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6.きらきら団扇

古典的なアイテムだけではなく、時々変なアイテムも登場します

 はあ、息子に爵位を譲ったら領地でのんびりしようと言っていましたのに、旦那様は風邪をこじらせてあっけなく死んでしまいましたわ。ずっと仕事で忙しかったですから、気が抜けてしまわれたのかもしれません。

 今更王都に戻っても、息子はともかく、息子の嫁は姑が近くにいてはやりにくいでしょうし、社交界で腹の探り合いをするのももう疲れましたし、かといってこのままではボケてしまいそう。何か新しい趣味でもみつけられたら良いのですけれど。

 庭の東屋でぼんやりお茶を飲んでいると、何やらはしゃいだ声が聞こえます。


「次は東の広場でやるみたいよ!」

「料理長に頼んだらクッキー焼いてくれるかしら!街の店で買うより絶対美味しいし、差し入れに持っていきたい!」


「若いメイドたちですね、仕事をサボって何を騒いでいるのでしょう、はしたない」


 王都から一緒に領地へ来た侍女長がため息を吐いて注意しに行こうとするのを止め、メイドたちを連れてくるよう伝えます。私は長年公爵夫人として社交界に君臨してきましたが、元々は田舎の子爵家の出身で、独身時代は平民のメイドと一緒に街に遊びに行ったりもしていたのです。


「奥様、騒いで申し訳ございません!」


 叱責されると思っているのでしょう、青い顔をして頭を下げる2人のメイドに楽にするよう伝えます。


「怒っているわけではないのよ。何やら楽しそうだったので、何の話をしているのかと思っただけなのです」


 2人は顔を見合わせて、おずおずと説明してくれます。最近若い子の間で人気のある吟遊詩人がいて、次にその吟遊詩人が街の広場で演奏するのを楽しみにしているという、なんとも微笑ましい話でした。


「楽しそうだこと。吟遊詩人の歌なんてしばらく聴いていないわ」


 公爵家に嫁いでからは、宮廷楽師等の高名な楽師の演奏ばかりで、市井の吟遊詩人の歌なんて何十年も聴いていません。死んだ旦那様に熱烈に求婚されて公爵家に嫁いだことが嫌なわけではありませんけど、実家の子爵家にいた頃はもっと自由でのびのびしていました。


「楽しいですよ、奥様も一緒に行ってみますか?」

「これ!奥様になんということを!」

「あ、も、申し訳ございません!」


 結婚してからは街や村に行くのはいつだって公爵夫人としてで仕事でしたけど、もう今の私は前公爵夫人でしかも未亡人ですし、目立たない格好をして若いメイドと一緒に吟遊詩人の歌を聴きにいくというのも楽しいかもしれません。


「そうね、行ってみようかしら。旦那様が死んでしまってからどこにも行ってませんし」




 アンナとマリリンという名のメイドたちに連れられて街を歩きます。吟遊詩人を屋敷に呼んで歌わせることもできますけど、宮廷楽師と吟遊詩人は違います。技量の優劣ではなく、その演奏と歌声が似合う場所というものがあると思うのです。


「奥様、あの広場です!」

「もうすぐ始まるみたいですよ、人がいっぱい集まってます!」


 屋敷の料理長に私から命じて差し入れ用のお菓子を準備してもらった2人は、張り切って案内してくれます。


 そこにいた吟遊詩人は、なるほど若い女の子が好きそうな甘い綺麗な顔立ちをしていました。青い垂れ目が人懐こそうな印象を与えます。子犬っぽいお顔とでもいうのでしょうか。死んだ旦那様は彫刻のように整ったお顔でしたから、微笑ましいですね。


「今宵は集まっていただきありがとうございます。皆さんのために歌います」


 そう言って歌い始めた彼の声はとても素晴らしいものでした。竪琴の腕は少しばかり拙いですが、少し掠れた甘い声で囁くように歌う恋歌がなんともいえず耳に残るのです。お顔は子犬のようで可愛らしいし、歌声は素晴らしいし、なんだか胸がきゅんといたします。

 アンナとマリリンがきゃあきゃあ言いながら差し入れのお菓子を渡しています。相場がわかりませんが、置かれた皿には様々な額の硬貨が入れられていますので、10万ギル硬貨を1枚入れます。


「ありがとうございます!俺の歌、気に入っていただけましたか?」


 ニコッと笑うお顔が本当に可愛らしくて、また胸がきゅううんとします。


「ええ、また聴きにきますわ」

「はい!奥様に喜んでいただけるようにたくさん練習しますね!」


 健気です。子犬のようでわしゃわしゃしたいです。きゅううん。




 それから私はアンナとマリリンと一緒に吟遊詩人の演奏会に通い詰めました。これほど充実した日々を送るのはいつぶりでしょう。気に入った楽師や画家等のパトロンになって支援する貴族も多いですが、そういうのではないのです。


 私は皆で彼を愛でたい。


 気に入らなければいつでも立ち去ることのできる街の広場で皆に喝采を受ける姿を見たいのです。

 屋敷に呼んで私のためだけに歌わせることは簡単ですが、そうではなくて、ああ!もどかしい!どうすればこの想いが伝わるのでしょう!


