信仰か?爺さんの代で売っちまったよ!
「・・・・・・・・・私たちも行くわ」
ダーナの言葉にサンドラップが目を見張り、ラズンズが嬉しそうにぐるると唸る。
「私たちのパーティーを認めてくれたんでしょ?A級と肩を並べて戦えるなら一緒に入っても良いはずよね?」
「・・・危険だ、と言っても聞きやしねえか」
「ちょっと覗いて帰るだけなら大丈夫でしょ?」
その目には強い戦意があった。
サンドラップにも負けない強固な意志を全員が感じ取る。
「俺が無茶しないように自分を楔に使おうってのか?・・・・・・いや違うな。自分も混ぜろって事か?はっ!お嬢も良い女に育ったじゃねえか」
「それ違う。ダーナ、もともと良い女」
「・・・・・・なら、こうしましょう。B級冒険者パーティー2組を中継拠点に戻す事には変更なし。魔宮の入り口付近で待機するのはA級冒険者パーティ2組。魔宮内部を確認するのが僕たちを含めたB級冒険者パーティー2組と、サンドラップさんのA級パーティー1組。それで行きましょう」
アンリの言葉に全員が驚いた顔を見せる。
「何言ってやがる!?A級2組が待機だと!?」
「魔神強い。それだと戦えない」
「そうですよ。あくまで確認が目的ですから。魔神に類する強敵がいた場合は全力で撤退し、A級冒険者2組と合流してから反撃します」
毅然とした顔でアンリが続ける。
「僕たちの目的は魔神とマナ溜まりをなんとかすることです。戦う事は手段であって目的ではありません。もちろん、仇を討つのも僕たちの目的ではない」
一文字ずつはっきりと、仇を討つのも僕たちの目的ではない、とアンリが言った。
「・・・そりゃ神殿騎士の理屈だぜ。冒険者はその理屈じゃ縛れねえ」
「単独で魔神を殲滅できると言うなら存分にやって下さい。ですが、仲間と僕たちをあなたの自己満足に巻き込むのが冒険者の理屈だと言うなら、そんなもの糞くらえだ」
「言い過ぎよアンリ!!」
剣呑な空気が漂い、サンドラップが獰猛な笑みを浮かべる。
「随分と汚い言葉を使うじゃねえか。もういっぺん言ってみな」
「糞くらえだ」
目にも止まらぬような速さでサンドラップの拳が飛んだ。
顔面を殴打されたアンリの唇の端から血がにじむ。
「なんだって?坊や、喧嘩売ってんのか?」
「糞くらえだ」
鈍い音が響く。ラズンズがぐるると唸り、ダーナの表情が険しくなる。
アンリは、まばたき一つしない。
「何度でも言いますよ。サンドラップさん、あなたはA級冒険者で先遣隊の責任者なんですから、それなりの行動をしてください」
「それなり?それなりって言ったか?ああいいとも、それなりに行動してやるさ!!お偉い神殿騎士様よ!おまえらみたいに神様に頭下げて譲り続けてりゃあ良い連中と違ってな、冒険者には譲れねえもんがあるんだよ」
「僕にだって譲れないものはある」
「ちょっと、もうやめなよアンリ・・・!」
「サンド、もうやめろ」
「譲れないものがあるだって?魔神退治の名声もいらなきゃ首にかかった報奨金もいらねえって神殿騎士様にか?はっ!結構なこった!!信仰か?爺さんの代で売っちまったよ!あいにく俺の手元にはないね」
「信仰より譲れないものだ」
その声は小さく、だが力強くサンドラップの舌鋒を遮る。
「何があろうと僕はダーナと生きて帰る。それだけは譲れないし、譲らない」
「・・・信仰より大事だってのか?」
「あなたとラズンズさんは先遣隊で最も強い。いえ、ダンブランのA級冒険者の中でも1、2を争う腕です。その2人を失えば僕とダーナは生きて帰れなくなる。五年越しの仇討ちは結構な事です。ダーナの両親の仇が討てるなら僕だって望むところだ。でも、それは勝てるかどうかで賭ける必要のない博打です」
「≪龍剥ぎ≫や≪冒涜者≫が魔神の首を落とすところを指くわえて見てろって?」
「S級冒険者を盾役にして横合いからかっさらえばいいでしょう」
アンリの言葉にサンドラップの目が丸くなる。
「・・・・・・・・・はっ!S級を盾役にしておいしいところを貰ってくのか!?」
「お2人ならできるでしょう?」
「サンド、それやろう、俺も混ざる」
「ああ、≪冒涜者≫の奴に一泡吹かせられるかもしれねえな!!・・・・・・くそぅ」
サンドラップがガリガリと頭をかきむしって唇を尖らせた。
