第一話 天国と地獄は一日の間にやってくる
本編開始です。お楽しみいただければ幸いです。
6月29日 パクってない?との指摘がありましたので当該部分を変更いたしました。
元彼女>ストーカーさん です。
まことに失礼いたしました。
自分の感覚で25年前、あの運命の日のことは今でもよく覚えている。
「はい、ありがとうございます!よろしくお願いいたします!」
携帯に向かって思わず叫ぶような返事をしてしまい、街中だったため周りの人にギョッと下目で見られた。
当時の俺は就職ド氷河期真っ只中を大学の修士課程の2年生で迎え、予想していた最悪の遥か斜め上を行く予想以上の大苦戦の末、ついにその日就職の内定を頂いたのである。
ちなみに私学とはいえ、そこそこ有名な大学ですよ?俺の大学………。
コキュートスデスカ………ソウデスカ………。
今も昔もすべて含めた俺の人生の中でも5本の指に入る絶望的な戦いでしたよ、マヂで。
エントリーシート何百枚書いたことか………。
何回2次面接で落とされたことか………、そんなに国公立が偉いのか………。
ハッいかんいかん!過去の怨念が………。
ちなみにその時既に9月。就職活動をしている人間にとって、就活浪人が見えてくる正直やばすぎる時期であった。
ようやく内定が出たことを下手をすると俺よりも気をもんでいたかもしれない実家の両親にすぐ電話で報告し、今度の週末には帰るからと言って携帯を切ってから夕方の買い物客でにぎわうスーパーに入ると、おいしそうに焼けたサンマや秋の味覚の王様である松茸なんかが、一年中空調で管理された店内に秋の香りをこれでもかというくらいに撒き散らしていた。
もちろん貧乏大学院生一人暮らしの俺には、いくら就職が決まったお祝いだって言っても松茸様なんてものは買えませんでしたけどね。
サンマが限界。サンマが最高。サンマ万歳!
ということで6缶セットのビール(発泡酒じゃなくてビール!)とつまみに脂が照りついている焼きサンマを買ってスーパーを出た俺の目に最初に飛び込んできたのは深い橙色に染まる空とひときわ美しい夕日。
しばし呆然とそれを見つめる俺。
何だか温かで、「お前今までホントよく頑張ったじゃん!」って言われてるみたいだった。
その後何故か目から出た汗を拭いて、最高に軽い足取りで大学生活の5年半を過ごしたワンルームの学生マンションの一室である我が家に帰る。
ステップは軽やか。今なら華麗なワルツもどんとこい! って感じ。
そのままのテンションで一段飛ばしにアパートの階段を上がり、見慣れたドアを開け、部屋になだれ込む。
そして早速買ってきた6缶パックのビールのうちの一本を待ちきれずに一気にあおって勝利の美酒をのどに流し込む。
「ぷは~マジでうめぇ。ビールってこんなに美味かったっけ?」
思わず口から独り言が出るほど美味いビールに感動しながら、箸で焼きサンマの身をくすして食べる。
うん、これも美味い!
さてと、先のことは分からないけどとりあえず就職は決まったし、あとは卒論だけだし……。
そう思いビールを飲みながらサンマをあてに、この先の未来に思いをはせていた俺。
あのときの自分にもし伝えられるなら是非とも言ってやりたいことがある。
―――無駄すぎる未来妄想超乙wwwwwwwwwwwww。
まぁ予定は未定だってことだ、まったく。
そうやって未来妄想が、16歳になった愛娘に「パパのあとのお風呂は入りたくない!」って言われて凹みまくるところで、何とか現実に帰還した俺はパソコンの電源を入れた。
俺は現実でこそさえない大学院生だったが、実はとある世界では有名人で英雄だったのだ。
―――MMORPG《New World》
日本国産にして、日本最大のオンラインRPGで舞台は中世ヨーロッパ風のありがちなファンタジー世界。
人間族、エルフ族、ダークエルフ族、ドワーフ族、ワーワイルド(獣人族)などの種族から自分のアバターを選んで育成しやりたいことをやるっていうありがちなネトゲなんだけど、その自由度の高さとかゆいところに手が届くシステムの完成度と運営の決めの細かいサービス体制から”MMORPGの完成型”って言われた超人気タイトルだ。
俺はこの《New World》のサービス開始当初からの超ヘビープレイヤー(いわゆるネトゲ廃人です。)で超有名人だった。
『ぱらけるすす』、それが俺の《New World》での名前。
職業はヒューマンの魔法6職の一角、”アルケミスト”(錬金術師)の最高職 ”ヘルメス・トリスメギストス”
実はこのアルケミストという魔法職は、あまりというかほとんど人気が無い。
なぜかというとそのあまりの使用難度の為である。
高火力と様々な便利な攻撃魔法、壁であり直接火力であるゴーレムの召喚、非戦闘時でのポーション系精製スキルと、
プラス面を見れば万能に近いほかの攻撃型魔法職のいいとこ取りであるのだが………当然マイナス面もすごい。
基本一回あたりの魔法力(MPってやつですね。)消費量が平均で他の魔法職の2倍以上、魔法の発動速度も全魔法職中最低(どのくらい遅いかというと最速のルーンウィスパーが3回魔法唱えてる間にやっと1回くらい)、この欠点はPvPと呼ばれるプレイヤー同士の対人戦闘システムが存在している《New World》ではかなり致命的な弱点であり、さらにさも当たり前であるかのように全種族全職含めて最低のHPと防御力、そのあまりの耐久力の無さについた『アルケミスト=もやし』っていう認識が定着したくらいなのである。(アルケミストをやってるプレイヤーにもやしは禁句、もやしは禁句だ!大事だから2度言った!)
