9.形代
あたしは踊り子をやってる。子供のころから踊るのが大好きで、いつか街の広場や酒場だけでなく、大きな舞台で踊るのが夢だった。そして最近そのチャンスがやってきたんだ。王都の大きな劇場の支配人が、酒場で踊ってたあたしに声をかけてくれた。でもそれを邪魔する男がいる。
「ヴァレリア、王都になんて行かなくてもお前はこの街で1番の踊り子じゃないか。俺はこの街の兵士だから、王都に一緒に行けないよ」
幼馴染で恋人のアントニオはそう言ってあたしを引き留めるんだ。挙句の果てに、兵長に出世したから結婚しようと言ってきた。結婚して、子供を産んで、踊り子なんて不安定な職はやめて、もっと堅実な仕事をして。アントニオが必死に言い募るほど、あたしの心は冷めていく。
あたしはダンジョンに行くことにした。宝箱から、アントニオと別れられるアイテムを手に入れるんだ。あんたなんてもう知らない!と別れられたらどんなにいいか。いっそアントニオが死んでくれればいいのに。そうすればあたしは何にも縛られることなく王都に行けるのに。
ダンジョンの浅層くらいならあたし一人でもどうにかなる。冒険者ギルドで護衛を雇う金がもったいないし。アントニオと別れるためのアイテム探しでなかったら、アントニオに一緒に行ってくれと頼めたのに。
宝箱はあっさりみつかった。自分のためのアイテムの入った宝箱はすぐみつかると言われてるけど、本当だったんだね。
中にはなんか変な絵の書いてある細長い紙が1枚だけ入ってた。何よ、これ?この紙1枚でアントニオと別れられるの?
神殿はアイテムの啓示を受ける人でごったがえしてた。ああ、この待ち時間にもっと踊りの練習ができるのに。せっかくだから、神殿の外まで続いてる行列に並んでいる間に神殿前の広場で踊ってもいいか訊いてみる。あっさり許可をくれたから、踊ってお布施代を稼いだ。皆並んでるのが暇だったからか結構弾んでくれる人が多くて、懐が温かくなった。
やっとあたしの順番が来て、お布施を払ってアイテムを祭壇に載せる。
天から光が降り注ぎ、ミスリルの板に文字が浮かび上がった。
“カタシロ”
“縁切りの準備ができたら碑へ転移できる”
・・・ちょっと神様!
何のことかまったくわからないんだけど!
あたしが呆然としてたからか、部屋にいた巫女さんが街の考察屋を紹介してくれたけど、考察屋って何もわからなくても3万ギルも払わないとならないんでしょ?!わかるならともかく、相談するだけで3万ギルってぼったくりじゃない!しかもわかったら追加で成功報酬もいるらしいし!
ぼったくりだと怒ったところで、この”カタシロ“をどうしたらいいのかさっぱりわからないし、王都の劇場の支配人に返事をする期限は迫ってる。3万ギルは惜しいけど、どこの考察屋でも同じらしいから、それなら神殿で紹介された店に行ってみることにする。
店の扉を開けると、チリンチリンと扉の上部に取り付けられたベルが鳴る。へえ、良い音ね、たくさん鳴らしたら踊る時に良い感じかも。
「いらっしゃいませ。異世界アイテム取り扱い考察店へようこそ。店主のルナ・イザヨイと申します」
長い黒髪をきちんと結い上げた細身の女が座っている。なんかお堅そうな女ね、こういう女は、恋人や旦那が広場や酒場で踊ってるあたしにおひねりをしようとすると嫌な顔をするのよ。
「神殿の紹介で来たんだけど。アイテムの使い方を考えるのはこの店が1番だって聞いたの」
「ご存じかと思いますが、必ずしも使用方法が判明するとは限りません。判明しなかった場合も考察料の3万ギルの返金はありません。よろしいですか?」
「うん、聞いてる。仕方ないね」
あたしは3万ギルを支払い、店主の前のテーブルにアイテムを載せる。
「“カタシロ”よ。効能は“縁切りの準備ができたら碑へ転移できる”なんだけど、準備ってどうするの?!あたし急いでるんだけど!」
店主が”カタシロ“を手に取ってしげしげと眺める。
「安井金毘羅宮の形代?しかも準備ができたら碑へ転移できる・・・?」
「ねえ何かわかったの?!あたしどうやったらアントニオと別れられるの?!」
店主は切れ長の目でじっとあたしを見つめた。
「アントニオさんというのは恋人ですか?その方と別れたい?」
「そうよ!アントニオと一緒にいたらあたし王都に行けないの!せっかく王都の劇場で踊れるチャンスがきたのに、アントニオが行くなって邪魔するのよ!」
「なら普通にお別れすれば良いのでは?わざわざアイテムを手に入れなければ別れられないようなひどい男なのですか?」
皆同じことを言うのよ。アントニオは暴力をふるったりしないし、酒癖が悪いわけでも、賭け事にのめり込んでるわけでもない。あたしの踊りの収入が少ない時にはご飯を奢ってくれるし、今回だってあたしが王都で成功するとは限らないんだから、この街で自分と結婚してそれなりに暮らしていけばいいと言う。
「別れられないのよ!だってあたしはアントニオを愛してるんだもの!」
涙が溢れてきた。そうよ、あたしはずっとアントニオを愛してる。王都になんて行くなと言われて、どうしてあたしの夢を応援してくれないの?!と憤っても、嫌いになんてなれない。いっそ死んでくれたらあたしは自由になれるのに!
