第二話 玄関と馬車で大変だった
イアナゴブリンチーフの振り降ろす、うねるように曲がった剣を左に避け、通り抜けざま頚動脈を掻っ切る。
はね切った頚部から鮮血を飛び散らせながら、ゴブリンチーフが倒れこんだ。
その体がアイテムに変わったのを横目に見ながら、俺は次々と襲ってくる上級職業持ちイアナゴブリン達に、ミスリル銀の冷たい刃のプレゼントするべく一歩前に出る。
すばやいステップで奴らの攻撃をすり抜けるようにかわしつつ、一瞬にして奴らの後ろに回り込んだ俺は、イアナゴブリンシャーマンの背後から短剣スキル《ソリッドスタブ》で後ろから心臓を貫く。
《インスタントキル》発動。
反応すら出来ず、口から血をこぼしながら糸が切れた人形の様に崩れ落ちるシャーマン。
こいつ残しておくと何かとうっとおしいんだよな。魔法とか魔法とか魔法とか。
シャーマンの体がアイテムに変わる。
残るは、イアナゴブリンナイトとチーフがもう一体。
ナイトの奇声とともに突き込んで来る剣の一撃が左腕をかする。
痛ってぇ! 左腕に軽度の裂傷。損害軽微。戦闘に影響なし。
だがバカどもは一撃かすったことに気を大きくしたらしい。耳障りな声と共にかさになって攻めてきやがる!
なめんなぁ!
俺の右腕が振るわれるたび、銀色の光跡がゴブリンたちを切り刻み、やがて体中から大量の血を流し、ぐらりと倒れ付すチーフ。
次の瞬間、俺の胸元ぎりぎりに迫るナイトゴブリン捨て身の両手突き。
しかし、甘い。
それを紙一重で体を捻りながらかわし、同時に飛び込んできたナイトの首を鋭い刃でお出迎えしてやる。
次の瞬間、鮮血とともに撥ね切ったナイトの首が兜ごと宙を飛んだ。
後に残ったものはゴブリンどもの血の跡と、アイテムと金だけ。
ふ~。まぁ、こんなもんだろ?
さすがに上級職業持ちイアナゴブリンを、5匹一度に相手にするのはまだしんどいな。
まぁ、現状でもかなりやれるってことがわかって満足だぜ。
ちょっと安全地帯で休憩中のジオですよ~。
今俺はエルトリン魔法学院入学前の最後の狩りに来ている。
今までまともに踏み込んだ事のなかったデフ盆地の奥地で、上級ゴブリンども相手に現状の実力のチェックをしてるわけだ。
装備は既にDグレード最強の軽装備一式+αを揃えてある。
いい機会だし、基本的な装備の説明をしとくか。
《New World》では、装備のカテゴリーは基本武器、防具のみであり、後は能力アップ用のアクセサリーが、首につけるネックレス、両耳のイアリング、両手の指のリング、というように存在する。
まぁ他にもないではないのだが、話がややこしくなるので今はこの辺で。
まず武器について説明すると、その種類は多種多様で、片手剣、両手剣、片手鈍器、両手鈍器、短剣、短弓、長弓。
あと特殊な装備で、二刀流、カタナ、銃ってものが存在する。
さらにそれぞれの中で細かな分類が存在するんだけど、それもまた別の機会って事で。
あと各職業ごとに得意武器があるので、その武器の真価を発揮できるのは、その職業だけって事だ。
(例えば、ヒューマン二次戦士職の『バーサーカー』は、槍と両手鈍器が得意武器である。)
ちなみに今俺が使ってる短剣で、ファンタジーではおなじみのミスリル製のダガーだ。
Dグレード最強の短剣、ミスリルダガー。
これは以前使っていた、Eグレード最強のスチールダガーの約3倍の攻撃力を誇る。
おかげで、レベル20になって装備持ち換えた後の行った狩りの楽な事、楽な事。
それにしてもミスリルってマジですごい。半端じゃなく切れるし手入れもほとんど要らない。
しかもまさに芸術品、という他ないほどの美しさ。
常に月の光を反射して、輝いているように見えるから恐ろしい。
