1食目 月麦と星屑バター
私、佐藤つむぎ、30歳。
ここは20xx年、日本。
世界的に大流行した病の後遺症で、味覚障害が残ったまま数年が過ぎた。
甘いも辛いも曖昧。
好きだったパン屋の焼きたての匂いも、
友達と行った焼肉屋のカルビも、
毎年楽しみにしていた季節限定のスイーツも。
今の私には、全部「ただの食感」でしかない。
周りはもう普通に戻っているのに、
自分だけが、世界から少し遅れた場所にいるみたいだった。
食べることは、楽しみじゃない。
ただ、生きるための作業。
――おじいちゃんが昔、言っていた。
胃がんが進行して、口からご飯を食べられなくなると決まった日のこと。
『生きる楽しみがなくなる』
あの時は、そんな大げさなって思ってた。
本当に胃ろうにしてからすぐにおじいちゃんはあの世に逝ってしまった。
でも今ならわかる。
……私、もうずっと、
“おいしい”を感じてない。
あんなに好きだった食事が、なんにも楽しくない。友達と飲みに行ったり、カフェに行っても素直に笑うことができなくて、いつしか友達とも疎遠になった。
みんな普通に治ってるのに、なんで私だけ――。
仕事帰り。
いつものようにぼんやり考え事をしながら、夜道を運転していると――
突然、視界が白く染まった。
「……え?」
対向車のライト?
違う。
眩しい。
なのに、どこか青白い光。
ハンドルを切る間もなく、
世界がぐにゃりと歪んだ。
次の瞬間。
ガタンッ!!
激しい衝撃に身体が跳ねる。
「っ、痛……!」
エンジンは止まっていた。
フロントガラスの向こうには、
見たこともない白銀の世界が広がっている。
「……は?」
雪。
どこまでも続く雪原。
街灯も、道路も、電線もない。
なのに空には、
青く光る巨大な月が浮かんでいた。
助手席には、
コンビニで買ったままの、冷えたパン。
その袋だけが、
かさり、と小さな音を立てた。
つむぎは今自分になにが起こったのか確かめるために、
恐る恐る車のドアを開ける。
冷たい空気が頬を撫でた。
けれど、不思議だった。
雪国育ちのつむぎは知っている。
本物の雪は、もっと刺すように冷たい。
足を乗せれば、
月明かりの下で“ぎしっ”と鳴く。
でも、目の前の雪は違った。
ふわり。
ブーツが沈む。
音がしない。
まるで、
細かい羽毛の上を歩いているみたいだった。
「……なに、これ……」
雪は淡く青白く光り、
夜空の月に呼吸を合わせるように、
静かに瞬いていた。
目の前の景色に驚きながらも、数歩歩いてみる。
つむぎは歩くたびに、体がどんどん重くなり、数えるほどしか歩いていないのに、膝をついてしまった。
歩かなきゃ。
そう思っているのに、
身体がひどく重い。
吐く息は白いはずなのに、
月明かりの中で淡く青く溶けていく。
雪は静かだった。
静かすぎた。
踏んでも音がしない。
世界に、自分しかいないみたいで、
急に怖くなる。
「……っ」
数歩進んだところで、
膝が崩れた。
冷たいはずの雪は、
不気味なくらい柔らかい。
まるで、
沈み込むように身体を包み込んでくる。
眠い。
だめ。
こんなところで寝たら――
そこで、
遠くから鈴のような音がした。
ーーーーーリィン。
全身赤色の衣服をまとった人物が現れた。
真っ白な景色の中で、真っ赤な服はとてもよく映えた。顔まで覆っている赤色の布から、金色の瞳が見えた。その瞳が狼のようで、つむぎは怖くなった。
その人物はおもむろに手につけていた丸いブレスレットを外し、それを下に敷いて、その上に鍋を置く。
??「熾せ(おこせ)」
その瞬間、ブレスレットから青い火が灯り、瞬時に鍋が温まり始めた。
少女は小さな鍋を火から下ろすと、
木の器に白いスープを注いだ。
湯気が立つ。
つむぎは反射的に身構えた。
知らない場所。
知らない相手。
知らない食べ物。
怖い。
少女はそんなつむぎを見て、
無言のまま、
自分の器に口をつけた。
……毒じゃない。
そう示したかったのかもしれない。
それでも、
まだ躊躇う。
けれど次の瞬間。
ふわり、と。
甘い香りが鼻をかすめた。
「……っ」
バター、みたいな。
何年も、
感じることのなかった匂い。
つむぎの喉が、
小さく鳴った。ごくり。
ゆっくりと器に口をつける。
熱いはずのスープを飲んだ瞬間、少女の目が大きく開く。
「……あったかい」
その声と同時に、涙が滲む。けれど頬を流れる前に、雪混じりの風がそれを奪っていく。
白く凍てついたまつ毛を、彼女自身はまだ気づいていない。
味覚があることをこんなに嬉しく思うことはないだろう。少し甘くて、バターの香りがする、優しい味のクリームスープがつむぎの体に染み渡る。
???「……泣ぐなって」
「顔、冷えで凍っちまうべ」
つむぎ「(あ、日本語.....)すいません。スープが美味しくて。あの、ここはどこですか?気づいたらここにいて。」
???「...... 家、すぐ近くだがら。ついて来い」
助けてくれた人物は声から察するに女性だった。
彼女はカバンから取り出した布でつむぎを覆い、家まで徒歩で先導する。
つむぎは言われるがまま、彼女についていく。
吹雪の中、少女は一度も振り返らない。
ただ、雪壁の裂け目みたいな場所へ入っていく。
「……ここ」