「奥様は宝箱を開けたことはありますかぁ?」

「自分の宝箱をいつ開けるべきか、てお貴族様も平民と同じように悩むものなんですよね?私たちはまだなんですけど、悩みすぎて結局開けないまま死んじゃう人も多いじゃないですか」


 すっかり仲良くなって世間話もするようになったアンナとマリリンに世間話の一環として訊かれます。

 一生に一度だけ手に入る、自分のためだけのアイテムですね。手に入れても使用方法がわからないまま終わることも多く、アイテムに関しては話題が尽きません。死んだ旦那様はそういえばアイテムを手に入れないままでしたね。


「私はまだ宝箱を開けていませんけど、老い先短い身ですし、旦那様への話の種に探しに行ってみましょうか」

「ええー?奥様、そんな理由で宝箱開けにいくんですか?!」

「死んだ旦那様への話の種に、ダンジョンに潜るんですかぁ?!」

「そんな深層に潜るわけでもありませんし、私はこう見えて結構強いのですよ?」


 貴族は有事の際に民を守るのが仕事ですし、旦那様の求婚の言葉は“君のモーニングスター捌きに惚れた”でしたから。




 久しぶりに愛用のモーニングスターを振りますが、やはり鈍っていますわね、かつては“モーニングスターを持たせたらあの月よりも輝く”とまで言われていましたのに。ぶんぶんと音を立ててモーニングスターを振り回すと、アンナとマリリンだけでなく、屋敷の騎士たちまで引き攣っていますが、これではきっとオーガ程度しか相手にできませんわ。若い頃はドラゴンも瞬殺できましたのに、私も年を取りました。


「奥様、面白そうなので私たちもついて行ってもいいですかぁ?」


 マリリンはやや間延びした話し方をしますが、元々こういう話し方ということでもう慣れました。


「構いませんよ、浅層程度のモンスターでしたら私1人で全て粉砕できますしね」

「わ・わー、奥様、頼もしーい・・・!」


 現れるモンスターを瞬殺しながら浅層を進みます。やはりたまには運動しないとダメですね。この程度では準備運動にもなりませんけど。


「あ、奥様、あれ!あれ宝箱じゃないですかぁ?」

「おや、本当に浅層で簡単にみつかるのですね」


 特に何かを欲しいわけではないのですけれど、何が出てくるのでしょうか、ちょっとワクワクしますね。


 宝箱を開け、中に入っていたのは、細い棒のついた丸い紙でした。何やら煌びやかに飾りがついていますけど、これは一体何でしょうか?


「奥様、何ですかぁ、それ?」

「何でしょうね・・・?」

「神殿に行きましょう、何であっても神の啓示をもらわないと使えないですし」


 公爵夫人として、異国の品も含めて色々なアイテムを見てきたつもりですけど、全く何だかわかりません。




 神殿に行くとアイテムの啓示を求める人でごった返していました。私のように死んだ旦那様への話の種にとアイテムを手に入れるような者はあまりいないでしょうね、とふとおかしくなります。


 祭壇にアイテムを載せ、神に祈りを捧げると天から光が降り注ぎ、ミスリル板に文字が浮かび上がりました。


 “キラキラウチワ”

 “応援したい者へ想いが伝わる”


 あらまあ。

 この”キラキラウチワ“というアイテムを使えば、吟遊詩人を応援できるのでしょうか?なんだかワクワクしますわね!


「奥様ならお金の力で吟遊詩人1人くらい囲っちゃえますよね?」

「屋敷で私のためだけに歌わせることはできますけど、それだと今まで街の広場で歌を聴くのを楽しみにしていた、あなたたちみたいな子たちが皆聴けなくなってしまうでしょう?それにあの吟遊詩人も、たくさんの人に自分の歌を聴いてもらいたいでしょうし」


 実際、気に入った楽師を囲って自分のためだけに演奏させるような貴族もいますけれどね。私がしたいのはそういうことではないのです。




 神殿で考察屋を紹介してもらいます。わからないものを眺めていてもわからないままですし、専門家がいるのなら専門家に任せた方が良いのです。


 店の扉を開けると、チリンチリンと扉の上部に取り付けられたベルが鳴ります。


「いらっしゃいませ。異世界アイテム取り扱い考察店へようこそ。店主のルナ・イザヨイと申します」


 癖のない長い黒髪をきっちりと結い上げた、姿勢の良い細身の女性が座っています。銀縁の眼鏡越しに見える切れ長の眼も黒で、城の文官のような雰囲気の方です。


「神殿からの紹介で来ましたの。アイテムの使用方法を考察していただきたいのですが」

「ご存じかと思いますが、必ずしも使用方法が判明するとは限りません。判明しなかった場合も考察料の3万ギルの返金はありません。よろしいですか?」

「はい。承知しております」


 私は3万ギルを支払い、店主の前のテーブルにアイテムを載せます。


「“キラキラウチワ”です。効能は“応援したい者へ想いが伝わる”です」


「きらきら団扇ぁぁ?!いや、これも文化といえば文化なんだろうけど、なんだってきらきら団扇・・・」


 それまで物静かな印象だった店主が口元を引き攣らせて半眼になります。何か問題があるのでしょうか?


