友達になろう
ページを捲る指先が悴んで、とうとう捲ることさえ困難になった。
「…寒過ぎる」
本を読むのは諦めようと、自分の隣に本を置いた。ベンチの背もたれに寄っ掛かり空を見上げると、全体を覆った雲から光が差すことはなく、思わずため息をついた。あれから夜が明けたけど、私はあの子が気になってしょうがなく、気づいた頃にはここに座っていた。目の前を電車が走る、その度に前髪が揺れて頬が冷んやりとした。腕時計を見るともうすぐお昼の時間で、きゅーっとお腹と背中が食っついてしまいそうだ。お腹に手を当てるとなんだか寂しくなった。お目当ての人は見当たらない、コンビニで何か買って帰ろう。
もちもちのパンでも買おうかな、ホットドッグでもいいけど。
「さ、帰ろ、帰ろう」
自分に諦めるように言い聞かせ、勢いで無理矢理腰を上げた。
後ろ髪を引かれる思いで歩き出そうと一歩踏み出したその時、目の前をニット帽を被った暖かそうで羨ましい男の子が走って行った。
ねえ、この時なんで人見知りの私は君に声を掛けられたんだろうか。もしその相手が君じゃなかったら、私は声をかけずに通り過ぎていたかもしれない。だとしたら、これが運命ってやつなのかも知れないね。男の子は柵に手を掛け、電車に手を振っている。そのそばに寄って、私は少し大きく声を出した。
「君、電車好きなの?」
私の方を振り向いた男の子は、当たり前だけど驚いた顔をした。それでも、笑ってこくりと頷いてくれたんだ。男の子が被った空色ニット帽の下から、ネットの包帯が見えているのに気づいた。男の子はあの後、気が付いたら家にいて倒れた時の記憶もなかったらしい。私は聞いた後、少し後悔をした。そんなこと聞かれたくないに決まっている、
しかも赤の他人に。私は自分が野次馬の中の一頭になった気がして、手のひらを握った。
私は気を紛らすように、電車について男の子に色々なことを教えてもらった。恥ずかしい話だけれど、私は電車について全くわからない。何線だの各駅云々の話は、正直どうでもよくてただこの自己嫌悪を消し去りたかった。それにしても、お腹減ったな。
「………あ」
私はとっさにお腹を抱えた。
しまった、ついお腹が音を立ててしまった。
男の子はそれを聞き、あははと面白そうに笑っている。
顔が赤くなって行くのが分かった。
だけどこの子はそんなの気にしていなく、ごそごそと手に持った袋を手探りだした。
「これあげようか?」
ぱっと、袋から手渡されたのはコッペパン。
イチゴジャムと書いてある。
私は、そっとコッペパンの端を袋の上から握った。
「…いいの?」
男の子は、首を大きく振った。
「いいよ、まだいっぱいあるから」
そう言われて、袋を見ると確かにまだコッペパンが入っている。
「じゃあ、遠慮なく」
少しかじって口の中に入れると、イチゴジャムとマーガリンが口の中に広がった。
これなら食べたことがあるけど、何故だろう、すごく、甘い。
「美味しいな」
男の子はフェンスに背中を向けて座り、もぐもぐと食べながら笑った。
「うん、ほんとに」
気付けば手に持っていたパンは平らげてしまい、お腹がいっぱいになった。四時を知らせるチャイムが響き、カラスが羽ばたく。
「…いつの間にか晴れてた」
「うん、そうだな」
空には雲ひとつなくなり、夕陽がとっぷりと浸かっていた。
「私、夕焼けが大好きなんだ」
「僕も好きだよ」
夕焼け、寂しいけれど懐かしい気分になれる。
小さい頃に帰ったような、そんな気持ちに。
私達はしばらく夕焼けを眺めた後、もう帰ろうかと腰を持ち上げた。
「ごめんね、いきなり声かけちゃって。
びっくりしたよね」
控えめに顔を見ると、君は大きく縦に首を振った。
「うん!
でも嬉しかったんだ」
君の笑顔がお日様に照らされて、きらきらと輝いて見えた。
だから、君とこのままで終わるのは勿体無くてならなかった。
手を降るのをやめ、待ってと叫ぶ。
私は踏切の向こうにいる君を追いかけて、手を差し出した。
「私たち、お友達になろう」
断られるんじゃないかと少し胸がドキドキした。そしたら、私の手に君の手が重なった。
「うん、なろう」
私達の影が伸びて大きくなる。
「あの、君のお名前なんて言うの?」
「かけるだよ。君は?」
「私は、ゆう。
よろしく」
私は、君の名前を知ることができて嬉しかったけど、少しくすぐったかった。私、思うんだ。君とここで会えたこと笑ったこと、そしてお友達になれたこと。それって、もしかしたら物凄い奇跡なんじゃないかって。