「なるほど。ではあなたは恋人が不幸になることを望んでいるわけではないのですね?」
「アントニオが不幸に?そんなこと望んでないわ!好きなのよ、でも、だから、あたしからは別れられないの・・・!」
ぐすぐすと泣くあたしに店主は綺麗なハンカチをくれた。お堅そうな女とか思ってごめん、結構いい人だった。
「これが成功すれば、おそらく貴女の心の迷いは断ち切れるでしょう。でも良いのですか?貴女は恋人を愛していて、恋人も良い人のようです。それでも縁を切りたい?」
「あたしね、大きな舞台で踊りたいの。子供の頃からの夢だったの。子供の頃はアントニオもそれを応援してくれてた。でも大人になって、街の広場や酒場で踊って日銭を稼いで、酒場では酔った客に絡まれることも多いし、一晩相手を求められることもある。アントニオがそれを嫌がってるのもわかる。でも、試せるのなら試したい!あたしの夢なの!」
「・・・芸術で大成するには、才能だけでなく運やお金やパトロンも必要ですからね。わかりました。成功報酬は今この場で実行することとします。本当に転移できるのか、私の目の前でやって見せてください」
「え?成功報酬が今この場でやって見せること?それでいいの?」
考察屋の成功報酬って高いらしいのに。どうやって値切ろうか考えてたんだけど?
「おそらく1度限りしか使えないアイテムなこと、周囲に影響を及ぼすようなアイテムではないこと、このことから成功報酬はさほど高額にはなりません。そして私自身がそのアイテムの効能に興味があるのです。私が故郷に帰ることができるアイテムが存在するという証左になりますので」
真剣な顔の店主に気圧される。なんかよくわからないけど、この店主も探してるアイテムがあるってことよね。それで成功報酬を無料にしてくれるなら望むところよ。
「わかった。使い方を教えて。今この場でやるから」
「商談成立ですね。まずこの形代に願い事を書きます。“アントニオさんと別れて王都の舞台で踊れるようになりたい”ですかね?準備ができたら碑に転移するとのことですので、書き終わったらある場所に転移するはずです。私の予想が正しければ、この形代がたくさん貼られた下に穴の開いた岩です。この形代を持って、願い事を念じながら穴を潜ります。そして裏からもう1度願い事を念じながら表に潜ってください。小さな穴ですから頑張ってくださいね。最後に形代を岩に貼ります。それで終わりです」
「この“カタシロ”に願い事を書いてなんか穴を潜って、反対側からも潜って、最後にこの”カタシロ”を貼ってくればいいのね?ペン貸してくれる?」
店主が貸してくれた高そうなペンであたしは“カタシロ”に”アントニオと別れて王都の舞台で踊れるようになりたい!“と書く。
ふと目を上げると、そこには店主はいなくて、全く知らない場所だった。
「何?ここどこ・・・?」
なんかわさっとした大きな白い塊が見えて、近寄るとそのわさっとしてるのはあたしの持ってる“カタシロ”が無数に貼られた岩だった。なんとなくぞわぞわする。これが効能に書かれてた碑なの?
店主の言っていた通り、下に人一人やっと通れそうな穴がある。
「この穴を潜ればいいのね・・・」
アントニオと別れて王都の舞台で踊れるようになりたい。アントニオか夢か、どちらかしか選べないなら、あたしは叶うかどうかわからなくても夢を選ぶ!
「そしてこの”カタシロ“を岩に貼る・・・」
あたしには読めない字で願い事が書かれたたくさんの“カタシロ”の上にあたしの”カタシロ“を貼る。
「あ、あれ?あたし今まで変な岩のところにいたのに、戻ってきた・・・?」
“カタシロ”を貼って顔を上げると、そこには店主がいて私をじっと凝視していた。
「安井金毘羅宮には行けましたか?」
「ヤスイ・・・?なんとかってところかは知らないけど、”カタシロ“がわさっとたくさん貼ってある岩は言われた通り潜ってきたわよ!なんか不気味なところだったけど・・・」
うん、思い返すとなんかちょっと気持ち悪いよね、しかも今は昼間なのにあの場所は夜だったし。
「そうですか。では、貴女の成功をお祈りします」
「う、うん。ありがと。成功報酬って本当にこれでいいのよね?あとで利子付けて請求きたりしないよね?!」
「高利貸しではありませんので、そのようなことはいたしませんよ。ですが、そうですね、貴女の夢が叶ったら、王都の劇場に招待していただけますか?王都の舞台で踊る貴女を見てみたいので」
「うん!絶対招待するから来てね!」
うん、やっぱりこの店主は良い人だわ。アントニオは言ってくれなかった言葉を、今日初めて会った客のあたしに言ってくれた!
それからあたしは王都の劇場の支配人に一緒に行くと返事をした。王都に戻るまでに返事を、と言われてたから本当に時間がなかったのよ。
アントニオには別れを告げた。アントニオはなんでだよ!と泣いてたけど、あたしも泣いたけど、それでも心は変わらなかった。アントニオと別れることを考えただけで胸が張り裂けそうだったのに、今のあたしに残ってるのは、アントニオとの思い出だけで、それを懐かしんで涙が出るだけだった。
あの”カタシロ“は、私が自分ではどうしても断ち切れなかった未練を断ち切ってくれたんだ。
王都で成功するかはわからない。失敗して野垂れ死ぬかもしれない。でもあたしは自分を試したい。
あたしは王都の大舞台で踊って、喝采を浴びたいんだ!
安井金毘羅宮は本当に縁が切れます。前の職場を辞めようか悩んでいる時に行ったら、本当にきれいに未練がなくなりました。他人の不幸を願ってはいけないらしいですけどね。




