第一話 今日も朝から大変だった
夢と現の境で、今俺は何かに顔を舐められてる。
おかしい、どうにもおかしい。
確かに犬のシロにこうやって顔を舐められて、起こされた事もあったけど………。
うちのシロは俺が14歳、中2の夏に老衰で死んだはずだ。
あん時は珍しく兄貴と一緒に泣いたっけなぁ………。
あ~遠い昔の思い出だわ。
それ以来俺の家では、ペットの類は飼ってない。
にも関わらず、何に、俺は顔舐められてんの?
それに体が動かないのは何でだ?金縛りか?いや、単純に何か俺の上に乗ってる?
そこまで頭が回った瞬間、急激に意識が覚醒して俺が目を開くと。
俺の目の前にリューネの茶色の大きなおめめがあったよ。
「うにゃ?」
「リューネェエエエエエエエエエエエエ!」
いや、恥ずかしい姿を見せた。
2年ぶりかな?この挨拶も。12歳になったジオだぜ。
まぁ誤解のないように、さっきの状況を説明しておくと、
『朝、マリエルに言われて俺を起こしに来たリューネが、俺の顔を見てる間に「ご主人しゃまのお顔をペロペロしたくなったにゃ~」って事で俺の上にマウントして、俺が起きるまで俺の顔を舐めていた』
そういうことだ。まぁ残念ながらいつもの事だ。
まったく何度注意してもリューネのコレは直らんな。
「ごめんなさいにゃ、ご主人しゃま………。リューネ馬鹿だから、どうしてもご主人しゃまのお顔見てたら我慢できにゃくて………」
まぁいつものこの台詞で謝った後、耳としっぽがへたり込んで『しょぼ~ん』っていう擬音まで見える気がするリューネを叱り続けるのは俺にはどうしても難しい。
何でだと?決まってるだろ?
かわいいんだよ!俺の従者は!
リアルネコ耳メイド服のお馬鹿でかわいい従者相手に、いつまでも難しい顔で怒ってられるのか?
ハッキリ言ってやる!俺には無理だ!
あとリューネはまだ9歳なんだよ!
………正直、いくつになっても直らないとは思うんだけどな。だってリューネだし。
そんなことを考えながら叱られて落ち込んだリューネを、膝の上に乗せて頭を撫でていると、ドアがノックされた。
「はい、誰?」
「アリアです、ご主人様。エリアとシルウィもおります。マリエル姉様からご主人様のご様子を見てきてくれと」
「あ~3人とも入っておいで」
あ~さすがマリエル。今の状況、織り込み済みなのね。
そしてこの後起こるであろう一連の流れに、朝から胃が痛くなりそうだ。
「失礼致します。あ!リューネ、あなたまたやったのね!」
そう言ってからドアを開け、先頭で入ってきたのがアリア。
一目で状況を理解したらしい、さすがマリエルの一番弟子だな。
燃えるような赤毛を、右のサイドテールにした彼女は、今では立派な美少女メイド見習いさんだ。
「リューネ!姉様に言いつけますからね!」
これはアリアの双子の妹のエリア。
あの時病気で死にそうだった彼女も、今では元気一杯で俺たちと一緒に暮らしている。
エリアは双子だから当然アリアと瓜二つだが、見分けやすいようにサイドテールが左になっている。
俺はさすがに2年も一緒にいるので、そんなもん無くても一目で見分けがつくんだけどな。
「リューネだけずるい。私もお膝で頭ナデナデ………」
そういいながら最後に入ってきたのがダークエルフのシルウィだ。
ダークエルフ族の特徴である、とがった長い耳に闇色の肌をした美少女で、美しい銀色の髪がその美しさをさらに引き立てている。
初めて会った時から感情表現が上手にできないクールな感じの子であったが、今では俺たちによく懐いてくれるようになった。
実はリューネと並ぶぐらいの甘えん坊さんでもある。
ただあんまり表面に感情が出ないので、彼女の喜怒哀楽の機微が分かるのはうちの人間くらいだろうが。
そんな事を俺が考えている間に、彼女達四人姉妹の口論が始まった。
リューネは何度言ってもご主人様のお顔を舐める癖が直らない、とか。
すぐ自分だけご主人様にかわいがってもらってズルイ、とか。
リューネだけズルイ、私もご主人様のお顔舐めたら、お膝で頭ナデナデしてもらえる?とか。
それならアリアもお顔舐める! とか、エリアも! とか、じゃあリューネはもっとペロペロするにゃ~! とか じゃあ私もペロペロ。とか。
俺はその光景を見ながら、何で朝から美少女従者4人に、自分の顔舐めプレイなんていうマニアック極まるプレイの算段を、目の前でされなくちゃならんのか、と、全力で脱力してしまっていた。
はぁ、でもまぁ、もうすぐかな?
そう俺が思っていると、かすかな足音が聞こえた。
「若様失礼致します」
鈴が鳴るような声がして、彼女たちの『姉様』が入ってきた。
その声にリューネの耳としっぽがぴくんと伸び、そしてうなだれた後、4人の動きがまるで彫刻にでも変えられたかのように固まった。
次の瞬間俺の部屋の入り口には、メイド服に身を包んだ黒髪の可憐な美少女が立っていた。
マリエルだ。
この2年でマリエルはまた一段とキレイになった。
マジで前の人生では絶対にお近づきになれなかったような、国民的アイドル以上の美少女に
彼女は成長していたのだから。
この2年で体つきも間違いなく女の子から女の人に変わりつつあるし、もう俺は毎日ドギマギしっぱなしですヨ。
そして何より変わったことが――――。
「アリア!エリア!シルウィ!リューネ!
