月と太陽の巡り
第三部の開始です
「龍を見た??いつから地方貴族の寝言を聞くことまで俺の仕事になった?」
手にしていた書類から顔を上げてジグスウードが言う。
年齢は三十に届くくらいだろうか。一つ一つのパーツが大きく、太い眉をみしっと寄せたその姿は国王と言うよりも歴戦の傭兵だと言われた方が納得できる風貌だ。
「それなりに確度の高い情報のようなので耳に入れる事にしました。実害こそありませんが似たような報告が大小いくつか上がっています」
「騎士団持ちの領主に対処させろ。討伐が必要なら対応は任せる」
「その場合は傭兵と冒険者を中心に編成します。魔術師ギルドと神殿にも協力を要請して騎士側の損害は極力抑えましょう」
裁可の済んだ書類を束にして揃えたクラウスが、いくつかの指示を添えて副官に手渡す。
青白く透き通るような肌の顧問執政官は、儚げに見えるほど細く、弱々しく見えた。
「・・・なあクラウス、さっきの話だが」
「却下です」
「・・・・・・お前な、状況をわかっていってるのか?労せずして南方を手に入れる絶好の機会だとは思わんのか?」
「領土拡大政策などこれまで考えた事もありませんよ?ご再考ください陛下」
「しかしだな。疲弊した国を併呑して民を安んじる事こそが大国の責務ではないか」
「帝国からの宣戦布告文書じゃあるまいに何を言ってるんですか、鈍感で度量の広さこそが陛下の誇れる美徳でしょうに愚鈍で軽挙な暗君に成り下がってどうします」
歯に衣着せぬ言動にクラウスの横に控えた文官たちの顔が青くなる。
顧問執政官として北方王国の政務すべてを取り仕切るクラウスの言葉は、国王であるジグスウードに遠慮なく突き刺さる。
見た目の弱々しさとは真逆の、強い意思と言葉。
「貴様、仮にも使える主君に対して無礼だろう」
「仮にもではなくお仕えしている主君にだからこそ申し上げているのです。北方は他国に比べて財政面、人材面で盤石ではありますが、それは北方一国の中だからこその話しです。そもそも過度な戦力の低下は東方帝国との軍事的均衡を崩す恐れもあるわけですから、速やかに南方には復興して頂き、北方の負担は最小限にすべきでしょう」
「どのみち誰か派遣するわけだろ?治安維持の名目でうちの兵士を送れば良いだけの話しじゃないのか」
苛立ちを抑えてうめくように言うジグスウード。
どん、と机に拳が当たる。軋む机の音と不機嫌そうに吐き出す国王の言葉に文官たちの肝が冷える。
「兵は送りません。軍事介入するつもりならもっと前の段階で仕掛けておくべきです。幸いにも神殿を中心にした使節団が向かったわけですから彼らを利用して復興支援に当たりましょう。治安維持に関しては獣人を起用して地域巡回させる方向で解決します。妥当な食事と金銭は必要でしょうが南方の国庫を開けば問題はありません。一時的に流動する通貨を増やし、同時にこちらからの輸出を増やします。商談の場で何人かは聡い者が見つかるでしょうし、その中にこちらと繋がりたい南方の貴族でもいらっしゃれば手間をかけた甲斐もあるというものです」
「難事の中から金をとって有能な人間まで奪うつもりか?」
「利益も得ずに他国を援助するような低脳は自国の民に刺されて死んだ方が良いでしょう。繋がるだけならよほどの無能でない限り問題はありませんしね」
「悪辣だなお前は」
吐き捨てるような言葉とは裏腹にジグスウードの顔には笑顔が浮かんでいる。
長い髪を逆立てるように撫でつけたその顔は、若くとも獅子のように凛々しい。
焼けた様な焦げ茶色の髪と目。丸太のように太い手足、脂身のない、巌のような筋肉の塊が、笑うと人懐っこい大きな犬のように見えるから不思議だ。
「一つの物事を動かせばそれに連動していくつかが動きます。歯車が見えないで策を考えるほど近視ではないだけですよ」
「治安維持以外に優先する策は?」
「スレイマン候を本件の功一等に当たると考えて北方から感謝の意を示した公文書と贈り物を。南方王都だけでなくスレイマン候の所領にも送りましょう、可能であれば縁深いものまで調べ上げて、なるべく人の口に話題として上るよう盛大に、華美に、やるべきです」
澱みなく紡がれるクラウスの言葉。彼にはすでに今回の騒動の着地点が見えている。
「南方王が本当に愚物だったらスレイマンにすべてを擦り付けるかもしれんぞ?」
「むしろ嬉々として擦り付けるでしょうね。王家もスレイマンを疎んでいますから」
「あれを疎むか?傑物だぞ?」
「傑物だからでしょう。南方を最も栄えさせたのは賢老スレイマンの手腕であり、国王はその実りを甘受しただけだ、と考えてしまえば負い目になります。南方王は凡人ですからね。まず間違いなく他者の能力と自分の能力を見比べて己を卑下するでしょう。当然のように、無能な自分を恥じることなく有能な家臣を疎みます。その方が楽ですからね」
