鵺―一夜
オォ、オォ、
「鵺じゃ!鵺じゃ!」
地の底から這い上がってくるような咆哮に、藤原邸で開かれていた宴は、一瞬にしてその空気を失った。
オォ、オォ、オォ、
「鵺に間違いなかろうぞ!」
「誰そ!誰そ陰陽師を呼べ!」
「早う!早う!」
もう宴の空気などそこには無い。
そこにあるのは、妖しに怯え叫ぶ声と、邸から逃げ出す者達の足音であった。
オォ、オォ、
オォ、オォ、
「うわあぁああ!」
「わあぁあああ!」
藤原邸に集まっていた何十人という公達が、それぞれの牛車で逃げ出した。
その中で一人、残った者がいた。
「み、源博雅よ・・・お主は逃げぬのか」
腰が抜け、立てなくなった道長に、博雅は静かに言った。
「明日、晴明にこのことを私めが伝えましょう。あの者なら鵺に怯えることもありませぬ」
「そうじゃ・・・そうじゃ、晴明がおったな、晴明が・・・」
「確かに伝えまするゆえ。私めは、これにて暇をさせて頂きとうございます」
「うむ、うむ。早う晴明に伝えよ」
「必ず」
博雅は、道長に礼をすると、愛刀「月影丸」を腰に挿し、藤原邸を後にした。
月影丸の柄にかけた彼の手は、心なしか震えている。
オォ、オォ、オォ、
鵺に京が恐れおののく夜となった。
所変わって、こちらは晴明邸。
オォ、オォ、
「おや、鵺が啼く夜、ですか」
『でもまぁ、いい気分とは言えないねぇ』
「鵺が啼く夜は、人が死にまする」
オォ、オォ、オォ、
どんなに鵺が啼こうと、こちらの三人は落ち着いていた。
いや、それが当たり前なのだ。
常に小鬼たちは邸を走り回っているし、猫又だっている。
故に、鵺が啼こうとも、あまり驚きはしないのだった。
この後、壮絶な日が来るとも知らず・・・。
まずは簡単な前振りだけです。鵺は、これまでの妖怪達とは違い、かなり長くなる予定でいます。鵺と陰陽師たちの戦い、どうぞお待ちください。
凪 葉音 拝