朝からなんてはしたない事を大きな声で話しているのです!
そもそもあなた達に私はなんと言いました?
若様を起こしてきてください、といったはずですよ!」
マリエルはあの日俺がお願いしたとおり、これ以上ないほどの彼女達の『お姉さん』になってくれたのだ。
………但し怒ると超コワイ。
そしてその矛先は俺にもーーー。
「若様も黙ってご覧になっておられないで、少しはこの子達を叱ってくださいませ!」
ハイ!マリエルさん!
まぁ最近の俺の朝は、おおむねこんな感じ。
大変だけど案外俺はにぎやかで悪くないと思ってるのは、マリエルには内緒なんだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そうだな、この2年間なにがあったか少し話しておかないとな。
まず俺が部屋に閉じこもった日の翌日。
俺は改めて全員を集めて、彼ら彼女らの首にしてあった『従属の首輪』をはずした。
前にも言ったけど俺は働き手が欲しかっただけで、奴隷が欲しかったんじゃないからな。
無理やり言うこときかすってのは、あんまり趣味じゃない。
そして、それを見届けてから、シランはニヤニヤしながら帰っていった。
………いつか見てろ、あの妖怪野郎め。
その後農園をみんなで作り始めたり、初めは従者候補の5人だけとも思ったけど、結局全員に勉強を教えたりして、しばらくゆっくりと過ごした。
その間に少しずつだけど、俺に対して警戒心の強かったリューネと、人形のようだったシルウィの心もほぐれてきたみたいで、半年を過ぎる頃には俺に懐いてくれるようになったよ。
これはうれしかった。涙が出そうだった。
もちろんこれは俺だけの手柄だけではなくて、マリエルを筆頭にうちの人間全てが頑張った成果だ。
その後少しづつ訓練を始めた5人を家の者たちに任せて、俺はデフ盆地中層で、下級職業持ちイアナゴブリンたちを倒しまくって、レベルをさっさと20まで上げた。
これで転職クエストさえ済ませばいつでも転職が可能になるのだが、今回さっさとレベルを20にしたのはまったく別の狙いがあったからだ。
いや~だって金が欲しくってさ~。
―――Dグレードポーション作成スキルの解放。
これによってDグレードのポーションレシピが全てスキルにより作成可能になり、俺の金儲けの幅がさらに広がった。
何といっても『高級ポーション』の存在は大きい。
この『高級ポーション』は使うだけならグレードを問わず、《New World》ゲーム内で、NPCの運営する店に売っているポーションでは最高の回復力を誇るのだから。
一個100Gするのだが、それなりの近接戦士職なら一度に50個持っているのが当たり前、とかいう代物であった。
これの大量生産が可能になった俺は、さっそくブエロのおっさんに交渉。
一個70Gの利益配分で、大量に受注を受ける事に成功した。
そして数ヵ月後には、俺の貯金が10万Gを越えていた事はいうまでもないだろう。
これによって出来る事が格段に増えた俺は、まずシランに頼んでいくつか特殊なアイテムを探してもらう事にした。所詮世の中95%は金である。
一つは『変身マント』。
これは見た目だけではあるが、他の種族や性別に見せかける事ができるというアイテムだ。
これがあればエルトリンシティ経由で、今まで行けなかったいろんな狩場に進出できる。
さすがに子供のままの姿で、ワトリア以外の街をうろうろするのは目立ちすぎる。
ワトリアなら父上の目が行き届いているから、大丈夫だけどな。
次に様々な金属。
オリハルコンやミスリルといった、ファンタジー世界でメジャーな魔法金属ではなくて、金や銀、さらにはマグネシウムなど様々な金属をだ。
まだ先の話にはなるが、いろいろ試してみたい事があるんだ。
最後に今後必要になるであろう、薬草の苗や秘薬と呼ばれるものの材料などだな。
特に硫黄に関しては、安定的に安価で仕入れるルートを構築するように頼んである。
ん?なんで硫黄かって?まだ秘密。楽しみにしててくれ。
さらに3万Gほどシランに渡し、『奴隷市場』で俺やシランの手足となるものを、とりあえず50人ほど買ってもらった。
もちろんうちの子達と同じ契約書を交わして、首輪ははずしてあるよ?
今彼らはシランの元で、秘かに教育を受けているところだ。
計算とか、料理とか、接客とか他にもいろいろな。
ちなみにシランの『主人』は、この大量購入に大喜びで、わざわざ感謝状をシラン経由で贈ってきたほど。
俺はそれに対して『あなたのようなデキル経営者は、雑事をすべてシランさんに任せてのんびりなさっては?』とお返事を送ってやったら、
その後シランから念話で、『仕事がやりやすくなりました。ありがとうございます。』とのお礼があった。
まぁ野郎には、余計なお世話みたいなモンだっただろうけど。
まぁ他にも頼んである事はいろいろあるんだけど、大きなところではこれくらいかな。
そうして様々な実験と、農園作り、俺のかわいい従者たちの勉強や訓練の相手をしてる間に2年が経ったってとこだな。
そして俺はあと半年で、エルトリン魔法学院へ入学しなくちゃならない。
冒険者への第一歩、普通ならだけど。
まぁできるだけ目立たない地味な学生でも目指しますかね!
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