しろと言われていたけれど。

 エミリオは、カリオンが居ない時に頻繁に私に会いに来るようになった。

 私は、彼の愛の伝道師としての姿を尊敬しているので、それを学ぶ良い機会だと思う事にした。

 したのだが。

「……あれ、女の子たちは?」

 十二歳になったエミリオは、いつもたくさんの女の子を引き連れて愛を囁いている……はず、だったのだけど。

「女の子たち? 僕は、孤高の存在だよ」

 そう。エミリオは、女の子に囲まれていなかった。

 いや、町一番の美少年だ。町中の女の子から想いを寄せられていたけれど、女の子たちを侍らせた姿を今まで見た事はなかった。

 町でエミリオと頻繁に話すのは、私ぐらいなのが現状だ。

 ……あれ?

 ならば、なんでエミリオを愛の伝道師だと思っていたのだろう。

 エミリオは、いつもひとりで佇んでいるのに。

「ごめん。私の勘違いだったみたい」

「うん。僕は一途だからね」

「へー、そうなんだ」

「……サラッと流すのは、止めてくれないかな」

 そうは言われても、何だか嘘くさいのだ。

「普段から言動に気を付ければ良いのよ」

「んー、気を付けているつもりなんだけどね」

 エミリオは困ったように笑う。

 そんなエミリオを、私はずっと見ていたいと思った。


 町に魔法使いの親子がやってくるらしい。

 お母さんからそれを聞いて、私はふうんとだけ答えた。

「反応薄いのね?」

「んー、なんて言うか。あんまり驚きがないんだよ」

「変なエリーナ」

 くすくす笑うお母さんに、私もつられて笑ってしまう。

 笑えることが、なんだか嬉しかった。


「魔法使いがくるって!」

「良かったね、カリオン」

 野原で、私たちは並んで座っていた。

 カリオンが嬉しそうなのが、私も嬉しいと思う。

「いっぱい、魔法の話が出来るといいね」

 カリオンの魔法の話は、聞くだけでも楽しいけれど。私には理解出来ないのが申し訳なかった。

 だから、カリオンの話を理解出来る人たちが来るのが素直に嬉しいと思える。

 私は心からの笑みを、カリオンに向けた。

 すると、それまで目を輝かせていたカリオンが顔を強ばらせて、私を見た。

「エリーナ……?」

「ど、どうしたの。カリオン?」

「エリーナ、笑ってる」

「う、うん。カリオンにとって、魔法使いが来るのは良いことだもの」

「そう……」

 カリオンは俯いた。

 どうしたんだろう。私の笑顔、何かおかしかったのかな。

 カリオンを心配しながらも、私は魔法使いが来るのを心待ちにしていた。

 早く、早く。

 彼らが来れば、私は……っ。私たちは……っ。

 お願い、早く。私を、『その先』へ……っ。

 焦燥感。

 エミリオが言っていたそれが、私の胸を焦がしていた。


 魔法使いの親子がやってきた。

 それにより、私とカリオンの時間が減った。

 ミリアはカリオンに興味津々で、カリオンはミリアの知識に魅了されているようだった。

 私は、二人の時間から外された。

 それでも、寂しくはなかった。

「エリーナ」

「エミリオ!」

 私とカリオンの野原はミリアとカリオンのものになってしまったけれど、町に居ればエミリオが居た。

 私には女友達も居たけれど、彼女たちは私たちよりもエミリオと居なさいと強く勧めてくるのだ。

「うん、頬を染めて僕の為に走ってくれるのは、胸が躍るね」

「……また、そういう事言う」

「おや、本心なんだけれどね」

「エミリオ、いいよ。そういうのは」

 照れくさくなった私は、エミリオから目を逸らした。

「照れてるの? 可愛いね」

「もうっ、もうっ!」

 駄目だ。エミリオと居ると、どうしても調子が狂う。

 ……それでも、一緒に居たいと思ってしまう私が居る。

 この感情は、何なのだろう。

 エミリオを見ていると、凄くドキドキする。

 高鳴る胸を抑えて、エミリオを見れば。彼は、綺麗な横顔を私に見せていた。遠くを見る目で、囁くように呟いた。

「魔法使いが王都に帰るまで、あと十日。早く来ないかな……」

 エミリオの空色の目には、焦がれるような色があった。