さらにもっと大きな、大きすぎるペナルティが存在した。
各種族に設定されたアルケミストを含む特殊職(例えばヒューマン戦士系特殊職はサムライ)は経験値が他の一般職の倍必要という特殊ペナルティである。
誰得やねん………。
まぁそれでも他の特殊職はそこまでピーキーな性能でもなく普通にパーティを組めるし、
オンリーワンの能力や異常な汎用性(例えばエルフの戦士系特殊職”イグドラジルナイト”は前衛盾職屈指の鉄壁を維持しながら回復魔法職並みの回復魔法他が使える超人気職。
ペナルティーはパーティを守る盾にも拘らず、全戦士系職ワースト3のHPの低さと、全戦士職はおろか一部の魔法職以下の直接攻撃力である。)を見せることから人気職も多かった。
一方アルケミストは確かに万能に近いが、弱点も多く使いにくい上に成長が遅い。
それよりは一部に特化した一般職のほうが………ということでプレイヤー数が極端に少なかった。
しかし中には物好き(マゾともいう)が存在する。
そう、俺の、そして俺の仲間たちのような!
みんなの嫌われ者(パーティとかまじで誘われなかったのよ、ホント。)アルケミストを集めて作った俺のギルド(ギルドっていうのは冒険をする為に集まって作るグループみたいなものです)”十七人の賢者”はその名前の通りアルケミスト17人が集まってできたギルドであり、互助組織であった。
そして俺達は極めた!アルケミストを!
使い勝手の悪さを各人の研究を持ち寄って研鑽しつくし!
世のドMどもが泣きながら負けを認めるほどの過酷過ぎる、まるで先の見えないドン亀のマーチを、仲間達とスクラムを組んで行進し抜いたその先には!
”最強”が待っていた。
いやぁもうね、最終的にはぶっちぎりの全職最強でしたよ。アルケミスト。
その所以となったのがレベル70を過ぎて覚えることができるようになる公式チート、各種反則級魔法の数々である。
最強の範囲攻撃魔法”核熱”、同レベル帯の戦士職や魔法系召喚職の最強召喚獣と互角に渡り合える”サモン・オリハルコンゴーレム”、アルケミストしか作れない各種特殊魔法薬などetcetc………。
正直笑いが止まりませんでしたとも!それ以降は!
まぁあまりの強さにしばらくして各種修正が入ったものの。
その後もその能力は相変わらずずば抜けており、戦争(対人大規模戦闘のことです)のときはうちのギルドを味方につけたほうが勝ちとまで言わしめた。
(実際絶対不敗だったし、戦闘開始直後の核熱×17で敵勢力瀕死、後ゴーレムによる蹂躙他で即終了っていうことも多かったし)
そんなこんなで《New World》の超有名人になった俺は楽しいネトゲゲーマー生活を送っていた。
さすがにド氷河期の就職活動中はほとんど頑張れなかったが、これでこれからは心おきなく”あっち”に”帰れる”と思ってマイパソコンが立ち上がるのを待っていたら、チャイムが鳴った。
誰だろと思って、ドアに向かおうとするとガン!ガン!と何か鉄と鉄がぶつかり合う音がする。
何事だ?と思いまず携帯で警察に電話………と思って110を押した瞬間、部屋のドアが開いた。
そこには確実にやっばい顔で笑ってる、美人に見えなくも無い女。
いや確実に道を歩いてたら、十人中八人振り返るはずの美女なんですが、俺の好みはもっとやさしげで柔らかな感じ。
目の前の女には、それが1ナノグラムも感じられねぇ………。
どっかで見たことあるなぁ………と思ったら就活中とある会社でグループミーティングがあったときに俺にやたら絡んできた女だ!
その後どこで俺の携帯番号調べたんだか(少なくても俺は教えてない。)、うっとおしい程かけてきやがったので即着信拒否。
美人とはいえ、ああいう女には関わりたくないものだ………とか思ってた女が、なんで俺のうちにいるんだよ!
どうやって住所調べたんだよ!ていうかドアはどうやって開けた?
とパニクリまくってる間にどてっぱらに何かすげーいやな感触がしてお腹を見てみると
包丁が生えてて周りがもぅ真っ赤………まじかよおい。
目の前で女がにや~と笑っていた。怖っ!
「あなたが私を無視するのがいけないのよ?」とか「本当は好きだったくせに」とかマジで脳みそがおかしいらしい。
病院いって検査してこい、といつもの俺らしく軽口叩いてやろうとしたらその声が出ない。
代わりに俺から何かが抜け落ちて行く。
急激に寒くなっていく俺の全て。
何か決定的なものが体から抜け落ちていく気がする感覚………。
まじかよ………俺の人生これでゲームオーバーですか?
コレガ、テンゴクカラジゴク、ッテイウンデスネ………。
どすんというフローリングに倒れこむ音とやけにまぶしい蛍光灯の明かり、にも拘らずゆっくり薄暗くなっていく世界。
かすかに残る意識の中に聞こえる、女の気持ち悪い猫撫で声。最悪の子守唄。
これが俺の前世の最後の記憶だ。
後書き
読んで頂いてありがとうございました。
何か気づいた点ございましたらご意見、ご指摘お待ちしております。