君と私という居心地
どさりと、持っているコンビニの袋がアスファルトの上に落ちた。
ふざけて笑う男子高校生、それをただあの時のように何もできず見ている私。
また私は、君を見捨てる。
「取れたら返してやるよ」
何度も男子高校生の間で行き交うデジタルカメラ。かけるくんは、それを取ろうと飛び跳ねて幾度も転んだ。
「返してっ、返してよ」
カメラを手に持っている高校生に近づいてかけるくんはうんと背伸びをした。
「しょうがねえな、ほらよ」
硬い物が地面に叩きつけられる音が聞こえた。かけるくんは慌ててそれを拾いに行く、砂を払い画面が割れていないか確認した。だけれど、また悪魔が君を襲う。せっかく拾ったカメラを、かけるくんは自ら手放した。 高校生等がざわめく。空気が淀むのがわかった。あの時と同じだ。私が助けようとした時には、君は倒れていたのだ。高校生達をよけながら、かけるくんに駆け寄ったけれど、かけるくんは反応せずただ苦しそうに唸りながら体を硬直させていた。
「うわ、あいつよだれたらしてるよ。気持ち悪っ」
ぶくぶくと泡を吹いているかけるくんを見て、奴等は気味が悪いと逃げ出した。
“心のない奴”、きっとあいつらは今日みたいに何処かで人を傷つけているんだ。
そしてその分、人に傷つけられる。自分らだって、同じことを何回もしているくせに自分がやられたら顔を真っ赤にして怒るんだ。嫌だな、よく奴等の気持ちがわかる。
------かけるくんは、しばらくして意識を取り戻した。
倒れた時の記憶は無かったらしい、残ったのは傷付けられたカメラと自分の体のみというわけだ。病室の天井を、かけるくんは細目で眺めるとまるで見慣れたかというように溜息をひとつこぼした。そして自分にかかった布団に置かれたカメラを握り締めると悔しそうに握り締めた。
「あーあ、壊れちゃったな」
画面の砂埃を払うように息を吹きかけて、少し涙目で君は微笑んだ。
私は回転椅子から体を乗り出して、君のカメラを奪った。やれやれ、見事にやられてる。
「私の、あげるよ。これじゃあ使い物にならないでしょ?」
私は、最後までその言葉を言い切ることができなかった。かけるくんが自分のカメラを奪い返したんだ。その時の手は、力強くて、やっぱり男なんだって嫌でもそう思った。
怒った?、心の中でそう聞きながらかけるくんの目を見つめると、かけるくんははっとしたように慌てて、下手に笑った。
「いいんだ、これ僕の宝物だから、これがいいんだ」
私の発言は見事に始めから気まずかった雰囲気をさらに重ぐるしいものへと変えた。
「そっか、大切なもの奪ってごめん」
病院はやけにしんみりしていた。本来病院とはそういうものなのだが、こうなんというかぽかぽかしたお日様がそうさせているのか、鴉の鳴く声がそうさせるのか、両方なのか。
とにかく、私達には静か過ぎた。 チク、タク、チク、タク。病室に置く時計はデジタル式の方がいいと思う。アナログ時計では、針の動く一刻一刻に時間が流れるのを感じてしまって、今の私にはうるさい。長いようで、短い時間の中で、私は君とどう関わっていけば良いのかわからなくなって、引き止めても止まってくれない時間に焦りを感じてしまう。
私は君とくだらない話をし過ぎてしまったのかもしれない。どうでもいい時に思いつくものをそのまま言葉にしてしまうから、今の肝心な時に話すことがなくなって言葉に詰まってしまう。『この病院はもう何度も来ているの?』気になることも、口に出せなくて、かといいそれを、君から聞き出す脳もない。
この終止符を打ってしまった会話を、何とかしてまた始めなければならない気がした。
「かけるくん、ごめん。私、見てた。かけるくんが高校生達にいじめられてたの、全部見てた」
「…いや、いいよ。
しょうがない、人間だから、人間だから自分を守るの当たり前」
何を急いでいたのだろう、何を失いそうだったのだろう。君との関係?君との絆?いや…。かけるくんが、カメラを窓辺に置いて口を開いた。
「好きだよ、ゆうちゃん」
私はもしかしたら、君の気持ちに気づいていながら目をそらし続けていたのかもしれない。
君と私という居心地のいい場所を失うのが怖かったのかもしれない。