「失礼いたしました。少々取り乱してしまいました。確認させていただきたいのですが、推し・・・いえ、お好きな楽師とか歌い手がいらっしゃる?」

「まあ!よくおわかりになりましわね!市井で歌っている吟遊詩人がいるのですが、この2人のメイドに誘われて一緒に聴きにいったところ、年甲斐もなくすっかり気に入ってしまいましたの!」

「失礼ですが、高位貴族のご婦人とお見受けします。市井の吟遊詩人1人くらいなら、パトロンになって自分のために歌わせることも可能なのでは?」

「皆同じことを言うのですけど、それではこの子たちのようにあの吟遊詩人の歌を楽しみにしていた者たちが聴けなくなってしまいますでしょう?民の娯楽を奪うのは貴族として本位ではありませんし、ある程度の支援ならしても良いのですけれど、それで奏でる曲や歌を私の嗜好に合わせてしまうようではあの吟遊詩人の良さを失ってしまうと思うのですよ」


 あの子は自由に自分の奏でたい曲を奏で、歌いたい曲を歌ってこそ輝くと思うのです。そして私はそれを客の1人として愛でたいのです。


「なるほど、同担歓迎でリアコでもないと。マナーの良いファンですね」

「ドウタン?リアコ?なんですか?」

「いえ、こちらの話です。きらきら団扇の使い方ですね。わかりますよ、説明します」

「まあ!もうわかりましたの?すごいのですね、考察屋というのは」


 私にもメイド2人にも全く使い方の想像もつかないアイテムでしたのに。


「まず使い方ですが・・・」

「あ、お待ちになって。成功報酬はおいくらですの?」


 お金には困っていませんけど、考察屋の成功報酬は割と高額になると聞きますから、確認はしておきませんとね。


「・・・推し、でなく、お好きな吟遊詩人を思う存分応援して、納得いただけたらお好きなように値段をつけてください。このアイテムは推し活、いえ、人生を楽しむためのものですので、特に生活や戦闘に関わるものでもありませんから、いくらでも構いませんよ」


 客に値段をつけさせるとは、よほど自信があるのですね。侮れません。


「この団扇の何も書かれていない部分に文字を書き込みます。そして演奏会の場で推し、その吟遊詩人にその文字が見えるように持って振るのです。書く文字はなんでも構いません。“こちらを見て”とか”笑って“とか”手を振って“とか些細な事で、でもしてもらって嬉しいことを書いてください」

「え?お待ちになって。もしその文字を読んだら、もしかしてあの子が歌いながら私を見て笑いかけてくれたり、手を振ってくれたりするかもしれないということですの?!そんな、そんなこと・・・!」

「わぁ、奥様!お気を確かに!」


 あまりのことに眩暈がしてしまいました。そんな、そんな幸せなことがおこっても許されるのでしょうか?!


「ただ、吟遊詩人も歌うことに集中しているでしょうから、書いてあることができないこともあるでしょうが、それを責めたりはしないでくださいね」

「そんな!責めるなんてとんでもありませんわ!」


 あの子は聴いている皆のために歌うのですもの、責めたりするものですか!


「あとこのアイテムは誰でも作れるし真似することができるものですから、お客様を見て自分もと思う者が出てくるかもしれません。寛大なお心で許してあげてください」

「あの子を応援したいという者がそれだけ増えるということでしょう?!許すに決まっています!」


 あの子の歌が好きなたくさんの観衆に囲まれて、一緒に応援できるなんて、なんて幸せなのでしょう!


「では、愛する推しのために、きらきら団扇を振って振って振りまくってください。ご健闘をお祈りします」


 にこりと微笑んだ店主に見送られ屋敷に戻ります。


「奥様、なんて書きますかぁ?」

「やっぱり“こっち見て笑って”とかですかね?!」


 マリリンとアンナがワクワクしているのを隠すこともなく詰め寄ってきて、侍女長に「無礼ですよ!」と引き剝がされています。


「見てくれたとわかりやすいように“手を振って”にしておきましょうか」


 煌びやかな装飾の施された丸い紙の中心に”手を振って“と書いてみます。これを持って広場であの子の歌を聴くのですね、今から胸がドキドキします!




 今日も広場には人がたくさん集まっています。

 私は胸元に”キラキラウチワ“を持ち、後ろの方で歌を聴きます。いつ聴いてもなんて良い声でしょう。うっとりしますわ。

 最後の歌が終わり、竪琴の音がポロンと余韻を残し、皆がほうっとため息を漏らします。

 そしてあの子が立ち上がり、私の方を向いてニコッと笑って手を振ってくれたのです!


「「「きゃー!!!」」」


 周囲から歓声が上がり、私は夢中で”キラキラウチワ“を振り回しました。


 旦那様、私まだまだそちらには参れません!


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― 新着の感想 ―
奥様は深層の御令嬢な撲殺天使でいらしたか… 吟遊詩人もご本人様と知らずに若かりし頃の奥様のサーガとか歌ってそう。
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