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平安異文禄  作者: 凪葉音
8/9

鵺―四夜

晴明とトノサが大文字山の入り口に到着した。

鵺の気配は一切しない。

「行きましょう」

『そうだね』

トノサは晴明の腕から飛び降りると、少し体を大きくさせた。

さく、さく、

落ち葉が敷き詰められた山道を、二人は黙々と歩く。

鵺の気配を感じるまで。

さく、さく、さく、

『ここまで来ても気配は無いねぇ』

「ええ・・・ですが、この先に、道が開けた場所があります。そこまで行きましょう」

『分かったよ』

二人は枝を避け、山道特有の急な段差などをいとも簡単に登り、落ち葉を踏み、道なりに進んだ。

辺りには、自分達の足音と息遣いしか音は無い。

もちろん、鵺の気配もしなかった。


もう何刻歩いているのだろう。


そんな諦めを滲ませた言葉が頭を過ぎり、晴明は自らを叱咤した。

隣を歩くトノサも同じであった。


こんなに道が入り組んでいただろうか。


二度目の叱咤を繰り返し、晴明は進んだ。

「この先です」

『近いのかい?』

「ええ」

ざぁ、と二人の間を風が通り過ぎた。

目の前にある枝を、晴明は腕で押し上げた。

急に目の前が開ける。

晴明とトノサは頷き合うと、広場の土を踏もうとした。

その瞬間。

オォ、オォ、オォ、

「鵺!」

広場の空気が変貌した。

晴明は警戒し、符を何枚か袖口から取り出した。

オォ、オォ、

啼き声が、だんだんと迫る。

どん、と地面が揺れた。

オォ、オォ、オォ、

ごう、と風が吹き荒れ、ついに鵺がその巨体を現した。





その頃晴明邸では、博雅が蝶の手当てを再開していた。

脇腹を覆っている布を取り払ってみると、まだ血が滲んでいる。

「・・・」

博雅は酒をしみこませた布を、脇腹に強く当てた。

「う・・・う、ぐ・・・」

痛みに呻く蝶に、すまぬ、と呟き、何度か消毒を繰り返した。

そして、化膿止めの薬草を軽く揉み、傷口に当て、もう一度元のように布を巻く。

博雅は、頼りない蝶の体をそっと褥に横たえた。

「このような細い体で・・・鵺と・・・」

しばらくして、規則的な呼吸が聞こえてきた。

博雅は、蝶を心配そうに見つめ、体の向きを大文字山の方向へと向ける。

「晴明、猫又殿・・・どうか無事であってくれ・・・」

博雅は下唇を噛み締め、懇願するように呟いた。




広場では、鵺と晴明たちが対峙していた。

『私にあの忌々しい矢を放ったのは誰だ・・・』

地の底を引き裂くような低い声で、鵺は唸った。

その声に臆することなく、晴明は答える。

「その人間ならば、あなた様が追い詰めたのでございましょう」

『ぬぅ・・・そうであったか・・・』

晴明は、符をしまった。

『何だい、攻撃しないのかい?』

トノサがそっと耳打ちする。

「しません」

晴明はきっぱりと言ってのけた。

『私の胴に、あの矢が刺さってからの記憶が一切無いのだ』

ぐぅ、と鵺が唸る。


やはり・・・。


晴明は今度こそ確信した。「あなた様の胴に刺さった矢は、間違った呪をかけられた破魔矢だったのです」

『何だと!』

鵺の尾の蛇が鎌首を持ち上げ、赤い目を光らせた。

『ならば・・・その矢は何処へ行ったのだ・・・』

「私の式が抜きました」

『何と!』

トノサは元の大きさに戻り、ゆっくりと晴明の足元に座り込んだ。

「ですが、その矢を抜く際に、あなた様と一戦交え負傷して帰ってまいりました」

『何!?』

鵺は、ぐお、と風を起こす勢いで真意を確かめようとする。

『本当だよ。今は邸で手当てを受けて寝ているよ』

トノサの言葉に鵺は低く呟いた。

『私ともあろうものが・・・何ということを』

鵺は晴明を真っ直ぐと見つめて言う。

『すまなかった。いくら矢のせいとは言え、お主の式を傷つけてしまうとは・・・』

「いえ・・・大事には至りませぬ」

晴明は、長き年月を生き抜いてきた大妖怪に、深く頭を下げた。

本来、鵺は人を襲ったりなどしない。

ただただ齢を重ね、京を見渡す大きな存在であるのだ。

大文字山に住まう鹿たちと戯れ、滝を見上げ、空を仰ぐ。

それが、鵺の姿である。

「それでは・・・あなた様の体に纏わりついた呪を祓わせていただきます」

『おお・・・そなたは』

「申し遅れました。私は安倍晴明、陰陽師にございます」

ざわ、と広場に風が踊る。

『安倍晴明よ、そなたの式に謝罪を頼みたい』

「いえ、我が式も分かっております。ご安心下さりませ」

そう言うと、晴明は矢の刺さっていた場所を中心に穢れを祓った。

『おお、体が軽くなった・・・感謝するぞ、安倍晴明』

晴明はもう一度深く頭を下げた。





がたり、がたり、と月明かりの道を牛のない牛車が進んでいる。

中に乗っているのは、晴明とトノサ。

トノサは疲れからか、彼の膝の上で眠っている。

がたり、がたり、がたり、

「・・・・・」

がたり、がたり、

晴明も、牛車に揺られ、いつしかうとうとしていた。


ただ一頭、残された鵺。

この先も長きに渡り、京を見守る。


「今宵は月見酒、とでもいきますか」

晴明の言葉は、月夜に溶けた。

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