「考えられんな。有能な奴が働いてくれれば王は寝ていられるだろうに」
どちらの言葉に対してか、控えている副官の一人が咳払いを挟んだ。
誰が言うでもなく気まずい空気が広がる。
「陛下の鈍感さと度量の広さは国王の資質として最も大切なものだと私は日ごろから申し上げているでしょう?南方や東方にあなた以上の王がいるなら私はそもそもここにいませんよ」
「不敬だな貴様は」
「あなたは私が仕えるに足る素晴らしい主だと言っていますが、不敬ですか?」
「よせやめろ痒くなる!!・・・スレイマンの件だけで良いのか?」
「復興支援と並行しての策で言えばその程度で十分でしょう。あとはこちらの裁量で調整します。外務卿に骨を折って貰う事になりますが通行税の措置なども含めて南方から過度な人口流出がないように取り計らいます。むしろ北方の人間が稼ぎになると踏んで移動するくらいが丁度いいのですが・・・最近は迷宮の問題もあって冒険者を動かしにくいのが懸念事項ですね」
別の副官が用意した資料をジグスウードが見る。
迷宮の活性化による被害の想定と、予測できる冒険者の損失、得られる財宝や素材の質など、数値化されたそれは多岐にわたる。
「迷宮か・・・攻略されてるのもあるが、数としては増えているそうじゃないか」
「こちらに関して打てる手はそれほどありません。せいぜい討伐報酬に色をつけてやるくらいです・・・いくつか実験的にやっている事もありますが結果はまだ出ませんからね」
「活性化そのものは周期的にあるものだからな。神将の件も含めて、たまたま重なっているとは考えられんか?」
「ダンブランでの魔神に関する報告を見るに、むしろ周期ではないと考えられます。今後、より大きな問題がないとも限りません」
「想定しうる最悪の事態は?」
「王国のすべての迷宮が暴走して魔物や魔神が跳梁跋扈し、冒険者と騎士で抑えられなくなったまま王都が機能しなくなる、でしょうか」
「悪夢だな」
「想定できる最悪の状況ですからね」
「そこまで酷くはならないか」
「逆です。最悪の状況はこれを超えるでしょう。それが北方王国民の全滅なのか西方すべてが滅びるのか、東方ごと巻き込んでの終局なのかわかりませんが」
「・・・・・・・・・・・・なんだそりゃ」
呆れたように言うジグスウードに対し、クラウスは苦笑しながら返す。
「私にはそこまでの事態は想像できませんが、人間が想像する最悪の事態など最悪にはほど遠いものです。迷宮の件も手を打つべきですが、こちらは根本的な解決が図れないので対処療法にしかなりません。極論ですが神将が十人くらい同時に復活するようであれば対処などできるはずもなく我々が負けますからね。そうならない事を神々に祈りはしますが」
「スレイマンが十人いれば対処できると思わんか?」
「正直に申し上げて、彼に比する人間が十人いるようなら北方は東方でも南方でも好きに併呑して大陸統一できるまで領土を拡大して下さって結構です。それだけの人材が揃うのでしたら私の居場所など末席にもありませんからね。慎んで神殿で書類を触るだけの生活に戻らせて頂きます」
言いながら、クラウスは手元の資料の数字をいくつか書き換え、報酬案にいくつか追記したものを二人目の副官に渡した。顧問執政官である彼は副官を常に三人伴っている。
「お前がいないと俺が困る」
「スレイマンが十人でしょう?私なんて必要ありませんよ」
「賢老は野心なく献身的に国に仕えてくれるかもしれん。俺を諌めてくれもしよう。だが、俺が間違えた時に俺を見捨てて野に下るような人間でもなかろう。少なくとも奴は南方が沈みゆく中で踏みとどまり、少しでも損害が抑えられるよう行動し続けた。死する瞬間まで南方のために行動していたあの男のありようには感服するほどだ。あれほどの男が俺に仕えてくれればそれは幸せなことかもしれん。だがな、それでも、俺にはお前が必要だ」
「私はスレイマン候ほどの忠誠心はありませんよ。北方が沈むなら一足先に逃げますからね」
「それでいい。お前に捨てられた時が俺の終わりで良い」
そう断言する北方王が笑う。
太陽のような邪気のない笑顔に副官たちが息を飲んだ。
「俺は鈍感だからな、俺が望んでいる事が果たして出来る事なのかどうかが、とんとわからん。できるかできぬかはお前に任せられる」
「国政を壟断するようで気が引けますね。だいたいそこまで任された私が王位を臨んだらどうします?」
「座ってみるか?」
「絶対に嫌です。やる事は変わらずに責任が増えるだけじゃないですか」
「娘でも輿入れさせるか?姻戚関係を結べばいずれお前の血を引く者が国王の座に納まる事も・・・」
「なんだって自分の子供に無駄な苦労をさせなきゃいかんのです」
「貴様、その無駄な苦労をしている俺に言うか」
「陛下はそもそも陛下になるべくして産まれたのですから職責を全うして下さい」
およそ家臣と王のやり取りでは無い。