次に防具の話。
装備できるところは、頭、体、腕、足。
大きな装備の種類では、重装備、軽装備、ローブ と種類がある。
ものすごく大雑把に言うと、
重装備は物理攻撃に強く、魔法攻撃に弱い。
さらに、近接戦闘に必要なボーナスが付くものが多い。
逆にローブは、物理攻撃に弱く、魔法攻撃に強い。
さらに、魔法攻撃力や魔法詠唱速度などにボーナスが付くものが多い。
軽装備は、よく言えば弱点がなく、悪く言えば中途半端。
但し、速度に関するものにボーナスがつくものが多い。
例えば今俺が着てるシルバーウルブズレザーメイルは、攻撃速度ボーナス+3%と命中ボーナス+3%、さらに回避率+5%が付いてる超優良装備だ。
あとは弱点を埋めたり、長所を伸ばしたりする為のアクセサリーだが、これはCグレード以降の装備でまだお預け。
ちなみに今俺がつけてる装備。
もろもろ合わせると、5万を超える。
武器のミスリルダガーだけで2万。
さらに魔法用の片手鈍器(この手の杖の事を通称『魔法鈍器』っていう。)、エルダーウッドワンドが18000G。
さらに防具一式(頭、体、腕、足)で、合わせて大体5万だ。
D最強はどれも高いんだ。現状普通の商店で買える最強装備だしな。
閑話休題。
ちなみに俺は一人で、こんな危ない場所にいるわけじゃない。
そんな事はまだ父上も母上も許してくれないからな。
付き添い兼護衛のイナ先生は、いつも通り弓の射程範囲ぎりぎりに隠れてるはずだ。
本当に危ない時しか手を貸してくれないからな、あの人。
基本スパルタだし。
さすがにレベル帯24~30まで存在するデフ盆地奥地でのソロ狩りは、レベル22の俺にはきついが、その分やりがいはあるぜ。
ちなみに今俺がいる場所で狩りをするなら、普通は2、3人のパーティで。
しかもレベルは25以上が普通だ。
こんな事ができるのは、俺が戦士系の力と魔法系の力を併せ持っている事と、そして現時点では破格の装備のおかげ。
さてと、息も整ったし次のやつら行ってみますかね。
エルダーウッドワンドに持ち替えて、目の前に見えるイアナゴブリンジェネラルめがけて、
食らいやがれ《ファイヤーボール》!
杖先に人の体を覆いつくすほどの火球が生まれ、それが俺の意思に従ってジェネラルに炸裂する!
炎に包まれて、一発で崩れ落ちるジェネラル。
それによって俺に気づき、お供ゴブリンどもが俺に殺到する!
さぁて、俺と奴らの戦いはこれから本番だ。
結局あの後、半日頑張った結果、レベルが23に上がったところでキリがよかったので帰ってきた。
それでな!聞いてくれ!今回の狩りではラッキーなことに現物をゲットしたんだよ!
しかも武器!
Dグレード最弱の片手剣、クリムゾンロングソードだったけど、武器の現物は実は初めてで結構うれしいぜ!
(Eグレードの防具なら、ドロップ品だけでもかなり持ってる。)
ちなみに買うとDグレード最弱とはいえ、それでも8,000Gはする代物だからな。
いや~入学前の最後の狩りでいい事あったな~。こりゃ、学院でもいい事あるかもな!
結果は、いいこともたくさん、めんどくさい事もたくさん。
人生なかなかいい事ばっかじゃないな。
◇◆◇◆◇◆◇◆
入学前最後の狩りの数日後、とうとうエルトリン魔法学院に入学する日がやってきた。
「泣かないでよ、4人とも………。前から言ってたでしょ?いかなきゃなんないって………。
それにちゃんと毎週休みの日は帰ってくるし、いざとなれば歩いても1時間で着く場所なんだからさ………。」
俺の目の前には、大泣きしながら俺にすがり付いてくる、かわいい4人の従者達。
正直どうしていいか分からん………、頼むから泣き止んで………、ていうかマリエルどこ~~~~!?
