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平安異文禄  作者: 凪葉音
2/9

九十九神

「只今戻りました」

「来なさい、蝶」

「はい、主様」

蝶は草履を脱ぎ、階を上がり、主である安倍晴明の元へと移動した。

そう、蝶は晴明の式神であった。



「・・・・・という話でございました」

「なるほど・・・九十九神ですか」

「はい」

屋敷の中に、さわさわと風が舞い込む。

先刻、蝶は藤原家の屋敷へ行っていた。どうも、晴明の仕える藤原道長の周りで、妖しの事柄が起こっているようなのだ。

晴明は、蝶を自分に似せ、道長の話を聞いてくるように命じ、今、蝶が戻ったのである。

「これは早々に片付けた方がよろしいかと・・・」

「・・・まぁ、焦ることは無いでしょう。明日の夜、伺うように今しがた式を飛ばしておきましたから」

「・・・・・随分とのんびりしたものですね」

ちょっとした皮肉を込め、蝶は晴明の杯に酒を注ぐ。

晴明は、蝶の皮肉を左から右へと流し、酒を一口飲み干した。

蝶は酒を盆に置くと、ゆっくりと横になった。

「おや、どうしました?」

「人の形を保っていると疲れるのでございます・・・」

晴明は、くす、と笑って、蝶の美しい黒髪を結っている紐を解く。

さら、と蝶の黒髪が床に広がった。

「少し眠ると良いでしょう。明日の夜には仕事ですから」

「お酒はほどほどにしておいて下さいね・・・」

「分かってますよ・・・と」

蝶は、既に規則正しい寝息を立てていた。よほど疲れたのだろう。

晴明は、杯に残っている酒を飲み干すと、杯を床に置いた。

そして、庭へと視線を向ける。

「・・・・・お久しぶりですね、道満殿」

「気付いておったか、晴明よ」

「・・・ええ」

ひゅ、と庭に茶色の水干姿のぼさぼさ頭が現れた。

「さ、こちらで酒でもどうです?」

晴明が勧めると、うむ、と道満は頷き、蝶を起こさぬように床に胡坐をかいた。道満は、いつの間にか用意されていた杯を手に取り、酒を並々と注ぎ、一気に飲み干した。

「久しぶりの酒だ。なかなかいける」

「それは良かった」

晴明が勧めるより先に、道満は手酌を始めていた。

「相も変わらず美しい式よ」

「・・・蝶ですか?」

「そうだ」

道満は眠っている蝶をちらりと見て、言った。

「今日、道長の屋敷にお主の姿をしたこの式が来ておったな」

「よくご存知で」

晴明は笑った。

「明日に道長のところへ行くそうだな」

「やはりご存知でしたか」

晴明は笑みを崩さず言った。

「放っておいたわしの式が伝えに来おってな」

手酌でぐい、と道満は酒をまた飲み干す。

「お主の力、拝見させてもらうぞ」

「それはそれは・・・手が抜けませんね」

「わしを術比べで負かしておいてよく言うわ」

道満は低く笑った。

蝶が小さく身じろぎする。

「わしはこれで暇する」

「お早いお帰りですね」

「そのかわりにこの酒、もらっていくぞ」

「どうぞどうぞ」

くくく、と低い笑いと共に道満は庭に下り、裸足の足で屋敷の門を潜り抜けていった。




蝶がす、と白魚のような指で結界を張っていく。

「のう、晴明よ・・・わしは恐ろしいのじゃ・・・」

「ご安心くださりませ・・・私がおりますゆえ・・・」

蝶が音も無く晴明の横に座った。

「張り終わりました・・・」

晴明は蝶に頷く。

「道長様、私が良いと言うまで、決して声をあげぬように・・・」

「・・・・・主様、来ました」

道長は、晴明の言葉に何度も頷き、その横を、するりと蝶が駆け抜けた。

晴明が呪を唱え始める。

蝶が呪に従い、九十九神たちの周りに結界を張りはじめた。

琵琶に手足が生えた異形を先頭としていた九十九たちは、蝶の張った結界で、バラバラに動き始める。どうやら琵琶の異形が親玉のようだ。

鏡に足の生えた異形が、無駄に飛び上がり、結界から飛び出そうとするが、その努力は蝶によって無駄なものと化す。

蝶がふわりと宙に舞った。

そして。

「「浄化!」」

晴明と蝶の声が重なると同時に、ガラガラと物の重なり合う音が響いた。

「もうよろしいですよ、道長様」

「お・・・おお・・・ようやった、晴明」

「いえ、当然のことでございます」

道長が安堵の息を吐く。

すると、蝶が先ほどまで九十九であった物を抱えてやってきた。

「道長様、これに見覚えはございますか?」

道長はしばらく考え込み、手を叩いた。

「そこの倉にあった物じゃ」

「倉、でございますか・・・」

晴明は道長の言う倉を見ると、蝶を下がらせ、一枚、符を道長に手渡した。

「これをあの倉の梁の上にこの符を置けば、もうこのようなことは起こりませぬ。ご安心くださいませ。九十九であった物は私が引き取りますが・・・よろしいですか?」

「おうおう、そうしてくれ」

「それでは・・・私どもは是にて失礼いたしまする」

「毎度毎度すまぬな、晴明よ」

「いえ、道長様に仕える身、当然のことでございます」

晴明と蝶は、道長に礼をすると道長の室を後にした。

「・・・これで道長様もご安心ですね、主様」

「そうですね・・・九十九でしたから簡単に終わりましたね」

二人は牛車に乗り込んだ。

がたん、と牛車が揺れ、土御門の屋敷まで二人を運び始める。

「主様・・・いくら九十九とは言え、油断は禁物です」

「はいはい」

晴明は蝶の言葉をさらりと流し、御簾を上げて、夜空を見上げた。

満天の星が輝く夜であった。

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