だが、それができるだけの信頼関係がこの二人にはあった。
「そもそも、俺がお前をこうしたのだろうが」
「誤解されるような表現をしないでくださいね・・・ああ、迷宮の件でもう一点だけ。サンドラップが歯車の迷宮に入りました」
「四大に挑んだのか!?同行者は誰だ?目的は??」
「サンドラップの他に熊獣人のラズンズルも同行しています。≪銀の雨≫ベリチェのパーティーも支援に入っていますが、目標は40階層以上。遭難した≪白鬼≫ジャガルの救出です」
「凄腕なのは間違いないだろうが・・・初めての迷宮が四大とは、正気か?」
「二つ名こそありませんが、30人のA級冒険者を一人で叩き伏せたという話しもあります・・・もし目的を果たして生還できるようならスレイマン候に並ぶほどの逸材かもしれません」
「・・・・・・・・・グランに並ぶとなれば捨てておけんな」
「手を打ちますか?」
冷やり、とクラウスの声の温度が下がる。
「腕の立つ奴なら存分に働いて貰った方が良い。といいたいところだが・・・・・・剣舞祭には?」
「冒険者ギルドから出場する旨の書類が出ています。出場できるならおそらく勝ち残るでしょうが、はっきりいえば今年は難事が続いています。多少祭り上げる事になっても名のある強者や英雄に優勝して頂きたいですね」
「無名の冒険者が勝ち残るよりはな・・・・・・ダンブランのS級冒険者から誰か呼べないか?≪三剣≫ホロゥストークの名は王都でも鳴り響いているだろう」
「打診しましたが断られました。王命さえあればグランの三騎士に出馬して貰いますが」
「いや、そんな事にレスター卿を使いたくない。むしろサンドラップが有能なら北方の冒険者として二つ名を持って欲しいんだがな。せめてS級にならんか?実績は十分だろう」
「本人が固辞しています。むしろ・・・こちらは未確認ですが、冒険者をやめたがっているとも」
「・・・・・・・・・・・・よくわからんな」
ジグスウードは知らない。サンドラップが片手であることも、魔宮で神将に敗れた事も。その葛藤も。
戦い、結果を出している勝者がなぜその座を降りようとしているのかが理解できない。
対してクラウスはすべてを知っていた。知った上で、口を開く。
「いっそ龍の討伐にでも向かわせますか?」
「向かうか?並大抵の条件では引き受けなかろう。死ぬぞ」
「金銭、爵位、領地などでは動かないでしょうが、一点動かせそうな報酬に心当たりがあります」
「ほう」
「報酬を餌にして、龍種が見つからないようなら剣舞祭の間はそちらの捜索を優先させます」
「見つかれば?」
「討伐させましょう。もちろん人と物は集めて彼らだけに任せはしません。そこで死ぬようならそれまでですし、生き残るようなら龍殺しの英雄としてS級にします。二つ名もつけます。さすがに龍を討伐できるほどの眼に見える功績を上げてしまえば固辞もできないでしょう。その場合は爵位や領地も一緒に渡してしまえばよろしいかと」
「死んでも問題なく、生き残れば首に鈴がつくか。つくづく嫌な男だなお前は」
「有用な策はたいてい、最善でも最高でもなく相手が嫌がる一打ですからね」
「俺がお前を嫌がる日がくるかもしれんな」
「その時は私の首一つでご容赦下さい。神殿の父母にも、弟たちにも私を超える才はありませんからご安心を」
「三男は俊才と聞いたぞ。武勇も並外れた逸材だとな」
クラウス・ドゥティーダ。
ピサンティエの神殿騎士であるアンリの兄であり、ドゥティーダ家の長兄である顧問執政官は薄い唇を横に開いて小さな笑みを浮かべた。
「噂は過不足なく事実ですが、あれは綺麗すぎて私には勝てません。答えが予想できる最善手しか打ちませんからね、私から見れば悪手ですよ」
「若さだな。10年後ならわからんぞ」
「陛下が太陽で無いならば太陽と月を伴いたくもなりましょうがそれは不可能です。強欲は身を滅ぼしますよ」
「貴様、俺に向かって自分を太陽と言ったな?」
「陛下の道は王道であるべきです。統治は有能な私に任せ、ご自身が太陽として存分に君臨なさればよろしい。眩しく輝く月光があっては寝るのも一苦労ですよ?夜は民と共に十分にお休みください・・・それでも、もし眠れぬと言うのなら」
「言うのなら?」
「陛下の裁可が必要な書類を明日から三倍に増やします。昼間は馬車馬の如く働いて頂き、終われば寝る以外の事ができないところまで追い込みましょう」
「・・・よくわかった。お前がいれば俺には十分だ」
ため息を吐くように言う北方王に、クラウスは満足げに頭を下げて礼を見せる。
「さすがは陛下です。度量の広さに感服いたしました」
お読み頂きありがとうございます。
第二部での反省を踏まえ、サンドラップ側の話しは別の作品内(これはジャンルとしてはハイファンタジーになるかも)で進めて行くかもしれません。
どうぞ、最後までお付き合いください!




