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今日は流れが悪いな!!

「にーさん、旅の人かい?」


ほろ酔い気分のところを、ちゃらい感じの地元民に声をかけられた。

年齢は今の俺よりちょっと上だろうか。くすんだブラウンの髪にちょっといたずら者っぽい目をして、手には冷えたエールを持っている。

どうして旅の人だと思ったかを尋ねたら、まだ半分残っている鶏脚とブルーベリーのパイを指差した。どうもこのパイ、猫耳ちゃんの好みだから置いてあるだけらしく常連客でもほとんど頼まないんだそうだ。

自然な動作で相席するとなんだかよくわからない物を注文する。

しばらく飲みながら雑談していたら、本物の常連っぽい彼、フェイに簡単なギャンブルを教わった。


6面体のダイスを使った、七星というゲームである。

知識としては持っていたので異世界風のチンチロリンだなあと思っていたが、やってみると結構アクション性のあるゲームだったのでガリガリやった。そしてほどほどに勝った。面白いゲームだ。


「ホントに初めてかよ!?くそー、今日は流れが悪いな!!」


そんなギャンブルにありがちな台詞を聞いて思わず爆笑してしまった。

フェイの声は小林かつのりに良く似てる。

まるで麻雀でもやってるかのような台詞だったのでなおのこと面白い。


「悪かったな!いつもならもうちょっと・・・ああ、くそ、また負けた!!」

「わかったよ、ほらフェイも煮込み食べなって」

「おう・・・ん、はっぱほのみへのめひはんまいな」


熱々の土鍋から取りわけた煮込みをパンに乗せて美味そうにガツガツ食べる。グビグビ飲む。

うん。この食べっぷりをみてるとフェイは悪い奴じゃなさそうな気がする。


「なんだとテメェ!」


そんな平和も長くは続かなかった。

罵声とともに猫耳ちゃんがぶん殴られて、テーブルに座ってた何人かの荒くれが立ちあがったからだ。


「獣人なんぞが人間様の誘いを断るだと?おとなしく従ってりゃ良いんだよ!」


うるさかった店内がぴたっと静かになる。

ゴスっと鈍い音。うずくまる猫耳ちゃんの後頭部をゴツイおっさんが殴る。

ゲラゲラと笑う酔っぱらった荒くれども。

あれは、ただの、ガチの、暴力だ。

怖くて声もでなくなった猫耳ちゃんのところに行こうとした俺をフェイが止める。


「やめとけよセルシス。あーいうのは関わらないのが一番いい」


日本人としてはまったく同感だ。飲み屋で酔っ払いが店員と揉めてるのを見ても止める気にはならないもんな。

誰だって自分が可愛いし、誰だって傷つくのは嫌だし、誰だって面倒事はごめんだろう。

ここが日本で俺が声優のままだったら俺だって絶対に声をかけない自信がある。トラブルに首を突っ込んで怪我して新聞沙汰にでもなったりしたら、事務所にだって社会的に迷惑をかけてしまうからだ。


