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8.邯鄲の枕

 私には幼少時から定められている婚約者がおります。貴族の結婚の多くは政略結婚で、家格、血筋、経済状況、領地の関係や政治といった様々な観点から相手を決められます。ごく稀に身分差のある相手と恋愛結婚をする者もいますが、それにはよほどの利がなければ許されません。そう、例えば先代リヴィエール公爵夫人であるテレサ様のような。あれは先代公爵の婚約者が流行り病で既に亡くなっており、先代公爵が一目惚れした相手が英雄テレサ様だったからこそ許されたのです。


 窓の外を見下ろすと、そこには婚約者のアレクセイがいます。そしてその隣には、ピンクの髪に水色の瞳の可愛らしい女性が。学院に入学してから出会った男爵家のユリアナ嬢にアレクセイは一目惚れしたのです。

 私とアレクセイは領地が隣同士で親同士の仲も良く、政略結婚とはいっても同じ侯爵家同士で私たちも幼少時から仲が良いから婚約させるか、という割と緩い婚約でした。ですから、もしアレクセイがこの婚約を解消したいというのなら、私は別に構わないのです。私はアレクセイを幼馴染で気心の知れた相手として好きなので、全く知らない相手と政略結婚を決められるより良いだろう、という程度の感情ですから。


 ですが、ユリアナ嬢、あれはダメだと思います。殿方というのは、女性の上辺に簡単に騙されてしまうものなのですね。お互いに想い合って、なんなら身分を捨てても良いとすら思えるような恋ならば、私も協力するのに吝かではないのですが。


「クレアは優しいわね。見た目と身分の高い男に片っ端から色目を使ってるような女にコロッと引っ掛かった婚約者の心配をするなんて」

「隣の領地がごたつくと我が家にも飛び火しますしね。それにアレクセイの両親には昔からとてもお世話になっていますし」


 学院に入学してから仲良くなった騎士科のライラに呆れたように言われますが、貴族としては素直すぎるところのあるアレクセイをよろしく頼む、とおじ様とおば様には学院入学前に頼まれていましたしね。


「でもどうするの?あれは何を言っても耳に入らなそうだけど?」

「そうなんですよねえ。幼馴染が廃嫡されて路頭に迷うのは心が痛むのですが、今のままではそちらに一直線で軌道修正も難しそうですし・・・」


 さすがにあのユリアナ嬢を次期侯爵夫人にしようとは、おじ様もおば様も思えないでしょうしねえ。ものすごく成績が良くて領地経営の才能に溢れているとか、特殊な魔法を使えるとかなら違うのでしょうけど。


「いっそ高級娼館にでも放り込んで、本職の手練手管を知ってもらって、ユリアナ嬢のは恋愛感情によるものではなく、あくまでそういう技術なのだと身をもって理解するのも良いかと思ったのですが・・・」


 腕に胸を押し当てるとか、上目遣いで潤んだ眼でみつめるとか、全てに対して肯定的で褒めてくれるとか、それは愛情ではなく技術です。もしかすると何か魅了系のアイテムでも使っているのかもしれません。


「クレア、思ってたよりもなんというか現実的ね?」


 大体侯爵家以上の家ならばそういう教育も受けるはずです。高級娼館に放り込むのはさすがに学院を卒業後になるはずですけど、少し早めたからといって問題ないのではないでしょうか。


「クレアはこんなに婚約者のことを心配してあげてるのにねえ」

「幼馴染としての情はありますからね」


 アレクセイの目が覚めれば一気に現実に引き戻されると思うのですけど。あれでも頭は悪くありませんし。結婚したら転がしやすそうなんて思っていたのが良くなかったのでしょうか、あんなのに引っ掛かるなんて。


「じゃあさ、ダンジョンに宝箱を開けにいってみない?」

「宝箱、ですか?」

「クレアが本当にアレクセイのことを心配して助けてあげたいと思ってるなら、何か役に立つアイテムが出てくるだろうし、もうどうでもいいと思ってるなら宝箱自体が現れないでしょ。一生に一度のアイテムは自分のためのものなんだから、クレアのこの先の人生にアレクセイが必要なら何か出てくるんじゃない?」


