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平安異文禄  作者: 凪葉音
3/9

女郎蜘蛛

羅生門の近くの河原。

「何とむごい・・・」

「何と言うことだ・・・」

「これはひどい・・・」

人々が囁き合う視線の先には、無残な姿となった男の屍が転がっていた。

その人々の輪の中から、するりと一人の少年が抜け出した。

「・・・・・・蜘蛛、か」

蝶であった。



いつものように、土御門の屋敷の門をくぐる。

が、今日は先客が居た。

「おや、蝶。どうでしたか?」

「おお、間近で見れば見るほど美しき式よ」

道満だった。

「お久しゅうございます、道満様。今、お酒をお出しします」

「おう、それは助かる。以前にもらった酒は実に美味かった」

ひゅ、と風を切り、蝶は新しく入った酒を主とその客に差し出した。

道満は手酌を好む。

蝶はそれを知っていたので、まずは晴明の杯に酒を注ぐ。

「ふむ・・・この酒も悪くないな。市か?」

「そうでございます」

案の定、道満はさっさと手酌で酒を飲み始めていた。

「それで?蝶、どこへ行ったらそんな妖しの気配がするのか言ってみなさい」

「あ・・・」

「そうだ。妖しの臭いがする」

蝶は慌しく邪気を祓うと、改めて口を開いた。

「羅生門近くの河原でございます。男が死んでおりました」

「ほう」

「・・・」

道満は身を乗り出し、晴明は静かに酒を口に含む。

「あれは、どう見ても蜘蛛の邪気でございました」

「やはりな、女郎蜘蛛だろう」

「・・・!知っておられたのですか?」

「私は今知りましたけどね」

主様、と呟き、蝶は晴明の杯に酒を注いだ。

「いやいや、わしはあの近くにいつもおるが、昨夜は騒がしくて眠れなんだ」

「もしかして・・・道満様・・・」

「そうだ。蜘蛛が男を喰っておった」

蝶は、道満の話を聞いて、言った。

「その場で祓おうとはなさらなかったのですか?」

「これ、蝶。やめなさい」

はははは、と豪快な声で道満は笑った。

「わしは面倒事に首を突っ込みたくないのだ。それにな・・・」

「それに・・・?何です?」

「わしは傍で見物する方が好きなのだよ」

今度は晴明はふふ、と笑った。蝶はまだ、道満の言葉の意味が分からずにいる。

「つまり、道満殿は、私が蜘蛛を祓うのを見ている方が楽しい、ということですよ」

この前も、式を放っておられましたからね、と笑い、晴明は酒を二口飲んだ。



「おうおう、また男が喰われておるわ」

道満は、じゃりじゃりと河原を大股で歩き、無残な姿となった男の屍に近寄った。

そのときであった。

河原に、ごうと音を立てて突風が吹き荒れた。そしてその砂埃の中から現れたのは、身の丈三尺もあろうかという大蜘蛛であった。

「ふむ・・・さて、わしは見物させてもらうとしよう」

道満はその場に胡坐をかき、晴明の屋敷から持ってきた酒を飲み始めた。

『誰じゃ!誰そわらわの邪魔をするものがおるのか!!』

辺りに響き渡った音は、人語を話していたが、咆哮に近かった。

「私たちが、あなたを止めて差し上げます」

静かに晴明が言い放った。

『何!?晴明じゃと!?』

「いかにも」

晴明の名乗り上げを聞くやいなや、大蜘蛛はじりじりと後退し始めた。

「逃がしませんよ」

晴明は素早く袖から符を一枚取り出すと、小さく呪を唱えた。

『動けぬ!何故じゃ!!動けぬ!!』

「影縫いの呪です。さあ、蝶。頼みましたよ」

「はい」

その瞬間、蝶が掻き消えた。

「ほう・・・」

道満は身を乗り出し、蝶の動きを目で追った。

「あやつ、晴明の紋をなぞっておる」

くくく、と彼は不適に笑った。

「よくできた式よ」

『ぎゃあああぁぁぁあああ!!!!!』

道満が酒を飲み干すのと、大蜘蛛が断末魔の咆哮を上げるのと、どちらが早かったであろうか。

どう、と轟音を立て、大蜘蛛は地面に倒れ、その巨大な八本の足の動きが止まった。

すぅ、と蝶が姿を再び現した。

「主様、これでもう動けませぬ」

「ご苦労でした・・・」

蝶は、晴明の紋をなぞると同時に、大蜘蛛の心の臓を引きずり出していたのだ。

「いや、ようやったものだ。これでわしも静かに眠れるというものよ」

がははは、と道満は笑って言った。

「だがしかし・・・この心の臓だけは、もらっていくとしようかね」

「道満様・・・」

「どうぞ、お好きになさってください。私共の仕事は是までです」

巨大な心の臓を道満は、いつ出したのだろう、麻袋につめた。

「何に使うかは言わぬぞ」

「・・・!」

蝶の問いを根本から抜き取り、道満はその場を後にした。

そこには、杯と酒瓶が一つずつ転がっていた。

「・・・」

「朝の日を浴びれば、この蜘蛛も浄化されるでしょう。さあ、帰りますよ」

「・・・・・」

心の臓を切り取られた大蜘蛛をじっと見ていた蝶は、主の言葉に従った。



一体、道満様は、あのようなものを何に使うのだろう・・・。



蝶は、考えるな、と自分自身に言い聞かせ主の後に付き従った。

「さて、まずは屋敷まで帰るとしますか」

「徒歩でですか?珍しい・・・」

「何を言ってるんです、式を使えばすぐですよ」

やはりそうか、とため息を一つ、蝶がついている間に牛の無い車がそこにあった。

晴明が日常的に使っている車である。

ひらり、と二人が車に乗り込むと、車は勝手に動き出した。

「もう、あのような出来事は起こってほしくありませぬ・・・」

蝶の小さな呟きは、晴明の耳にだけ、届いた。

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