 私はまたうるさくなる胸に、少し慌てながら頷いた。

「わ、私も、そう思う」

 前を見ていたエミリオが、弾かれたように私を見た。

「それは、カリオンがきみのもとに帰ってくるから?」

「え……?」

「彼女が帰れば、カリオンはまたきみのだ。だから、待ち遠しいのかい?」

 私はパチパチと目を瞬かせた。

 ……考えてもみなかった。

 そうだ、ひと月経てばミリアは王都に帰る。

 そうしたら、カリオンはミリアと離れるのだ。確かにそうだ。だけど……。

「……違う」

「エリーナ?」

「私、その先を見たいの。いきたいの」

 何故そう言ったのかは分からない。

 だけど、私はそう答えていた。

 エミリオは、泣きそうな顔をした。

「うん。何故だろうね。僕もそう思うんだ」


 それから十日はあっという間に過ぎた。

 ミリア親子が王都に帰る前日、カリオンが私の家を訪ねてきた。

 私の部屋に招き入れ、カリオンを椅子に座らせる。

 私は、何故か胸が騒いでいた。

 こんな展開知らないと、頭の中で騒ぎ出す私が居る。

 それでも、表面上は平静を装い、カリオンを見た。

「エリーナ。俺、ミリアに付いて王都に行こうと思うんだ」

「王都に……?」

 声が少しだけ震える。でも、それは告げられた内容にじゃない。カリオンが王都行きを私に告げた事に動揺したのだ。

 知らない。知らない。こんなの、知らない。そればかりが、私の頭を占領する。

 カリオンは、立ち尽くす私を見上げる。

「王都の魔法学園に通うことにした。町に帰ってくるまで何年掛かるか分からない。だけど……」

 カリオンは真っ直ぐ私を見た。

「エリーナ、俺を待っててくれる?」

 カリオンの言葉に、すっと私の頭が冷えた。それは、沸騰しそうだった頭が冷静になった為だ。

 遅い。今更だ。

 そんな言葉が、浮かんだ。

 何が遅くて、何が今更なのかは分からない。

 だけど、私の答えは決まっていた。

 脳裏にエミリオの微笑みを浮かべて、私はカリオンを見た。

「ごめんなさい」


 カリオンは、ミリア親子と共に王都へと旅立って行った。

 私は、陰からそっと見送った。

「さよなら、カリオン」

 私が愛情を注いだ少年。

 だけど、今思えば歪な関係だったと思う。十歳を過ぎる頃には距離を置いていたけれど。

 そう出来たのは、全部……。

「エミリオ……」

 彼のお陰だ。

 私は、エミリオに会いたくなった。エミリオの優しい笑顔を見たい。

 エミリオを探す為に、私は歩き出した。

 そして、奇妙な感覚を味わう。

 私はこの道を泣きながら歩いたことがある。

 いや、その前は野原で泣いていた気がした。

 でも、いつも。そう、カリオンが居なくなって泣いていたら、彼が来てくれるのだ。

 私は逸る気持ちで、歩みを早める。

 そう。カリオンを失っても、私には彼が……彼って、誰のこと?

 ──……。

 音が鳴る。

 嫌だ、鳴らないで。

 いつもこの音が鳴ると、私は先に行けなくなるのだ。

 私は、いきたい。

 ──……。

「……や、めて!」

 両耳を塞ぎ、私はうずくまる。

 私は、この音が嫌いだ。

 先に行くのを邪魔をするから。

「私は、彼に……っ!」

 耳を塞ぎ、私は叫んだ。

「エミリオとの未来を生きたいの……!」

 瞬間、鏡が割れるような音が鳴り響いた。

 ガラガラと、周りの景色が崩れていく。

「え……?」

 呆然とする私の目線の先に、小さな部屋が見えた。

 石畳の床と壁には、びっしりと円形の模様が描き込まれている。あれは、そうだ。カリオンと一緒に本で見た。魔法陣とかいうやつだ。

 石畳の床には、ひときわ大きな魔法陣が描かれていた。

 そして、そこには右足を大きく蹴り上げた状態の金髪の青年と、その青年に蹴られたらしき黒髪の青年が倒れていた。

「え、え……?」

 わけが分からず、崩れていく景色の中で立ち尽くす私に、蹴り上げた足を元に戻した金髪の青年が両手を広げて叫んだ。

「来るんだ! エリーナ!」

 呼ばれて、私は理解した。

 あの青年は、エミリオだ。十八歳になったエミリオなのだ!