中へ踏み込んだ瞬間、頬がゆるむほど暖かい空気が触れた。なにか洞窟の入り口に膜のようなものがあったのか??入り口の四周に縄のようなものが貼られている。中に入ると明るく、床は板張り、壁には棚がつけられており、それぞれ数は少ないが、カップや木のお皿が並んでいる。
中に入ると彼女は真っ赤な衣服を脱いだ。下はラフな半袖半ズボンだった。だが、衣服には刺繍が施されている。現代ではあまり見たことがない刺繍だった。
瞳が金色なのは分かっていたが、髪は白色で、肌も雪のように白い肌だった。年齢は10代後半のように見える。八重歯が印象的な可愛らしい女の子だ。
??「なんか、食いながら、話すか。」
少女はそう言うと、棚からお皿とコップを取り出し、
コップに白い飲み物を注ぐ。牛乳のように見えるが、青く発光している。
お皿の上にパンを置いてくれ、小瓶に入った何かも出してくれた。
??「さっき出かける前に焼いた。うめえぞ。毒は入ってねえ、食え」
つむぎ「(これ食べて大丈夫なの....?)あのー、この飲み物、光ってない??なに?これ?」
??「星角牛の乳だ。」
つむぎは答えになってないと思いながら、
一口飲んでみる。ごくり。
つむぎ「えっ!!!おいし!!!なにこれ!?すっっごいクリーミー!!!でも生クリームほど飲みにくくもない!なに!?これ!!」
少女は優しく微笑むと、こう言った
??「気に入ったなら好きなだけ。」
そう言って、乳の入った瓶を手渡した。
少女は小さなナイフで、
白いパンを切り分けた。
断面が、
ほのかに青く光る。
つむぎは目を見開く。
「……パン?」
少女は答えない。
代わりに、
銀色のバターを薄く塗った。
雪みたいに白いのに、
星屑みたいにきらきらしている。
湯気の立つスープと一緒に、
そっと差し出された。
「…………」
怖い。
でも、
香りがした。
やわらかくて、
甘くて、
泣きたくなるような匂い。
つむぎは恐る恐る、
パンを口に運ぶ。
さく。
次の瞬間。
「――あ……」
温かい。
バターは冷たいはずなのに、
舌の奥でじんわり溶けていく。
そして、
遅れてくる。
小麦の甘み。
胸が苦しくなる。
「……おいしい……」
その言葉は、
何年ぶりに口にしたものだったのか、
もう思い出せなかった。
⸻
夢中でパンを貪っていると、少女が、
「名前は?」
と聞いてきた。
「私つむぎ。あなたは?」
「……カルメ」
「え?」
「私の名前。それでここはルスカ王国の白狼領の中のシラベ村。」
.....ぜんっぜん知らないんだけど。絶対日本じゃないじゃん。世界でもないでしょこれ。聞いたことないよこんな国。
カルメ「見るからに村の人じゃねえし、おめどっがら来た?」
つむぎ「日本ってとこから。知ってる?」
カルメ「知らねえ。」
つむぎ「.....今って何年??」
カルメ「暦か?確か氷花歴557年?かな」
聞いたこともない年号に驚くつむぎ。
これは異世界だと確信する。
ただ、今は
異世界に来てしまった不安よりも、
今は、この小さな奇跡のほうが大きかった。
もっと食べてみたい。
この世界の、
知らない味を。
つむぎの口元がニヤつくのを見て、カルメが言う
「どっか行くあてあんのが?」
つむぎ「....ない」
カルメ「なら私の仕事、手伝って」
つむぎ「え?家に置いてくれるってこと??」
カルメ「そのつもりで言った」
恥ずかしそうにこちらを見ながら言うカルメ。
10個以上年下に見える子にお世話になるのは申し訳ないけど、もう少しこの世界のことが分かるまで、お世話になろうかな。と思うつむぎ。
「ぜひ!よろしくお願いします!お世話になります!!」
カルメ「でけえ声。元気じゃねーか」
つむぎ「あ、てゆーかあたしが言うのもなんだけど、こんな初めて会った人、信用したらダメだよ!?危ないよ!?1人で住んでるんだよね??」
カルメ「お前はそーゆー風に見えねえ。あと私は勘だけは鋭いから大丈夫だ」
つむぎ「なにそれ。ほんとかなあ?ふふ。
……てかこのパン、毎日食べてるの?」
カルメ「ん。飽きない」
つむぎ「いいな、それ」
カルメは少しだけ目を丸くして、
それから小さく笑った。
青い月が窓辺を照らす中、
異世界で最初の夜は静かに更けていった。
__________
星屑バターのせ月光パン
月光パンの材料
月麦
月明かりでしか育たない銀色の穂。
昼の日差しを浴びすぎると苦くなる。
普通の農家では育てられないため
夜にランタン持って収穫する。
穂先に微量の発光成分があるため、
焼いたあともパンが青白く光る。
⸻
星屑バター
星角牛
角が淡く発光する夜行性の牛。
昼は洞窟で眠ってて、
夜になると「星苔」っていうコケを食べる。
そのコケの魔力成分が乳に移るから、
バターにすると「冷たいのに体が温まる」。
だから雪国の旅人に人気。
⸻
発酵の秘密
このパン、普通の酵母じゃなくて、
月酵母
を使う。
これは満月の夜にだけ空気中に漂う微生物で、
新月の日はまったく膨らまない。
だからパン職人は
「来週満月やから仕込み始まるぞ」
と意気込む。
⸻
味のイメージ
外パリッ
中ふわ
ほんのりミルク甘い。
食べると、
冬の夜の空気みたいな香りがする。
____________
初めて書いてみました!異世界グルメモノが好きで、自分で書き始めてしまいました!よかったら感想教えてください!食べ物考えるのが一番楽しいです!