「「だ、だって、ご主人様が3年もいらっしゃらないなんて………」」
アリアとエリアの完璧なユニゾン。さすが双子、すすり泣くタイミングまで一緒とは。
「ご主人しゃま! リューネイイ子にするから! お顔ペロペロ我慢しましゅから! 行かにゃいで欲しいにゃ~!」
リューネはリューネで、俺の服にしがみついて離れない。無意識に爪が立ってて服を貫いてるのか、ちくちく痛い。
「………ヤダ」
シルウィも目に涙を浮かべながら、リューネとは逆側の袖をつかんで、まったく放そうとしない。
ん~、そして何でこの子達をうらやましそうな目で見てるのかな? 俺の母上は!
かわいいですけど! 息子としては複雑なんですよ! もう!
テト! お前もどうしようって、困った顔で小首を傾げてる暇があったら、義妹たちを泣き止ます努力をしろ!
やっべぇ………、これから出発だってのに、既に胃が痛ぇ………。
屋敷のみんなも、農園のみんなもいるのに、微笑ましいものを見るような目でこちらを見るだけで、誰も俺のこと助けてくれやしねぇ………。
シランがいなくてよかった………。あいつの顔筋が笑いをこらえてんのだけは見たくねぇからな………。
あぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~!
「4人ともおいで!」
そう言った俺は、俺の小さな従者達一人一人の手を取って、念話石を渡していった。
「これがあればいつでも暇な時はお話できるから! さびしくないだろ?
いい子にしてたら、帰ってきたときちゃんと遊んであげるから、ね?」
「「そんなものがあるんですか?」」「どういうことにゃ?」「これで、お話?」
「使い方はじぃかイナ先生に聞いてくれ。
あといつでもお話できるわけじゃないから、そこはゴメンな」
じゃあ、と一人づつハグをして(みんなビックリしたのか、急に泣き止んだよ)、玄関を出ようとすると、
「ジオちゃん!」の一声で呼び止められてしまった。
振り返ってみてみると、腰に両手を当てて「プンプン!」って感じの我が母。
え~と、母上もですか? ソウデスカ………。
ようやく、玄関から脱出した俺が、表に出てみると二頭立ての立派な馬車が一台と、幌付きの荷馬車が一台、俺が出てくるのを待っていてくれた。
御者さんに軽く会釈をして、馬車の扉を開けると、そこには………。
「マリエル!?」
「あは! 驚いてくださいましたね、若様!
本日は私も学院のほうまで、お供させていただきます。
旦那様は、既に学院のほうへ。何でも学院長先生にお話がおありになるそうでございます。
………先に馬車にお邪魔していて、申し訳ありませんでした。
ちょっとイタズラしてみたくて」
そういって小さく舌を出すマリエル。
ちょ、ちょっと………。
うぉおおおおおおおおお! 耐えろ! 耐えるんだ俺!!
何ですかああああああああ、このかわいすぎる人は!
この状況(馬車の中で、「テヘ」って感じのマリエルと、二人きり)で、小半時俺に耐えろと!
なんてミッションインポッシブル!
そうだ! 素数を数えるといいって、昔イカレタ神父さんが言ってた!
2、3、5、7.11.13、17………。
くっそ~~~~~何の意味もねぇ~~~~~~~~~~!(この間約5秒。)
「若様? どうされました? もしかしてお怒りになりましたか?」
マリエルが冷や汗を流している俺の斜め下から覗き込むように尋ねてきた。不安そうな顔で。
間近に見える彼女の花の顔。
ブンブン顔と手を横に振りまわす俺。
動き出した馬車のゆれを感じながら、俺が思った事はただ一つ。
だ、誰かこの幸せ地獄をどうにかして………。
◇◆◇◆◇◆◇◆
よし、大丈夫だ、心臓は、口から、出ていない。
ドキドキしすぎて、心停止するかと思った………。
馬車に揺られる事およそ30分ほど、エルトリン魔法学院に到着した。
大理石で出来た石壁に囲まれた、荘厳なゴシック風建築で築かれた魔法職の為の学校だ。
ま~何度か狩りのついでに見に来た事はあったが、相変わらず無駄にでかいよな。
鋼鉄製の大きな扉が開け放たれた門をくぐり、ここから俺の3年間の冒険者”見習い”生活が始まる。
………とっくの昔にデビューしてるんだけどね?
お読みいただきましてありがとうございます。
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