 そして。

 そして、私は子供のエリーナじゃない。

 十八歳になったエリーナなのだ!

「エミリオ!」

 私はエミリオの腕に飛び込んだ。

 すぐさま力強い腕が、私を抱きしめてくれる。

 エミリオ、エミリオ!

 思い出した、全部。

 あの町は、幻だ。

 私を『先』へと行かせない為の、魔法で出来た偽りの町。

 今の私は、カリオンと離れ離れになり、そしてエミリオとの未来を生きているエリーナなのだ。




「きみ、暇かな?」

 カリオンと別れた『最初の日』。偽りではない本物の時間。

 泣いている私に、エミリオはそう話しかけてきた。

「……暇、じゃない」

 ぐずぐず鼻を鳴らして、エミリオを見ようともしない私なのに。エミリオは、私が視線を寄越すまでそばを離れなかった。

「なんで、居るの。あなたの周りには、可愛い女の子がいっぱい居るでしょう?」

 エミリオは、ハンカチで私の涙を拭った。

「皆、可愛い友達。あと、きみに興味があるから」

「興味……?」

 訝しげに問いかければ、エミリオは楽しそうに笑った。

「きみ。僕の事、愛の伝道師って呼んでるでしょう?」

「う、うん……」

「それ認めるんだ?」

「だって、本当の事だし……」

 いけなかっただろうか。

「うん。やっぱりきみ面白いね。ねえ、僕と付き合わない?」

「え……?」

 最初は冗談だと思った。

 だって、あのエミリオなのだ。

 女の子に平等に愛を注ぐ、愛の伝道師。

 それがひとりの女の子にのみ、愛情を捧げるとは考えられなかった。

 だから、最初は流されていた。

 カリオンの事があり、私は呆然としていたから。

 流されるまま付き合った。

 そして、時間が過ぎ。ちょっと正気に戻った私が、恐る恐るエミリオに愛情を向ければ、それ以上の愛情が返ってきた。

 びっくりした。カリオンにはない反応だったので、私はちょくちょく固まった。

 エミリオはそれもまた面白いと笑った。あまりにも楽しそうに笑うから、私もつられて笑ってしまった。

「うん。エリーナには笑顔が似合うね」

 エミリオは幸せそうに笑った。

 その日から、私は遠慮なくエミリオに愛情を向けた。エミリオは向ければ向けた分だけの愛情を返してくれる。

 私はとても幸せで、いつしかカリオンの事を思い出さなくなった。

 私はエミリオの事をどんどん好きになっていった。

 エミリオはエミリオで、他の女の子たちとは適度な距離を取るようになっていた。女の子たちからの少しの嫉妬を向けられる事はあったけれど。殆どの女の子たちは円満に離れていったので、エミリオは凄いと思った。

