第二話 [私、結構モテるんすよ]
「えーっ、夏蓮って柊先生なんか好きなの?」
なんかとは何なのか。柊先生なんかとは何なのか。というかそれを私に言って失礼だとはこいつは一ミリも思わないのだろうか。思わないのだろう。こいつなんかは。
学年でも学校全体でも、あまり人気が高くない柊尚人先生。彼を好きな人とは極一部。その一部のなかに私も勿論、含まれているわけであって友人にその話をする都度、悪口を言われるのだ。だからといって私は反論するわけではないが、「好きなんだからしかたないんだよね」なんて返しをするのにももう疲れた。
しかし今日、初めて
「寺河年上好きなんだ。意外だな」
なんてことを言われた。そう言った彼は、クラスメートであり番号順で席を並べると隣になり、何度席替えしてもまだ隣、または前後になる、そして背の順までも隣という私にとって奇跡的な運命的な相手、高野光樹だ。
光樹は一年生のときはクラスは違うものの隣のクラスで、体育の授業が男女合同の時に仲良くなった。二人とも背が高くて、背の順が隣になったのだ。しかしずっと友達同士と言う訳ではなくて、一度私は彼に告白を受けたことがあった。勿論、愛の告白。
メールでも電話でもなく現代っ子のやり方を徹底的に無視した、直接告白。まぁ正確に言えば、それは未遂に終わった。
一年生のときの冬のある日、私は委員会の仕事があってたまたま教室に放課後残っていた。完全下校時刻になる前に少しでもいいから部活に顔を出したいと思って、急いで作業を終わらせて荷物を抱えて全力疾走で教室を飛び出した。するとその瞬間、額を何かに強打した。
リアクションをする前に、自分の顔が真っ赤になったのが分かった。そのときに私がぶつかったものとは、柊先生だったのだ。先生は「ごめん、気が付かなかった。大丈夫か」と手を差し出した。私は恥ずかしさと嬉しさが入り交じり、大声で謝って逃げた。
そのあとはもう顔と体が火照ってしまい、部活に行く気力はなかった。
初めて触れた、先生の体。
初めて差し出された、先生の手。
初めて私のことを心配してくれた、先生の声。
もう何もかもが嬉しくて恥ずかしくて。昇降口を出て中庭のベンチで座って、さっきのことを何度も何度も頭の中でリピート再生している自分の変態さに落ち込んだ。でもありがとうございますと言えなかったことも、差し出された手を無視してしまったことにも罪悪感が湧いた。
結局、完全下校時刻のチャイムが鳴ってしまい私は帰路に着くことにした。いつもより重く感じるエナメルによろめきながら、校門をくぐろうとした。すると同じソフトボール部の同級生、中村と郷田に後ろから呼び止められた。
「二組の高野が夏蓮に大事な話あるって!行ってあげなよ!」
二人はこの当時、私が柊先生に抱いている想いを知らなかった。だから良かれと思って私を光樹のために呼び止めたのだろう。その時私はまだ例のことで気分が浮わついていて、意識がしっかりしてなかった。そのおかげで、彼女たちの言うとおりに体育館裏まで行ってしまった。
そっと裏を覗きこむと、そこにはやはり光樹の姿があった。私は一人で光樹の近く、話が出来る距離まで近づいた。
「…ごめん。呼び止めちゃったみたいで。あの、実は寺河に聞いてほしいことがあって。俺、お前のことが「ごめんなさい!!」」
――――私は最低だった。
断るにしたって、最後まで話は聞くべきだ。それも告白となると。しかし私の思考回路はそんな容易い判断も出来なくなるくらい麻痺状態に陥っていて、それどころじゃなかった。
翌日、私は高熱を出して気まずいまま光樹と再会するのは避けることができた。しかし一年生の間は気まずいままで、友達に戻ることはできなかった。
学年が一つ上に上がって、私たちは二年生になった。そしてあの日以来、一言も会話していなかった光樹と否が応でもすることになる。
始業式の日、隣の席の人物にお互いが驚いた。お互いに目線をそらし続けた。しかし新担任はまだまだ若い、男性教諭だった。そいつの無駄な考えで、『日直がいつだって番号順が最初の人から、というのは先生は不公平だと思います。なので今からくじを引いて最初の二人を決めようと思います』
クラスの意見は、喜びとブーイングと疑問の三つに別れた。
そして担任が引いたのは、九番。光樹の番号だった。言われた瞬間に私は地獄の底まで叩き落とされたような心情だった。
あとは正直、あまり覚えていない。確か光樹が私達の後の日直は前に進むか後ろに進むか、はたまた横に進むかというのを決めていた気がする。
『じゃあ、今日から早速日直さんには仕事があるので始業式は終わった後も帰らずに二人で教室に残っていてくださいね』
これほどお節介な大人を呪いたくなったのは、人生で初めてだった。
同じクラスになって私と光樹の確執を知っている中村が、替わろうかと言ってくれたが毎回日直の度に替わってもらうのも嫌なので断った。
始業式は午前中で終了して、私と光樹以外の生徒は全員帰ってしまった。私達日直の仕事とは明日から日直が書き始める、学級日誌の作成だった。
担任の先生が来るまで私達の間に一切言葉はなく、あるのは不自然すぎる距離だけだった。先生は来てからすぐ、職員室から呼び出されて行ってしまった。黙々と進む作業。聞こえるのは光樹が使っているハサミが紙と擦れる音と、私のホッチキスと時計の秒針のみ。
「「あの」」
見事にハモった。
