第十話 風呂敷は広げる為にある
改めて名乗ろう。
俺の名前はジオ・パラケルスス・ラ・テオフラストゥスだ。
………我ながら柄じゃないよなぁ。
テトとの話の後、俺はすぐにシランさんのところへ向かった。
俺は英雄なんかになるつもりは無い。
人の為に生きるつもりも無い。
むしろ俺の生き方は他の多くの人間を不幸にするかもしれない。
だったらそんな俺が巻き込む人間達には少しでも幸せを感じてもらいたい。
自己満足でいい。俺に出来る事をする。これだけだ。
それにさっきから頭の中のスイッチが切り替わっているのが分かる。
頭がキレッキレになっていて、今ならどんな難問でもたやすく答えられる気がする。
だから俺の望みをかなえる為の最善の方法を構築するのも簡単だった。
「シラン。」
入り口近くの応接室の前でじぃと話しているシランさんを発見。
どうやらお金を渡していたらしい。
「シラン、話が。そこの部屋で。じぃは悪いけどここに。
誰も入ってこないように見てて。」
そこまで言い切ってシランさんを連れて部屋に入る。
シランを促して目の前の椅子に座ってもらう。
本来客である俺のすることではないんだろうけど、そこは許してもらおう。
シランはまず深々と頭を下げてから俺の目の前の席に着いた。
「まず本日は多数の奴隷のお買い上げ誠にありがとうございます。
それで、お誘いいただくのは大変光栄なのですが、執事様にもお聞かれになりたくない話がおありなのですか?」
さすが鋭い。だが今の俺にはそれぐらいのほうがやりやすい。
「えっとね、シラン。僕ね、っと。
………いやもうあなたにはただの子供のふりも意味が無いですね。
改めて名乗ります。
俺の名前はジオ・パラケルスス・ラ・テオフラストゥス。
ワトリアの街の魔法ギルド『導きの英知』のギルドマスター、
フィリップ・パラケルスス・ラ・テオフラストゥスの息子です。
今回この『奴隷市場』にやってきたのは先ほどもお話した通り、近い将来冒険者として立つつもりの自分を支えてくれる仲間候補を見つけて自分の手で育て上げる為です。
他にも俺は父と同じアルケミストを目指していますので、この後自分の為に作る薬草や植物の管理を任せる事ができる人材もここに探しに来ました。
ここまではよろしいですか?」
俺は自らの素性とここに来た目的を一気に告げてから目の前の鋭敏すぎる男の顔を見る。
男の顔に浮かんでいるのは、先ほどまでとほとんど変わらない笑顔。
だが決定的に違うのはその眼だ。
才能や力、野心を持つ人間特有のそれがギラギラと輝いている。
髪と同じ色素の薄い茶色の眼だ。
俺がそうやって彼のことを伺っていると、ようやくシランさんは口を開いた。
「丁寧な名乗りを私などに、しかも何度も本当にありがとうございます。
光栄の極みにございます。
私も改めて名乗らさせてくださいませ、ジオ様。
私の名前はシラン。シラン・モーフィングでございます。
主人よりこの『奴隷市場』、僕の館の管理を任せられております。
お話の前にまずはエリアの病の事、さらには私どもの奴隷への数々のお気遣い、このシラン心より感謝いたします。
実は私、あなた様の事は以前から存じてあげておりました、ジオ様。
仕事柄様々な情報に触れる機会が多いものですから。
ワトリアには変わった子供がいると。
ワトリアのテオフラストゥス様の息子様は大変変わった方で、魔法職の家系にも拘らず戦士職の訓練を積んでいる変わり者、いや見る目の無いものはオチコボレなどと呼んでいましたが。
奴らには見る目がないにも程がありますな。
ヒューマンの子供とドラゴンの子供を間違えるようなものだ。」
そこで一旦言葉を切るシラン。
俺は沈黙を続ける事で彼の言葉の続きを促す。
「まったくもってあなた様には驚かされました。
こんなに驚かされたのは私も生まれて初めてです。
あなたの奴隷達への態度も、
年端のいかない奴隷を買い取って一から自分で育てるという発想も、
私にとっては空から山が落ちてくるのではないかと思わせる出来事ですのに、そのあとも出し惜しみをなさらず、よくもまぁあれだけの非常識の大盤振る舞い(バーゲンセール)を我らに見せてくださったものです。
不敬な言い方をお許しいただけますか?
