子孫に牙など残すものか
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「旦那?どうかしやしたか??」
御者のアルドの声でスレイマンは自分が眠っていたことに気付く。
王城を出る前に見せられた未来視のせいか、身体の動きに若干のズレが生じていた。
どこかフワフワと浮いたような気持ちの悪い感覚だ。
「なんでもない。いまどこだ?」
「埠頭までもう少しかかります・・・すみません旦那、ちょいとゆっくり走りすぎました」
虎獣人のアルドは戦士として十分な実力を持っていながら気配りにも長けた良い従者であった。
今回も主の眠りを妨げないよう細心の注意を払いながら、なるべく静かな道をゆっくりと走っている。
その行為と心情を理解するスレイマンは微笑を浮かべながらアルドの事をねぎらうだけで叱責など微塵もしない。
「・・・・・・そういえばラトがそろそろ臨月だったな」
「今朝方産まれたそうですよ。バンジの奴が飛び跳ねながら自慢してました、自分に良く似た男の子だそうで」
獣人たちは仲間を家族同様に扱う。
己の子を褒めるように語るアルドの声がスレイマンの耳に心地よい。
「バンジに似たか。それは親として嬉しかろうな」
「ええ、きっと良い戦士になります。バンジの奴はああ見えて腕が立ちますからね、将来は旦那の牙として十分に働いてくれますよ」
「おいおい、そのころまで俺は生きておらんぞ」
「御冗談を。旦那なら八十どころか百までだって生きられますよ。俺が保証します」
舗装された石畳の上を馬車が進む。
「旦那がいなけりゃ旦那の子か、旦那の孫か、なんなら遠い親戚でも良いんです。俺たちは旦那に恩さえかえせりゃそれで良いんだ」
「子孫に牙など残すものか」
ガタガタと音を立てて揺れる馬車の中で、その言葉は小さくとも強く響く。
「望みはすべて叶えてきた」
「存じてます」
「俺の子に残す世界は、こんなものじゃない」
「・・・へい」
馬車は埠頭に辿り着く。
太陽は中天を越え、獲った魚を売る人影も減りつつあった。
「俺は必ず神将を殺す。そのためならどんな事でもしよう・・・アルド」
「へい」
「お前も、お前の仲間にも俺と一緒に死んでもらうぞ」
「喜んでお供しますよ、旦那の横なら上等な死に場所だ。冥府に行っても旦那の傍でお仕えさせて頂きますからね」
ニヤリと笑うアルドに笑い返しながら、馬車を降りたスレイマンは一人で一軒の商家へと向かった。
そこは埠頭で最も大きな商会だ。
ナダネ商会と言えば、かつては老女が経営する小さな商会だった。
海産物を取りながら細々と利益を上げていた彼女からスレイマンが船と商権を買い取ったのは何十年も昔の話である。
経営そのものはナダネに任せたまま、スレイマンは獣人や孤児たちの雇用先としてその商会をよく利用した。
冒険の中で知己を得て、獣人たちを介して商い先を広げ、爵位を得た頃には西のドンヘンまで船を出す唯一の商会になっていた。
「カイバン、俺だ」
「スレイマンさま!お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
老女亡きあと何度も代替わりがあり、現在ナダネ商会の頭取をしているのはカイバンという猫獣人とその家族であった。
カイバンの妻がお茶を入れている間にスレイマンは手早く書類を受け取って目を通していく。
売上や利益率、人件費などの会計帳簿とは別に作られたその書類に書かれているのは、スレイマンがこの国から遠ざけている資金や資源の推移だった。
貨幣や宝石をはじめとした金品だけでなく、所蔵する美術品や歴史に関連した蔵書などを少しずつ少しずつ国外へ動かしており、現状、すでにこの三年で持ち出せるものはすべて持ち出したと言っても過言ではない。
品物によっては値をつけて売却の体裁を整えて出荷しているが、ナダネ商会がこの三年間で最も多く商っているのは奴隷売買である。
不当な扱いを受けている獣人を。奴隷として売られ、あるいは攫われてきたものたちを、スレイマンは可能な限り合法的な手段で自分の所有物にし、二か月に一度ドンヘン行きの船に乗せて売却している。
もちろんドンヘン側ではまともな商人たちが待っており、奴隷ではなく労働者としてきちんと雇い入れる手はずになっていた。