「くやしいが、面白いと思っちまった・・・・・・ああわかった、いいぜ、俺の負けだ。わるかった。全部お前さんに任せる、ここからは指示に従うよ」
「ありがとうございます」
「で、だ」
サンドラップの目と口がいやらしく曲がる。
「一つ聞いときたいんだが、おまえ、お嬢に惚れてんのか?」
「はい」
「アアァアッッアッアンリ!?!?」
これ以上ないくらい取り乱したダーナの顔を見ながらサンドラップが爆笑する。
恥ずかしさからダーナの拳がサンドラップに飛ぶがそこは兄弟子。S級冒険者の名に恥じない体捌きでダーナをいなしながら茹でたタコみたいに赤くなるまでからかい続け、気が済むと「あと少し休んだら行動開始だ」と言って自分たちのパーティーへと戻って行った。
思考停止して固まるダーナにアンリが声をかける。
「ダーナ」
「ふぁいっ!?あ・・・は、はい、な、なにかな??」
「生きて帰ったら伝えたい事があるんだ。だから・・・」
だから、死なないで。
そこまで言葉にすることができず、アンリは曖昧な、困ったような笑みを浮かべる。
その笑い方は、フェイによく似たものだった。
2人が戻り魔神や魔獣の襲撃もないまま静かに休憩を終えたころ、トーラの作業も無事に終了した。
グラムコスルの根を使ってトーラが作成した魔力回復薬は全部で8本。これを配分する。
ゴンベックは身体強化くらいでしか魔力を使わないため受け取らず、同じく身体強化でしか使わないはずのミシズは、使うからと声高に主張して1本を自分の物にする。帰ったら売りさばくつもりなのだろう。
トーラは2本取り、残りは5本。
アンリはダーナに2本渡し、自分の分を3本取る。
「ゴンベック、ちょっと頼めるかい?」
アンリはゴンベックの耳元で囁き、囁かれたゴンベックは意外そうに、だが面白そうに口元を歪めて笑いをこらえる。
「くるか?可能性は薄いだろう」
「そうだね、自分でも馬鹿な事を考えている自覚はあるよ。嫌なら断ってくれても良い」
「・・・・・・・・・・・・何もなければ回収すれば済む話だ、やってみよう」
そういうとゴンベックは耐えられずに声を出して笑った。アンリも共犯者の顔で笑う。
保険と呼ぶには満たない行為。十に九は意味を持たないだろう。
だが、それは、意味を持った時が重要なのだ。
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「殴ること、なかった。ダーナ、怒ってた」
仲間のところへ戻る途中、ラズンズは熊獣人の丸い耳をぴこぴこと動かしてサンドラップに抗議する。
「坊やが煽ってきたから乗ってやっただけだろうが・・・・・・しかし、ドゥティーダの三男が俊才ってのは聞いてたが、なかなかどうして骨のあるガキじゃねえか。女の前でただかっこつけてるだけじゃなく、てめえの頭でよく考えてやがる。自分の我を通したうえで、あの野郎、俺のメンツまで立ててみせやがった。度胸と頭と顔が良いとか嫉妬しちまうね」
「サンドよりは、みんな頭と顔いい」
「うるせえぞラズンズ!!」
ぐるる、とラズンズが笑う。
「惚れた女のためにかっこつけねえ男なんざいねえよ。身体を張れる奴もたくさんいるだろう、だが、そういう奴の大半は命懸けって言葉を手抜きで使うようなガキばっかだ。ガキの命懸けってのは楽でいい。目的の後に生き続ける事を考えてないからな。失敗しても死んでそこで終わり、恥さらして生き続けなくて良いんだぜ?羨ましいねまったく」
「サンド、鏡を見た方が良い」
「俺は死なねえよ。死ぬときは女神を抱きながらって決めてんだ。いつも言ってるだろ?良い冒険者ってのは死なない程度に働いて役に立つ奴の事だってな」
「違う。顔が変。怒ってるのか、笑ってるのか」
サンドラップはきょとんとしてから自分の頬に触れた。
強張ったそれを指先で押すと、足を止めて水筒を取り出し、ごくりと中の水を飲む。
喉を流れる冷たい水が胸の中の澱をかきだすように染み込んでいく。
大きなため息を鼻から出して、サンドラップは天を仰いだ。
「・・・失った信仰は取り戻すこともある。だが失った女は帰っちゃこない。アンリってガキは若いのによくわかってるよ」
あれならお嬢を任せても良い。
そう言いかけたサンドラップを遮るように、ラズンズがぐるると唸った。