まったくあなた様は底が知れない。
でも私にはそこがたまらなく楽しい、………失礼を。言い過ぎましたね。
しかし、今からさらに私を驚かせる話をするおつもりで私をお誘いになったのでしょう?」
なるほど、表面上は平静を装ってはいたが、内心はそこまででもなかったようだ。
つまり似たもの同士、同族嫌悪ってやつなのか? まったく笑えないけどな。
そして思っていた通り、異常なまでに切れる。
選択肢は二つ。味方にするか、………殺すかしかない。
シランは俺が話し出すのを、楽しさを抑えきれない眼で待っている。
いいだろう、後悔先に立たず。後悔は後でゆっくりすることにしよう。
「シラン、先ほどまであなたにお聞きしようと思っていたのはあなた自身のお値段でした。
いくらか聞かないと俺がこの後いくら稼げばいいのか分かりませんでしたしね。
ですが、今俺が伺いたいのは別の事です。」
シランが俺の言葉にわずかに苦笑する。どうせそれすら『フリ』だろうがな。
「はぁ、私が何か粗相を致しましたでしょうか?
いえ、失礼。とてもしていないとは申せませんね。
いやはや、私も嫌われてしまったようです。自業自得ですね。
それでは、ジオ様は私の値段ではなく、いったい何をお聞きになりたいのですか?」
刀の切っ先のように目を細めて俺を見るシランさん。
俺は間髪いれずに話を切り出す。
ここで大事なのは、この男に本当の意味で俺を認めさせることだ。
「まずはあなたのご主人について。
率直に伺います。あなたほどの人がその忠誠を、いや才気を捧げるに値する人ですか?」
彼の顔に驚きが広がり、苦笑がさらに大きくなる。
この男、顔の表情筋まで器用らしい、まったく妖怪だとしか思えない。
「そうですな、そう悪い方でもない。
………そう申し上げておきましょうか。一応私も奴隷の端くれですから。」
やはりか。ということはこの店で感じたものの多くは、この男の力によるものだと断定できる。
話を持ちかける相手を俺は間違ってはいなかったらしい。ならば話は早い。
「では教えてください。
あなた自身を含めたこの『奴隷市場』そのもの全てを買い取るのに、いったいいくらくらいかかります?」
◇◆◇◆◇◆◇◆
部屋を沈黙が支配した。
俺の目の前に座る男の顔にもさすがにもう笑顔がない。
白い仮面をかぶったかのようだ。
それほど長い時間ではなかったのだろうが、俺たちが感じていた時間の流れは1時間ほどにも感じられた。
やがて沈黙に飽きたように、呼吸を止めた人間が空気を欲するようにお互いが一息ついた後、目の前の男は振り絞るように声を出した。
「さすがにここまでとは………。
まだまだあなた様への見積もりが甘かった事を謝罪いたします。
ですが何をお考えになっています?なぜ、この場所ごと必要なのですか?
どう考えてもあなたには不要な荷物であると思いますが?」
とんでもない。メリットのほうがでかいよ。
「俺が将来冒険者として立とうとしている事は先ほどお話したとおりです。
ですが個人の実力だけで摑める物等、俺がどれだけ強くなってもたいした事はありません。
また、戦闘に優れたものを多く集めても、その力で行ける場所も高々知れています。
………まぁ俺もここに今日来るまでは、それでいいと、思っていたんですが。
今日、しかもさっき気づいた事なんですが。
俺はどうやら自分で思っていたよりも遥かに我儘なようでして。
俺に関わった人間には、俺の我儘で可能な限り幸せになって欲しいようなのですよ。」
また部屋に沈黙が落ちる。
だが今度沈黙の帳を破ったのは、苦しい声ではなく外まで、いやこの商館中に響き渡るような笑い声だった。
その声にさすがに驚いたのだろう。
じぃと先生が部屋に飛び込んできて、俺の前に立ちふさがってくれた。
俺は苦笑しながら、血相を変えているその二人のズボンをつかんでこっちに向いてもらい、「大丈夫だから。」と告げてもう一度部屋の外に出てもらう。
しぶしぶながら出て行ってくれる二人。後で説明が大変かもな。
まぁ仕方ない。まだ内緒話は終わっていないからな。
やがて笑いの波が収まったのか、理性が復活したのか、目の前の男はもう先ほどまでと同じ笑顔を顔に浮かべ直していた。
「貴族様のお話の途中で笑い出すなど………。我ながら不敬の極みでございますな。
お詫びになりますかどうか分かりませんが、お望みならいつでもジオ様にこの首差し上げましょう。」
「首から上だけなら要りません。
そんなオブジェを飾って喜ぶ趣味はありませんので。
首から下も一緒に、しかもきちんと動く状態なら歓迎しますよ。
さてと。
笑えないブラックジョークはさておき、話の続きをしましょうか。」
俺の辛辣な返しに苦笑を浮かべるシランさん。
あんた絶対内心楽しんでるだろ!