 エミリオのそばに居るのは、私だけになり。エミリオの愛情は私に向けられていた。

「可愛いエリーナ。大好きだよ」

 エミリオは、輝く笑顔で私に言う。その目には偽りの光はない。本心からの言葉だと分かる。

「ありがとう、エミリオ」

 私はとろけそうな心地で、そう返す事が出来るようになっていた。

 そして、十八歳の春。私たちは結婚の約束をし、春の終わり頃には婚約をした。

 私は幸せの絶頂に居た。

 そんな時だった。

 王都から、カリオンが帰ってきたのは。


 私を抱きしめたまま、エミリオがうずくまる黒髪の青年──カリオンを睨みつけた。

「彼女を同じ時間に閉じ込めて、満足したかい。カリオン」

 低い低い怒りに満ちたエミリオの声に、カリオンが顔を上げた。

「……何がいけない? エリーナは俺のものだ。お前のじゃない!」

 エミリオに噛みつくように叫ぶカリオン。

 だけど、エミリオの腕の中に居る私を見ると顔を歪ませた。

「何故なの、エリーナ。この魔法は、あと少し、もう一度繰り返せば、エリーナの心はまた俺のものになったのに……!」

「カリオン……」

 何と言えば分からない。

 私は王都に行った後のカリオンを知らないから。

 何が彼をこんな行為に走らせたのかも分からない。

「カリオン、お前のやった事は罪深い。エリーナを失ってから、その大切さに気付いても遅いんだよ」

「うるさい! うるさい! お前なんか、後から来たくせに!」

 カリオンは激昂して、右手を突き出した。手のひらが淡く光り、魔法陣が浮き出る。

 魔法を使うつもりだと分かり、私はエミリオの腕から飛び出して、エミリオを庇うように両手を広げた。

「エリーナ!」

 エミリオが私の名前を叫ぶ。

 大丈夫、大丈夫だからエミリオ。

「……エリーナ」

 カリオンが絶望に染まった表情で、私を見る。右手からは光りが消えていた。

「……もう、遅いんだね。エリーナは、そいつを選んだんだ」

 カリオンが呟くと、部屋の扉が乱暴に開かれた。

 数人の男たちがなだれ込んでくる。

「魔法省だ! カリオン・ジュラムだな。違法な魔法を使用した疑いで捕縛する」

 男たちに囲まれても、カリオンは抵抗しなかった。

「カリオン」

 連れて行かれる彼に、私は声を掛けた。のろのろと、カリオンは私に顔を向ける。

「あなただけが悪いんじゃない。私が、間違えたのよ」

 私が与えたのは、愛情ではなく甘やかしただけだったのだ。私が母の助言を聞いていれば、カリオンはここまで追い詰められなかった。

「ごめんなさい、ごめんなさいカリオン……っ」

「エリーナ……」

 私の謝罪に、カリオンは辛そうに視線を逸らした。

「……それでも、きみは俺の救いだったよ」

 それだけ言うと、カリオンは男たちに囲まれて部屋から出て行った。


 私たちが居たのは、カリオンの家の地下室だったようだ。

 マークスさんは蒼白になり、自分たち親がしっかりしていなかったせいだと責めていた。

 私とエミリオは魔法省に話を聞かれたり、検分に同行したりした。

 カリオンの魔法陣は封印され、禁呪扱いになるそうだ。

 事件の後始末に追われて、一ヶ月経ってようやく私とエミリオは普通の生活に戻る事が出来た。


 その怒濤の一ヶ月の間に、私は当事者でもあるエミリオから事件のことを聞いた。検分の休憩に出来た僅かな時間だったけれど、話を聞くだけなら充分だ。

「エリーナ。きみはひと月も行方不明だったんだよ」

「そうだったの……」

 私はカリオンに、婚約の祝いをしたいと言われて、直ぐに終わるからと誰にも言わずに家を出てしまった。相手がカリオンだからと、完全に油断していたのだ。

 エミリオの部屋で、二人掛けの椅子に並んで座り、私たちは今までの事を話していた。

「いつもの野原で、カリオンに会ったところまでは覚えているの。でも、その後の事は……」

「エリーナ、無事で良かったよ。一ヶ月の間、生きた心地がしなかった……!」

 エミリオが、私を抱き寄せた。

「心配を掛けてごめんなさい」

「良いんだ。もう、終わったんだからね」

 エミリオが私に微笑み掛ける。私の大好きな笑顔だ。

 私は、エミリオの肩に顔を寄せた。

「幻の町に居た時、私はあなたに会いたいと思ったの」

「エリーナ……」

 巻き戻る時間の先へ。エミリオのもとへ。私は帰りたかった。

「ねえ、エミリオ。私、あなたのそばにいるよね?」

「当たり前だよ。愛しいエリーナ」

「私も、愛してる」

 私は、本当の正しい愛情の在り方をエミリオから教えてもらった。

 私は、これからも間違いを犯してしまうだろう。

 でも、エミリオとなら乗り越えられる。

 無限の先に待っているのは、愛しい彼だったのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