 なるほど、一理あります。

 私は人生に波乱万丈は望みません。だからこそ、隣の領地の同じ爵位で気心の知れている幼馴染との婚約になんの不満もなかったのですから。これで何か良いアイテムが出てきてアレクセイの目を覚ますことができたら、アレクセイは一生私に頭が上がらなくなるでしょうし、アレクセイの両親も私に感謝してくれるでしょう。この先の人生が平穏であるために宝箱を開けてみるのも良いかもしれません。


「ライラ、前衛として一緒にダンジョンへ行ってくれますか?私の適性は氷魔法ですから」

「いいよ、1度行ってみたかったのよね」




 快くダンジョンに同行してくれたライラと共に浅層を歩きます。換金用のアイテムを求めているわけではありませんから、戦闘に適正のある貴族なら2人でも十分です。


「あ、あれが宝箱じゃない?」

「おやみつかりましたね。私のこの先の人生にアレクセイが必要だということでしょうか」

「何もみつからずに帰る可能性も考えてたんだけどなぁ」


 アレクセイの目を覚まさせるものか、それとも全く関係のないものか、どちらでしょうね?

 宝箱を開けると、中にはクッションのようなものが入っていました。


「クッション?」

「それとも枕でしょうか?」


 私たちは顔を見合わせます。私の人生にこの枕かクッションかは知りませんが、何の役に立つのでしょうか?


「とりあえずは神殿だね・・・」




 神殿に行くとアイテムの啓示を求める人がたくさんいました。このクッションが私の平穏な人生のために役立つアイテムだと良いのですが。

 祭壇にアイテムを載せ、神に祈りを捧げると天から光が降り注ぎ、ミスリル板に文字が浮かび上がりました。


 “カンタンノマクラ”

 “人生の栄枯盛衰を知り欲を払う”


「なかなか難しい効能ですね・・・」

「うん・・・人生の栄枯盛衰を知り欲を払うって、俗世を捨てて神殿にでも入るのかな?」


 私は昔からよく枯れているとは言われますが、今のところ俗世を捨てて神殿に入ろうとまでは思っていないのですが。アレクセイと婚約解消して出家しろとでも言うのでしょうか、この枕は。今のところ非があるのはアレクセイの側であって私ではないのですが。


「悩んでてもわからないし、考察屋に行ってみようか」

「そうですね」


 神殿でよく当たると評判の考察屋を紹介してもらいます。わからないものを眺めていてもわからないままですし、今日明日はお休みですけど、明後日からまた学院に行かなくてはなりませんもの。




 店の扉を開けると、チリンチリンと扉の上部に取り付けられたベルが鳴ります。


「いらっしゃいませ。異世界アイテム取り扱い考察店へようこそ。店主のルナ・イザヨイと申します」


 長い黒髪を綺麗に結い上げた、眼鏡をかけた細身の女性が座っています。


「神殿からの紹介で来ましたの。アイテムの使用方法を考察していただきたいのですが」

「ご存じかと思いますが、必ずしも使用方法が判明するとは限りません。判明しなかった場合も考察料の3万ギルの返金はありません。よろしいですか?」

「はい。承知しております」


 私は3万ギルを支払い、店主の前のテーブルにアイテムを載せます。


「“カンタンノマクラ”です。効能は“人生の栄枯盛衰を知り欲を払う”です」


 店主は”カンタンノマクラ“を手に取ります。


「カンタンノマクラ・・・カンタン?栄枯盛衰を知り欲を払う・・・ああ、なるほど、枕中記か。黄梁一炊ね、邯鄲夢の枕というわけか、また珍しいものが」


 店主は”カンタンノマクラ“をしげしげと眺めながらブツブツと呟いています。チンチュウキ?コウリョウイッスイ?一体なんでしょうか?


「欲を払いたいのはお客様ですか?失礼ですが、栄華を夢見るような人は、その妄想を払いたいなどとは思わないように思うのですが」


 店主の言い様に思わずくすりと笑いが漏れます。そうですね、栄華を夢見るような人は、そもそもそれを払うべき妄想だなんて思わないでしょうね。


「お恥ずかしながら、現実を知ってほしいのは私の婚約者なのです。学院に入学してから知り合った可愛らしい女性に、すっかりのぼせ上がってしまって。貴族の婚約は感情だけでどうにかなるようなものではありませんから」