あ~もう厄介すぎるこの人、マジで。
俺も内心(俺のは動揺)を顔に出さないようにしながら話を仕切りなおす。
「あなたは先ほど不要な荷物といいましたが、とんでもない。
そもそも人を差配する力というのは古今東西、それだけで大きな力です。
冒険者としての俺は優先的に自分に従ってくれる将来有望な従者達を安定的に確保できる。
これだけでも十分なメリットです。
その上、経済的な効果も見逃せません。
この『奴隷市場』を俺の方針できちんと運営できるなら、投資する資金の額がいくらにせよ容易く回収できる範囲のはずですしね。
そして何よりこの『奴隷市場』を押さえる事はこのエルトリンシティの歓楽街を押さえることに等しい。
この歓楽街のお姉さんたちはここの出身者がほとんどなのでしょう?
そこに集まる膨大かつ有益な情報………。
情報を制するものは全てを制す、ですよ?
これでも本当に俺にとって不要な荷物といいますか?
もし俺の身分や父や母の立場を考えてくれているなら代表者を別の人間にすればいいんですよ。
信用が出来て、頭が切れる………、そう、あなたのような。」
シランさんはその薄い茶色の眼を見開いて、苦笑しながら言ってきた。
「参りました………、ジオ様はまるで底のないビックリ箱のようだ。
分かりました、私の負けです。
………首の代わりに私の人生を差し上げましょう。お好きなようにお使いください。」
人のことをビックリ箱扱いか。
それについて人のことを言える人間かよ、あんたが。
それはこっちの台詞だ、熨斗つけて返してやると言いたかったが今度にする事にする。
ふ~と息を吐き出す俺。
さすがにこんな交渉ごとは、昔も今も初めてだ。
かなり疲れたが、もう一押ししておかなくちゃな。
あとひとふんばりだ。
目の前の彼を最もひきつける物、それを提示して初めて彼を本当の意味で自分の味方にできる。
「これも商売ですね、あなたにとっては。
ではあなたの人生と引き換えに、俺はあなたにあなたが退屈しない人生を差し上げる努力をしますよ。」
俺がそう言うとシランの顔が破顔した。先ほどの大笑いが無ければもう一度同じようになっていただろう。
顔に苦笑を浮かべながらシランさん、いやシランが立ち上がり俺の椅子の側で跪いた。
「契約成立です。私の全てはあなたの望みとともにーーーー。」
これが俺が俺の我儘をかなえる為に必要な最高の仲間を手に入れた時の一部始終だ。
この時の俺から一言だけ。
………疲れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そこから話したことはそう多くない。
まず、じぃと先生に部屋に入ってもらい、今回買った奴隷達の移動をどうするかについて相談し、こちらの準備を整える間とエリアの体の回復のことを考えて、一月後護衛を雇って彼らをワトリアに移動させること。
先ほどまでの奴隷とは別にテトという少年ももらって行くこと。
シランに5000Gほどの金を預けて、あと一月の間、俺の買った奴隷達の面倒やあとはいくつか買っておいて欲しいものがあるのでそのために使ってくれと頼んだこと。
、
あとは、じぃたちにばれないように『念話石』をこっそりシランに渡したことぐらいだ。
その後、俺は9人分の契約書にサインをして『奴隷市場』を出た。
外はもう昼の白と青から、夕日の濃い橙と薄闇にその色を変えていた。
外の空気がやたら気持ちよかった。
今の夕日のきれいさは、あの日見た夕日に負けないものだと思った。
まったく我ながら大きな風呂敷を広げたものだ。
ただ、もう止まるつもりも無いけどな。
あとは今日死なないようにしないとな、と心の中で苦笑しながら父上の待っているであろう宿へと歩き出した。
いかがだったでしょうか?
キツネとタヌキの化かしあいをお送りしました。
次は厳密に言うとエルトリンシティ編だけど舞台はワトリアです。
それが終わったら学院編に突入します。
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