神の名に誓おう
『キミは素晴らしいね。地球の神としてボクも鼻が高いよ』
明るく笑っているような声だが表情がわからないから本心は見えない。
自分の身体が認識できるようになったからか、魂でなんでも理解できる感じじゃなくなったようだ。しかしこの神どもには正直イラっとする。
『怒らないで聞いてくれ。キミを飛ばしたあれは単純な装置でね。グランディスタのマナ溜まりが限界に達すると、自動でボクの世界から適当な人間を選んで送り出すようになっているんだ』
「テキトーですか」
本当にむかつく話だ。グーで殴っても怒られない気がする。
『そうだよ。適当。ちょうどよくあう、ふさわしい人材を、ね。選ばれた人材はここで溶かされて純粋なマナに変換されたままグランディスタに運ばれる。異世界に撒かれた地球のマナが混ざって、まあ、グランディスタは滅びずに済む。そういう仕組み・・・ただ、ここ1000年かちょっと問題があるみたいでね』
「問題?」
『そう。ボクの世界の人間一人に消えてもらうその代価として願いをひとつ叶えることになっている。はずなんだけど、ここ1000年の間、消えた人間はいても代価を求められることがなかったんだよ。それで、今回はどうなってるのかボクが見にきたんだ。間に合ってよかった』
ぞくり、と寒気がした。神様は怒っている。ような気がする。
あたまに何かが触れた感覚がして、一瞬で寒気が消えた。心の中まで暖かくなったような感覚で満ちる。
『すまないが記憶を見せてもらった。ドドラガリ、彼は願いを伝える前に消されるところだったようだね。それどころか彼の願いは帰る事だった。どういうことかな?グランディスタのマナになるのは本人がそう望んだ場合のみ。そういう約束だったよね?』
老神ドドラガリがうめくような声をもらす。
『しかし、それでは選定に時間がかかりすぎます。時間がかかれば我らの世界は滅びかねませぬ。それゆえに我らは・・・』
『ドドラガリ。よその世界の人間に頼ることしかできない神の分際で何を偉そうにさえずるんだい?どれだけ言い繕ったところでキミのしている事はただの人狩りだ。それを正義だと謳うなら、ボクもキミと同じように狩りをするよ?まさか文句は言わないよね、自分たちグランディスタの神が狩られる側にまわっても。あ、もちろん理由は適当につけるからね』
『・・・我ら一同、ただではやられませんぞ』
大きな動作で構えたその杖に雷光が落ちた。
粉々になって燃え落ちる杖を呆然とみるドドラガリが二発目の雷光に吹き飛ばされる。
『たかが数千年生きただけの象徴神が数十億年生きた星神に勝てると思うなど、傲慢にもほどがあるね』
ドドラガリが両手を地に着け頭を下げる。
『しかし、我らにも時間が無いのです!グランディスタのマナ溜まりはもう限界に達しております。ここで新たなマナを吹き込まねば・・・』
『限界?この1000年の間に何人連れて行ったんだい?どうして状況が改善されていないんだい?望まない人間を無理やり利用したからだよね?』
『マナの質は魂の強さで決まります、これまでの者たちはたまたま質が・・・』
『黙れ』
轟音を立ててドドラガリの全身が炎に包まれる。
『・・・・・・っ・・・・・!!!』
『太陽を司るおまえに、この程度の炎は効かないだろう。だからこれが最後の警告だ』
ドドラガリが沈黙し、炎が静かに消えていく。
『ボクの世界の人間を貶めることは許さない。彼らは望まぬ形でお前たちの世界の礎になったんだ。彼らがお前やボクを責める事はあっても、その逆だけは絶対に認めない。いいかドドラガリ、死んでいったものたちに己の無能さを押し付けると言うなら、お前は、その瞬間から、ボクの敵だ』
『・・・・・・申し訳ありません』
『マナは心の力だ。望んでその身を捧げて生まれたマナと、そうでないマナに力の差があるのは当然だ・・・・・・結果として理解はできるだろう?』
『しかと、理解いたしました』
平身低頭するドドラガリを呆けたように俺は見ていた。
『すまなかったね。お詫びにキミの願いを叶えよう。言ってごらん』
優しい声だった。本当にどんな願いでもかなえてくれる気がする声。
「家に、帰らせてください」
『いいよ』
震えそうな声で叫びそうになる。だが、まだだ。
「100年後の知らない誰かが住んでる家にとかじゃなく、妻と娘が住んでいる家に、生きている俺が、俺とわかる姿で、家族に心配されない元気な状態で帰らせてくれますか」
『随分信用してないんだねー。残念残念。まあ神様同士の内輪揉めを見たあとじゃ仕方ないか。いいよ。その条件でまったく問題ない・・・ただ、申し訳ないんだけど、一つだけお願いを聞いてもらえないかな?』
喜びに両手を振り上げてバンザイする俺の前で神様が言う。
『ドドラガリが言うように、グランディスタはこのままじゃ存在が危ういところがあってね。できればキミには異世界旅行して欲しいんだ』
「異世界・・・旅行、ですか???」
『そう。グランディスタに行ってほしい。そこでキミは好きな事をしてくれて構わない。向こうで死ぬか、あるいは何十年か経ってそれなりにマナが撹拌されて、向こうの世界がしっかりと落ち着いてきたらこっちに戻してあげるよ。その辺はボクがどうにでもしてあげる。キミが向こうの世界で生活するだけでも少しはマナ溜まりに良い影響が与えられるからね。どうかな?』
「死んだり年寄りになってから帰ったりとか、問題あるんじゃ・・・」
『その時キミがどんな状態であろうと、もとのキミに戻してあげると約束しよう。まったく同じ時間、同じ場所に戻せるとは言えないけど、少なくともキミが消えたのと同じ日に戻してあげる。妻と娘が住んでいる家に、生きているキミを、キミとわかる姿で、家族に心配されない元気な状態で帰らせる。神の名に誓おう』
そういうと神様がほほ笑んだ。いや、顔は相変わらずはっきり見えないからほほ笑んだ気がする。
『キミの願いは最大限叶えるからお願いできないかなぁ。正直、この1000年くらいの子たちがちゃんと自分の意志でマナになっていたらもっと余裕があったんだけれどね。どうだろう?特別な事は考えなくても構わない、向こうで生きてくれるだけで意味はあるからグランディスタに行ってみない?ダメかな?』
正直いますぐ帰してほしいと思ったけど、なんであれ帰れるなら文句は無い。
だいたい最初は、帰るためなら悪魔に魂を売っても良いと思ったくらいなんだ。
ちょっと異世界旅行?まあ神様に頼まれたんなら、それくらいやってみても良いじゃないかという気がする。
「わかりました。やってみます・・・条件面で問題無ければ、ですけど」
そう言って、俺は神様にうなずいた。