でも。ここはそうじゃない。

異世界グランディスタにいる旅人のセルシスは、思った通りに生きてみようじゃないか。

失敗して後悔するかもしれないが、しがらみのない人生だ。


「おい、その汚い手をどけろ」


ざわっとした。店内の客と荒くれの目が一斉に俺を見る。

フェイは自分の顔を右手で覆っていた。あちゃーって感じだ。


「俺たちに言ったのか?坊や」

「他に汚い手の奴がいるか?」


汚いと言うか、いかにも力仕事してますって感じのゴツゴツとした恐ろしい拳だ。

そんな荒くれが全部で3人。みんな冒険者みたいな恰好してる。怖いっちゃあ怖いねー。


「いま良い気分で酒を飲んでるんだ。カッコつけたいのはわかるが怪我すると損だぜ坊や」

「・・・・・・これで女を一晩借りる」


そう言うと銅貨の入った袋を店主に投げつけ、またゲラゲラ笑う。


「しっかりケモノを躾けてやらねえとな、ベッドの中でよ!!」


ガハハと笑いながら荒くれがもう一回猫耳ちゃんを殴ろうとしたので、先にジョッキをぶんなげて冷えたエールを頭にかけてやった。


「くそガキィ!?」

「ケモノケモノ言いながら欲情してるお前らはなんだよ?ケダモノか?パンに穴でもあけて突っ込んでろよヒトモドキ」


さすがに荒くれ全員がキレて俺に突っ込んできた。とっさに土鍋をつかんで中身をぶっかける。


「あちぃ!?」


倉田てつを的なオープンフィンガーグローブを装備していたおかげで凶器に使えたものの手のひらで挟んで持たなかったら火傷は必至だったみたいだ。

そのまま蹴飛ばすとガシャンガシャンとテーブルを倒しながら転がっていく。


殴りかかってきたもう一人の荒くれの右手をつかんで綺麗に背負い投げしてみる。

想像以上に綺麗な弧を描いて背中から落ちた荒くれが「グェッ」とカエルがつぶれたような声をあげた。

でもまあ綺麗に落ちたからたいした怪我ではなかろう。


ドゴガァン、と、おそろしくでかい音がして、俺の使っていたテーブルが真っ二つになった。

目の血走ったボス荒くれが長剣を抜いて力任せに叩きつけたらしい。


やばい、怒らせすぎたか。

ナイフくらいはあるかなあと思ってたけど、こんな街中で剣を抜いて振り回すとかさすがに想定外です。

俺の腰に差してある小太刀とかハッタリみたいなもんだからね!とっくみあいの喧嘩や殺陣ならそれなりに経験あるけど、さすがにロングソード相手に切った張ったの大立ち回りとか経験ありませんから!!


「ビルブラッド傭兵団相手に喧嘩売るとは良い度胸だな」


おお、荒くれは傭兵だったのか。ってかヤバくない?ヤバイよね?傭兵とか人殺しさんじゃないですか。

対人専用、荒事専門の外付け人殺し装置でしょ?本職も本職じゃないですか!ヤクザどころじゃないヒットマンに喧嘩売っちゃったようなもんじゃないですか!!!

死ねる。わりと物理的に本気で死ねる。ここで死んだらアンカネブラにさすがに悪い気がするなあ。


「どうした?いまさらビビったか?土下座して靴の裏を舐めるなら許してやっても良いんだぞ?」

「まさか、冗談でしょ。そっちこそ素人に負けた傭兵団とか言われたくなかったらここでやめて帰ってもいいんですよ?引き分けって事にしておきますから」


むしろ帰って下さい。無理だってば!


「店の修理代は・・・ひとまず僕が立て替えておきますから、遠慮なく帰って大丈夫ですよ?」


荒くれボスさん改め傭兵さんの顔が酒じゃなく真っ赤になった。

違うんや、挑発やないんやで。マジで帰って、お願い。


右を見る。カウンター側から脱出・・・は無理。

左を見る。怯えた猫耳ちゃんがなんかうるんだ目で俺を凝視している。

ごめん猫耳ちゃん、相手が傭兵だと知ってたら喧嘩売らなかったかもしれない。

後ろをチラッと見ると、さっきぶん投げた荒くれが立ち上がって俺に掴みかかってくるところだった。


これはヤバイ!


とっさに反応できなかった俺を助けるべくフェイが割って入ってきた。

カウンターで振り上げたイスの一撃が見事に決まってぶったおす。すげー、フェイも結構、荒事馴れしてるな。


「死ね!!」


仲間が倒されて完全に頭にきた感じの傭兵さんがやる気で剣を振るってきた。

横薙ぎの一撃で、これを俺がかわすと、フェイが斬られて怪我をするか、下手すると死ぬ。

あー、もう、ここまでか。くそぅ。



「『砕けろ』」



そう言って手をかざした俺の目の前で傭兵さんの長剣が粉々になった。

振り抜いた姿勢になっている傭兵さんの顔面を拳で打ち抜くと、驚愕の顔をそのままにしてバタンと気絶してくれた。

自分で首突っ込んだのは仕方ないけど。あー、もう、やっちゃったよって感じ。


一週間で切り札を使うハメになるなんて。

異世界旅行、前途多難だなー。

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