序章
夜の朱雀大路を、一人の少年が歩いている。
辺りは物音一つせず、ただ少年の足音だけが響く。
満月をちら、と仰いで、少年は足を止めた。
背後が騒がしい。
「・・・来るか」
少年はゆっくりと振り向き、表情一つ変えず、迫ってくるモノたちを見据えていた。
「人じゃ!」
「何、人か!」
「人じゃ人じゃ!」
「おう、喰え、喰え、喰ってしまえ!」
「早い者勝ちじゃ!喰え!喰え!」
百鬼夜行であった。
おびただしい数の異形のモノたちが、ずんずんと少年に迫る。
「・・・・・」
普通の人間なら、悲鳴を上げて逃げ出していることだろう。
だが、少年はただ鬼たちを見据え、逃げ出そうともしなかった。
「喰えるぞ喰えるぞ!」
「人じゃ、喰えるぞ!」
「喰え、喰え!」
迫ってきた鬼たちに、少年の姿がかき消された瞬間。
「ぎゃあぁぁああ!!!!!」
「ぐあぁああ!!」
何とも言えぬ、咆哮が響いた。
そして、そこには、相も変わらず少年が一人、立っているだけであった。
そう、少年が鬼たちを殺したのだ。
「・・・・・五人、喰ってきたのか」
静かに呟き、少年は踵を返すと、土御門の屋敷へと歩き出した。
少年の肩には、蝶が一匹止まっていた。
その蝶は、少年が築地を曲がったところで彼の肩から飛び去った。
少年はその蝶と満月とを瞳に映し、小さく呪を唱え、屋敷へと足を踏み入れた。
「・・・・・鬼が五人、人を喰っておりました」
「そうですか・・・苦労かけましたね。さぁ、おいでなさい」
「はい、主様」
ひゅ、という風を切る音と共に少年の姿が掻き消え、そこには牡丹の花弁が数枚舞っているだけであった。
「美しい満月でございますね、主様」
「そうですね・・・蝶」
「はい」
翌日、羅生門の側。
五人の屍が見つかった。
そしてそのことはは、土御門の安倍晴明の耳に届くこととなる。
初めての歴史ものです。まずは序章です。これから章が進むにつれ、彼らが動きます。捏造バシバシですが、気長にお付き合いください。