「次の船が最後で良い。お前たちもドンヘンに行け」
「・・・スレイマンさま、それは聞けませんよ」
「妙な事を言うな。所有物が主に逆らうのか?」
「当然でしょ。所有物にも心がありますからね」
カイバン夫妻がつける首輪には奴隷の証である刻印とスレイマンの家紋が刻まれ、隷属の魔術が込められている。
隷属の術は強い強制力を持っており、主であるスレイマンが命令すれば決して逆らう事はできない。
そのうえ南方王国の奴隷には(本来なら禁じられているはずの自決を含め)ありとあらゆる命令が可能な状態になっていた。
スレイマンが本気で命じる事ならば、それがどれだけ理不尽な事であってもカイバンたちに拒否はできない。
これは同じ首輪をつけているアルドやラト、バンジたちも同様である。
「ドンヘンへ行く船も次が最後になるだろう。その時に乗って行け」
「アルドやバンジはどうするんです?」
「あいつらは俺と残る」
「なら私だって残りますよ。B級冒険者≪跳ね脚≫カイバン、戦士としてアルドやバンジに負けやしません。もちろん妻もね」
「・・・・・・子供はどうする」
「うちのチビどもにだって覚悟はありますよ。いまの南方で生きぬくためなら、誰だって戦わにゃなりません」
カイバン夫妻は奴隷として扱われる直前まで、南方王国で活動するB級冒険者であった。
商会の手伝いをさせている息子はまだ十二歳だが、九つの娘とともに戦士としての戦い方をしっかりと教え込んである。
「お前たちには、探している娘がいるだろう」
南方王国が変わってしまった日。奴隷としてすべてを奪われそうになったとき、カイバンたちは長女を一人逃がしていた。生きていれば、いま十六になる。
「獣人の恩は血よりも重いんですよ。知っているでしょうスレイマンさま?」
「そうですよスレイマンさま。あれは私たちの娘です。生きていれば自分の事は自分でなんとかしてみせます」
カイバンの妻が南方の豆茶を注ぎながら言った。
夫婦ともにB級の冒険者であったカイバンたちの言葉は獣人の強さに満ちている。
ふと、スレイマンの脳裏にかつて見た一組の夫婦が思い出された。
≪神槍≫と呼ばれた凄腕の戦士と≪赤朱≫と呼ばれた赤い髪の魔術師。
カイバンたちと同様に夫婦で冒険者をしていたが、その技量はA級である事が疑わしいほど抜きんでていた。その二人も何年か前に魔宮で死んだと聞いたのを覚えている。まだ南方王が存命の頃だったから四年か、五年ほど前のことだったはずだ。
その横に従者のようにつき従っていた男の名前は・・・なんといっただろうか。
たしか・・・・・・・・・・・・・・・だめだ。思い出せない。
最後に会ってから随分と時が過ぎ、北方へ自分が足を運んだのも昔の話だ。
歳を取ったのだろう。あの日の約束を果たすこともできず、老いさらばえた己に失笑する。
「どうなさいました?スレイマンさま」
「いや。トワレの豆茶が美味くてな」
「あらいやだ。褒めても何もでませんよ?」
猫獣人の夫婦が和やかに笑った。
スレイマンが来る前から覚悟を決めていたのだろう。その身からは確かな戦意が感じ取れる。
「・・・せっかく拾った命だろう。わざわざ捨てる事もあるまい」
「拾って頂いた命だからこそ、お返しするために命を賭けるんですよ。スレイマンさまに拾われてなけりゃ、私はこの手で家族を殺してたかもしれません。いや、命令されたらもっと酷い事ですらしていたはずです。それに比べたらなんですか?命だけじゃない、尊厳も、誇りも、生活も守ってくださった。私はスレイマンさまが獣神の生まれ変わりだと言われたら信じますよ」
「そうね、こうして働くところもあって、稼いで食べて、寝て。また明日がある。そんな暮らしをしている獣人はいまの南方じゃほとんどいやしません。ましてやスレイマンさまが戦う相手は手ごわいのでしょう?獣人の戦うべき敵、戦場まで用意して頂いたんだもの。ここで戦わなければ獣神さまに合わせる顔がありません」
ほんの少しだけ目を閉じ、スレイマンは熱い豆茶を口に含んだ。
黒みがかったその液体を飲みこみながら、香りを味わう。
二度、三度と口をつけて飲み込むが、本来なら強く感じるはずの苦みを感じない。
それは、まるで夢でも見ているような、厭な感覚だった。
少し短くなりましたが今週中にまだ更新できそうです。
次回もよろしくお願いいたします!




