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エルフを滅ぼしてきて

『賢老』スレイマンと言えば南方王国に知らぬものなき名宰相である。

北方の雄であった≪死神≫レスターと並ぶグランの三騎士でもあり、国政においては先代南方王の懐刀として辣腕を奮い続けてきた稀代の英雄。

齢七十を越えた彼は、今もなお、南方王国に欠かすことのできない重鎮の一角であった。


「じい、ナブラ男爵がまたシムルの村と諍いを起こしたらしい。どう治めるべきであろうか?」

「諍いの根本を見極めねばなりません。書状にはなんと?」

「治める税が収穫と合わぬそうだ。シムルの村は獣人の村である、獣人の分際で税を収めぬとは不届き千万ではないか?さっそく兵を向かわせようと思うがどうか」

「恐れながら、国は民あってこそ国でございます。獣人であっても我ら南方の民である事には変わりなく。彼らの言い分が正しいか否か、しかるべき見聞役を送った上で裁可すべき件かと存じます」


先代の南方王が他界してからほぼ三年。この短い期間で南方王国には様々な問題が起きていた。

次期国王の座を嘱望されていた嫡男キーファが行方不明となり、新王として即位した弟のラマクはお世辞にも有能とは言い難い暗君であった。

それでも先代からの統治機構、家臣団さえ無事であれば国力を落とす事はなかったはずである。

だが現実は・・・。


「宰相殿は獣人どもの顔色を伺いすぎではないですかな?あれらはすべて無知無学な蛮人。首輪をつけ、石をぶつけ、躾けてやらなくてはこの国の民であるという自覚も持てないでしょう」

「しかり。断固たる態度で処罰すべきです。見せしめに赤子と女を鋸裂きにしてやりましょう」


そういうと文官たちはケラケラと乾いた笑い声をあげた。

誰も反論の声をあげず、ただただ当たり前のように獣人を殺すべきだと頷いている。


「黙れ。お前たちは国を栄えさせる為の献策をすればいい、芽が出ぬように田畑を焼くのが喜びだと言うならば屋敷ごと家族を焼いて我慢していろ馬鹿者」

「これはこれは。我らを罵倒されますか?」

「獅子も老いては、と言いますからな。スレイマンさまも所詮は過去の英雄、これから我らが歩む栄光への道がわからぬのでは・・・宰相の座を降りた方がよろしいのではないですかな?」


笑いの波が広がってスレイマンを飲み込んで行く。

週に一度開かれる政務の議において、宰相スレイマンはすでに少数派として孤立しつつあった。


山を越えた東方帝国との通商路。北方王国との友誼。獣人たちを市民として平等に扱い、エルフの森とも長く講和を結んで友好を育んできた。それらはすべて、スレイマンが一代で成した偉業であった。

『鎮森王』と称された先代南方王ザフィールが認め、その知恵と武勇でできる事のすべてを叶えてきた彼にとって、この三年はまさしく地獄のような時間に等しい。


東方帝国は瓦解し商業路は閉ざされ、獣人たちを財産とみなした奴隷制の復活。エルフの森とは戦争がはじまり、北方王国との友誼もかつてに比べれば遥かに希薄なものとなってしまった。

櫛の歯が折れるように軍務、政務の才ある者たちが更迭され、あるいは野に下り、残されたのは愚か者と、愚王の横で甘い汁を吸おうとする寄生虫のような愚図ばかり。

もはやこの国はいつ濁流の中に飲み込まれてもおかしくない有様だ。


「エヴァード子爵。それは侮辱とみなしてよろしいか?」

「ヒッ」


スレイマンの身体から溢れんばかりの魔力が漲る。

戦場のように張りつめた空気に耐えられず、幾人かの文官たちが青い顔で首を横にふる。


「決闘が望みなら受けて立とう。同意して笑ったものどもも好きなだけ助勢なさるがよろしい。栄光への道が獣人の血だけで塗り固められると思うのか?馬鹿者め」

「じい」


スレイマンを咎めるようにラマクの声が響く。


「子爵もまた我が家臣。じいと同じ忠臣の一人であるぞ?もう少し仲良くせい」


暗君を前に膝を折り、頭を垂れるなど馬鹿な事だとスレイマンの中で何かが訴える。

こんな事のために忠義を尽くしてきたわけでは無い。自分が望み、目指した世界はこうではない。

だが王を弑逆して何が残るものでもないのだ。


「お言葉ながらラマクさま。エヴァード子爵はこの三年で宮廷に上がった新参でございます。五十年この国に使えた私と同等に扱うのは少々早計にすぎましょう」


わかっていながら抑えられぬ悪態が漏れた。

もはや我慢の限界はとうに過ぎている。それでも国に仕えているのは、己がいなくなれば止められる者がいないとわかっているからだ。

ただの時間稼ぎにしかならないかもしれない。それでもなお、スレイマンは心を削って踏みとどまる。


王位を継いだのが嫡男のキーファならばこうはならなかったであろう。

己がもう十年、いや二十年若ければ違う道もあっただろう。

そしてなにより、あの女さえいなければ。


「そうですよラマク、スレイマンさまは南方王国たっての忠臣。国王であるあなたが正しく扱わなくては」

「アマリア・・・!!」


一息前まで剣呑に固まっていた空気がまるで花でも咲いたように和んでいく。

可憐さと美しさが同居したような黄金の美女は、薄くほほ笑みながら南方王の隣りに寄り添った。


公妃アマリア。妖精の血を思わせるとがった耳と透き通るような白い肌、まばゆく輝く黄金の髪は、もはや存在しない滅びたハイエルフの血を引くといわれる彼女の噂を雄弁に肯定する。