「なるほど、ハニトラに引っ掛かった婚約者を現実に引き戻したい、ということですね」


 店主の言う”ハニトラ“?というのが何かは知りませんが、おそらく私の考えているものと大差ないでしょう。この店主も女性、それも私と同じく、恋や愛といった本能に従うタイプではなく、常に理性が勝つタイプと見ました。


「使い方がわかるのでしょうか?」

「ええ、わかりますよ。成功報酬のお話に移っても?」

「はい、お願いします」


 私がアレクセイを正気に戻すためのアイテムを求めてダンジョンに行くことは、アレクセイの両親に連絡済です。アレクセイには既に嫁いだ姉がいるだけですから、お二人とも私とアレクセイの婚約が解消になるような事態は避けたいと必死でした。もし考察屋のお世話になることになり、成功報酬が高額になっても請求書はそちらに回して良いと既に言質を取っております。


「このアイテムは恐らく、魅了や幻覚にかかった者を正気に戻すことができると思われます。そうなると、成功報酬の相場は1000万ギル以上となるのですが問題ありませんか?」


 おじ様とおば様に話を通しておいて良かったですわ。いくら侯爵家の娘とはいえ、まだ学生の私のお小遣いでは1000万ギルは厳しいですもの。衣装等の予算と個人的なお小遣いは別物ですからね。しかも、魅了や幻覚にかかった者を正気に戻すことができるのでしたら、今後他家に貸しを作ることもできます。良いアイテムを手に入れました。


「はい。成功が確認できましたら、成功報酬は振り込ませていただきます」


 アレクセイの両親も喜んで支払ってくれるでしょう。


「では説明させていただきます。この邯鄲の枕は転寝に使うものです。正気に戻したい方のよく使うソファなどに置くと良いでしょう。ほんの食事ができるのを待つ程度の時間の転寝で、妄想のまま突き進んだ先の未来を夢にみることができます。目が覚めれば色々と現実を思い知っていることでしょう」

「色々と現実を思い知る、ですか」

「ええ。その結果、婚約者がそのまま妄想に突き進むのか、それとも貴女の元に戻るのか。そして貴女がそれを受け入れるのか、それとも突き放すのか。選択するのは貴女です」




 アレクセイの屋敷の侍女に、アレクセイの部屋のソファに置いてほしいと“カンタンノマクラ”を渡して10日後。アレクセイから面会依頼がありました。


「クレア、今まで済まなかった!」


 アレクセイがいきなり謝罪してきました。一体どうしたのでしょう。


「君を放ってユリアナと仲良くしていて気を悪くしただろう?なんだか悪い夢を見ていたような気分なんだが、私は君との婚約を解消してユリアナと結婚しようと思っていたんだ。何故だかわからないが、父上と母上もそれを祝福してくれると思い込んでいた。冷静になって考えると、そんなことありえないのに・・・」


 どうやらアレクセイは、“カンタンノマクラ”を使って転寝をしたところ、私との婚約を破棄してユリアナ嬢と結婚しようとしたら怒ったご両親に廃嫡され、侯爵家嫡男だから玉の輿を狙ったのに!とユリアナ嬢には今まで見たことのないような顔で罵倒され捨てられ、路頭に迷って追いはぎに合う夢を見たそうです。罵倒してきたユリアナ嬢のお顔が、たとえ夢であっても一瞬で目が覚めるようなお顔だったそうで、慌てて婚約者である私のところにこれまでの非礼を謝りにきたそうです。


「まあ、アレクセイ。一時の気の迷いですもの、許してさしあげるわ。でもあまり気の迷いが続くようでしたら、私も許して差し上げられなくなるかもしれませんから、ほどほどにしてくださいね」

「ありがとう、クレア!私にはやっぱり君だけだ!」


 アレクセイはこれで当分私に頭が上がらないでしょうし、また何か騙されそうなら”カンタンノマクラ“を使って正気に戻せばよいでしょう。良いアイテムを手に入れましたわ!


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― 新着の感想 ―
料金設定どうなって…? 今回のは使用者回数無制限の枕なんだから適当に使ってればそのうち分かんじゃん…お貴族様感覚なのか?いや、休憩時間で国家の未来演算も可能な国宝級わからせアイテムと思えば妥当な金額か…
邯鄲の夢とはそう言うものだけどそれで醒めるって言うのが本人の浅さが示されてますよね
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