見事に私と光樹の喋り出しの言葉が、寸分狂わずハモった。
どうしようもなくなってお互いに目をそらす。五秒くらいしたあとで光樹が口を開いた。
「お前先に言っ「私が先に言う!」」
「…はい」
私は覚悟を決めた。
光樹とは番号順が席は一年終わるまで変わらないので、上手く付き合っていくしかない。そう決めたのだ。
「……とりあえず、ごめんなさい。一年生のとき。嫌なことしちゃって」
「別にいいよ」
「最後まで聞いて」
「…すいません」
「それで、そのあと私、光樹のこと避け続けちゃったから。本当はもっと早くに言いたかった、言わなきゃいけなかったんだけどまた友達、に戻りたいんだ。光樹と。……ダメ、ですか?」
「………俺も」
「へ?」
「俺も同じこと言おうと思ってた」
俯いていた光樹の顔が上がって、表情を久しぶりにしっかりと見つめた。―――ああ、やっぱり光樹だ。私の今目の前にいる人はちゃんと光樹だ。
「…俺からもよろしく、お願いします」
「うん!」
そう言ったらなんだか嬉しくて、二人で顔を見合わせてクスクスと笑った。
そんなことがあった今年の春。
今はもう空が澄んで、肌寒くなってきた秋。
そういえば明日は三つに上のお姉ちゃんの誕生日だな、なんてふと思う。
「―――だから、寺河って年上好きなんだな」
「うっ、えっ、うーん、まぁ、そうなのかな?」
「俺は知らねーけど」
鼻で笑いながら、光樹は学級日誌を記入している。
私達はまた、二人で教室に残って日直の仕事をこなしていた。一年の半分も過ぎればだいぶ仕事のこなしも早くなるのだが、今日はお互いに日直だと言うこと自体忘れていて、部活に走りたい気持ちを必死に抑えながら教室にいる。
「つーか、なんで光樹がそんなこと知ってるの。私、話した覚えないんだけど」
「んー?まぁ、席隣のやつが授業中、廊下を柊が通る度に目キラキラさせてれば誰でも気づくだろ」
大抵な、と彼は言う。
「少女漫画とかで先生生徒ってよくあるけど、本当にいるんだな。初めて会った」
「…私も自分がなるまでは信じてなかったよ、全く。ところで光樹くーん、少女漫画なんか読んでんの?それこそ意外だよ」
「姉ちゃんの読んでんの。なに、気持ち悪いとか思ってる?」
「は?なんで?だって私だってか弱い少女だけど少年漫画読むもん。それと一緒でしょ」
「…か弱い?誰が?」
「私が」
「どこが?」
「目ぇ潰すよ?」
「ごめんごめんごめん!!俺が悪かったから待って!この手をやめろ!引っ込めて!」
ドタバタと二人で暴れて、ふぅ、とため息をついた。
そして落ち着いたのか、光樹はまたシャーペンを手にとって記入を再開させる。
「…柊先生ねぇ」
光樹が小さな声で呟いた。
私はこの声に反応して、宿題の手を止める。
「なに?悪口?それなら聞き慣れてるっつーの。もう耳にタコ」
「いやそうじゃねぇけど。俺、柊先生の授業好きだったし。つーかさ、今年もそうだけどお前、柊先生の授業受けてたっけ?」
「いんや。全く」
「なのに?」
「なのに好きなの。仕方ないでしょ?」
「………そうか」
若干、引いたような表情を浮かべられたが無視する。
彼と仲直りしてからというとのの出来る限り、こういう話題は避けていたが相手から言われれば私も開き直る他得ない。
「まぁ、柊先生のこと好きな女子、学年にも結構いるしな」
「…そうなんだよね」
会話しながら、私は連立方程式の問題をすらすらと解いていく。やはり二学期後半にも差し掛かれば、復習問題は出てくる。数学が苦手な私だが、方程式の問題は一年生のときから好きだ。なぜなら柊先生も得意らしいから。先生も数学は得意教科ではないらしいが、方程式と連立方程式だけは好き、と他の誰かから聞いた。確か郷田だったっけ?まぁ、いちばん悲しいのはこれを本人から私が直接聞いたのではなく、間接的に誰かから聞いたことなのだが。
「…寺河」
「うん?」
「先生と、付き合えると思う?」
「……なんで?」
質問に質問で返すのは、マナー違反だと父が言っていた。
だけど今は私は何故、光樹は私にそれを聞いたのかという理由が知りたかったのだから仕方あるまい。
「だって、先生と付き合うってそれこそ少女漫画とかドラマじゃ普通にしてるけど。現実世界じゃ犯罪じゃん。パクられちまうぜ、柊先生が」
一瞬、パクられるという日本語の意味が分からなくて混乱したが、この場合は逮捕されるという意味に変換されるのか。
「本気で付き合いたくて、好きなの?」
「…付き合いたい、とは考えてないよ。ただ好きなだけ。だからこれを伝える気もないし、振り向かせたいなんて持っての他だよ」
「…ふーん」
振り向いてほしいという気持ちはある。できれば付き合いたい、という気持ちだってある。だけど振り向いてもらえるとか、付き合ってもらえるとか、そういう可能性は一切信じられない。だって先生だもの。
「じゃあ、さ」
おもむろに光樹が自分の首の裏をかいた。その動作が意外にも色っぽくてつい見入ってしまった。
「―――俺と付き合ってみねぇ?」
『二話 私、結局モテるんすよ』読んでいただきありがとうございました。
いや~、初めてのギャグ要素。大変ですね~。
ラブコメみたいの読むのは本当に大好きですけど、書くとなると大変だ…笑。
もっともっと勉強して読者の皆様が思わずクスッと笑ってしまう作品を作っていきたいです。
ありがとうございました。次話でもお会いできたら幸いです。
飴甘 海果