出自こそ定かではないものの、その美貌から南方王国三公の一人『美髯公』ソルバルが妻とし、公妃として南方王ラマクに見初められて王妻の座を射止めた女。

彼女こそスレイマンがもっとも恐れ、もっとも敵意を抱く、この国を蝕む元凶だった。


「エヴァード子爵が忠臣であるならばスレイマン侯爵は南方王国の柱ともいえる御仁ですよ?同列に扱っては失礼ではないですか」

「そうだな、アマリアの言う通りである。じいの忠義を疑うわけではないのだ。悪く思うなよ?」


政務の議に役職なき女人が割り込んだ事を叱責するものもなく、ただ弛緩した空気の中でスレイマンは静かに唇を噛んだ。


「・・・不満ですか?侯爵」


アマリアの言葉にスレイマンは答えなかった。

表情の無い顔でうつむき、ただ耐える。


「・・・・・・陛下。ビルブラッドについてご報告がございます」


珠のように弾んだアマリアの声を聴き、スレイマンの身体がぴくりと動いた。


「盗んだ宝について答えたか?」

「いいえ。ビルブラッドはエルフの秘薬のありかをまだ吐きません。ですが街では傭兵団のものたちが狼藉を働いているとも耳にしております。この責をビルブラッドに問うべきではないでしょうか?」

「どうすべきだろうか?」

「市中にて鞭打ちの刑にすべきでしょう。それでも傭兵団の所業が改まらぬようならば・・・」

「恐れながら」


スレイマンがアマリアの言葉を遮る。


「傭兵団の狼藉とはいかがなものでしょうか?寡聞にして私は存じ上げませぬが」

「喧嘩や無銭飲食と聞いています。警邏の騎士たちと争ったことも一度や二度ではないとも」

「ならば私が預かりましょう。三の門の番兵たちから聴取し、しかるべき対応を取ります」

「鞭打ちはせぬのか?」

「事実の確認が先決です。必要とあらば傭兵団どもを鞭打つ事もありましょうが・・・まずは一旦この老骨にお任せください」

「うむ。じい、よろしく頼む」


議題はうつり、好戦的で目先の利益しか求めない武官、文官を抑えながらスレイマンは宰相として最大限母国が疲弊しないよう努めた。






「まことスレイマン侯爵は南方の礎ですね。北方から商人が持ち帰った菓子があるのですが、よろしければ一緒にいかがです?」


たおやかに笑うアマリアに否と言葉を吐くことはできず、スレイマンは小さく頷き公妃にあてがわれた私室へと向かう。


部屋の中に侍女の姿はない。

アマリアは妖艶な仕草でしなだれかかるが、スレイマンは仇敵を見るような眼で彼女を睨み据えた。


「あら、私の何が気に入らないのかしら?あなたの好みにも合うと思うのだけれど」

「・・・要件はなんだ、神将」


一触即発のような張りつめた空気の中で、神将アマリアがクスクスと嗤った。


「あなたの娘の話しよ。スレイマン」

「・・・殺しては、いないだろうな」

「当たり前でしょう?私はお前たちが崇める下衆どもと違い約定は守るわ。でもね・・・彼女は非協力的すぎるのよ。わかるでしょう?反骨の相とでも言えばいいのかしら。あなたの血を引くだけあって強情だわ」

「当然だろう、俺とルルミカの子がお前に跪くものか」

「ねえスレイマン。私はあなたのような戦士が好きよ?だからこそ、あなたが従う事を条件にあなたの娘を縊り殺さないでいてあげてるの。わかるわよね?」


そう言いながらパンパン、と手を鳴らす。

控えていたゴーマが音もなく現れ、二人の前に焼き菓子を置いた。

銅製のゴブレットになみなみと注ぐのは血の様に赤いワインだ。


「侍従に甘んじるS級冒険者か。落ちたものだ」

「『賢老』どのの時代とは違うのですよ。我らはみな神将を主と崇めているのです。身の回りの世話をする事は喜び・・・とはいえ、いささか役不足な仕事だとは思いますが」

「塔の魔術師はもう少し知恵があるものだと思っていたが違うのだな」

「どうでしょう?塔は過酷な地ですからね。知恵なきものから死にゆくものです」


ゴーマの笑い声が幾重にも重なって響く。


「スレイマン、あなたは私に逆らえない。そうでしょう?」


アマリアの言葉に思わず飛びかかりそうになる。

できることならこの場で神将の首を叩き落としてしまいたかった。

だが、今の自分にはその力が無い。


「従えることならば」


憎々しげに、忌々しげに、スレイマンは神将を睨みながら言う。


「なら、エルフを滅ぼしてきて」

「・・・・・・・・・なんだと」

「世界樹の森に棲むダークエルフどもを根絶やしにしてきて頂戴。ポータルの場所は私が教えてあげるし、転移の術式はゴーマが取得済みよ。あなたは・・・そうね、兵一万の主将として働きなさいな。並の兵士十人がかりでエルフ一人を殺せると考えれば兵一万で千人のエルフを殺せるわ。あなたが指揮官どもを殺して回ればもっと効率よく滅ぼす事だってできるでしょう」

「・・・・・・なぜ、今なのだ」

「時間はかかったけど私の力がようやく完全に戻ったのよ。生まれ変わった世界樹を滅ぼし、稀人とエルフを滅ぼし、私は主を呼び戻す。エルフがいても障害にはならないでしょうけど、目障りだから消しておきたいの」


その言葉に誇張は無い。

アマリアと呼ばれる神将は、エルフの戦士たちを取るに足りぬ雑兵と同列に見ていた。


「エルフの戦士にあなたが敗れる事はないでしょうけれど、稀人にだけは気をつけなさい。私の手から上手くすり抜けて生き残る賢しい男ですからね」


スレイマンの喉に一本の骨が刺さる。

神将に殺せぬ稀人。もしその男と自分が協力できるならば。


「試してみる?」





勝機を探った為に反応が一瞬だけ遅れ、致死の未来視がスレイマンを包み込む。


燃え盛る王都。業火に焼かれて兵士たちに殺されていく獣人たち。

城門の前にはエルフの首が並び、その端に打ち捨てられた愛する娘の遺体。

スレイマンの屋敷には食い散らかされたように従者たちの身体がぶちまけられている。


王城を血に染めながらゴーマの首をスレイマンの剣が斬り落とす。

無数の獣がスレイマンに噛み付き、その身体を咀嚼していく。

絶叫して稀人に縋ると、稀人は支えを無くしたように倒れた。

稀人の胸には大きな穴が開き、アマリアは抜き取った心臓を片手に哄笑する。


利き腕は既にない。

両足は腱を断たれて歩くことさえままならない。

左手にかつての愛剣を持ち、それでもスレイマンは神将を睨んで吼える。


臓腑を抉ったのはエヴァード子爵の槍だった。

動くことのできぬ自分をあざ笑うかのように、アマリアは戯れに文官たちに己を刻ませる。


スレイマンの牙と呼ばれる子飼いの獣人たちが王城へとなだれ込んだ。

虎獣人のアルドがエヴァードを引き裂き、鷹獣人のマグラが地を這うような動きで神将に一撃を見舞う。

火球が爆発してマグラの頭が消えた。

無数に放たれた爆裂火球が狐獣人を、犬獣人を、兎獣人を、生かすことなく灰燼に変えていく。


炎の嵐から護るようにアルドがスレイマンの前に立ちはだかった。

鋼のような皮膚が焼け焦げ、アマリアの魔術が命数を削り取っていく。


「逃げろアルド!!お前は逃げて生きろ!!!」

「お断りですぜ旦那、俺はあんたの牙だ。敵を前にして逃げ出す牙がどこにあります?」


獣人の忠義を噛みしめながらスレイマンは愛剣を捨てた。

愛する妻が残したエルフの秘薬を口にして、その身をほんの数歩だけ進ませる。


「旦那!?」


降り注ぐ火球の中、アルドをかばうようにスレイマンが立つ。

魔力による身体強化を持ってしても、もはや戦う力は残っていない。

木偶のように動かぬ身体をもって出来る事など一つだけだ。


「命令だ。俺を盾にしてでも・・・奴を殺せ!」

「・・・・・・・・・承知!!!」


アルドが吠えた。虎獣人の膂力の全てを持って疾駆する。

スレイマンを盾のように抱きかかえ、神将アマリアに必殺必死の一撃を放つために突き進む。


「あらあら」


指先から火球を収束させた光線が放たれ、スレイマンごとアルドの心臓を貫いた。

躍り掛かった勢いのままアルドが俯せに倒れ込む。

逃れられぬ死を前に、スレイマンの全身が震えた。


恐怖では無い。後悔でも無い。ただ悔しい。無念さだけがスレイマンの全身を駆け巡る。

己の一生を賭してきたことが、何一つ残らぬまま消えていく事が悔しい。

妻に、娘に、何一つ伝えてやれなかった己の弱さが厭わしい。


膝を折り、スレイマンの耳元でアマリアが言う。


「ご苦労様」






白昼夢だとわかる。

だがそれでも、正気に戻ったスレイマンの身体はかすかに震えていた。

いつもありがとうございます。

諸々考えた結果、好きに書くことにしました!!


次回もよろしくお願いいたします。

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