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5.与一の弓

 俺は子供の頃天才だと言われていた。弓でどんな的でも真ん中を射抜けたし、鳥やうさぎを狩っては晩飯のおかずを増やして家族に喜ばれてた。同年代の奴で俺より弓の巧いやつなんていなかった。


 いい気になってたんだ。


 周囲に誉めそやされて、村の的当て大会で大人たちを差し置いて1位になって俺は誰よりも強いと思い込んでた。畑を耕してる農民の父さんを見下して、俺は大人になったらこの弓の腕で街の騎士団に入って、凶悪なモンスターを討伐して英雄になるんだと偉そうに言っていた。


 何も知らない子供の俺は傲慢だったんだ。


 凶悪なモンスターを、鳥やうさぎと変わらないと思っていた。


 ある時、凶悪なモンスターが村を襲った。皆が街へ避難しようとしている時に、俺は、俺があのモンスターを討伐してやる!と息巻いて走ったんだ。父さんと母さんと兄さんが止めるのも聞かずに。

 モンスターは鳥やうさぎと同じじゃなかった。


 それは黒い鱗をしていた。

 それは血の色の眼をしていた。

 それは全身に嵐を纏っていた。


 その血色の眼に見降ろされて俺は震えが止まらなくなり、弓をつがえるどころか足が震えて立てなくなった。俺はこのままこのモンスターに殺されるんだ、そう思った時、俺を突き飛ばしたのは父さんだった。


「逃げろ、ウィル・・・!」


 それが父さんを見た最後だった。父さんは俺と違って弓も下手だし喧嘩も弱いし酒も弱くてずっと馬鹿にしてたのに、勝手にモンスターに近づいた馬鹿な俺なんかを庇って死んじまったんだ。


 それから俺は生き物に弓を射ることができなくなってしまった。動かない的なら同じように射れる。だけど、生き物相手だと、どうしてもあの時のモンスターの血色の眼を思い出して脂汗が流れて足が震えるんだ。


 俺のせいで父さんは死んだのに、母さんも兄さんも俺を一言も責めなかった。お前のせいで!と詰ってくれればいいのに、息子を守って死んだ父さんはいい男だっただろ!と母さんも兄さんも笑うんだ。


 弓が下手でも喧嘩が弱くても、馬鹿な息子のために凶悪なモンスターに向かっていった父さんは最高に強くてかっこよくていい男だった。


 あの時のモンスターは、街から騎士団が駆け付ける前にどこかに行っちまった。今もどこかで生きているに違いない。




 今日も俺は1日の畑仕事が終わった後に木の的に向かって弓を射る。木の的相手ならいつだってど真ん中を射抜ける。でもこれじゃあダメなんだ。いつかまた今度は母さんや兄さんがモンスターに襲われた時、俺はまた何もできないまま震えているのか?木の的にいくら矢が命中したところで、大切な人を守れなければ何の役にも立たない。


「なあウィル、宝箱を探しにダンジョンに行ってみないか?お前の弓の腕はいつだって最高だ。モンスターと戦うのは冒険者や騎士の仕事だが、村では畑を荒らすうさぎや鳥や鹿を仕留めてほしいことの方が多いし、皆から喜ばれる。お前の時間があの時から止まっているのを父さんも喜ばないぞ?」


 あんなに簡単に仕留めることができていた小動物でさえ、一切狩れなくなってしまった俺を心配した兄さんにダンジョンに誘われる。うさぎや鳥や鹿は怖くない、怖くないのに弓を射ようとするとあの時の血色の眼を思い出して身体の震えが止まらなくなる。宝箱を開けてアイテムを手に入れれば何か変わるのだろうか?




 ダンジョンの浅層とはいえモンスターは出る。戦えない俺の替わりに兄さんが弓でモンスターを射る。兄さんも昔から俺ほどではなくても弓は普通に使えた。


「父さんは、“俺の息子は2人とも俺に似ずに弓の名手だ!”とよく自慢していたぞ。特にお前はどんな遠くの的でも射抜いて、空高く飛んでいる鳥もなんなく射落としてた。将来この村を守ってくれる自慢の息子だといつも言っていた」

「俺もそのつもりだったよ。俺は誰よりも強いんだ!と偉ぶって嫌なガキだったよな。村を守りたい、あのモンスターを倒して父さんの敵を討ちたい、なのに、今の俺はうさぎを前にしても手が震えるんだ・・・!」


 握りしめた手の平に爪が食い込んで血が滲む。そうだ、俺がうさぎすら射れなくなっても弓の稽古を止められなかったのは、父さんの敵を討ちたかったからなんだ。


「あ、宝箱があったぞ。開けてみろよ」


 俺を痛ましそうに見ていた兄さんが、気を取り直したように指差した先には言われた通り宝箱があった。昔は、冒険者になってダンジョンの深層に潜って凶悪なモンスターを討伐して素材を手に入れたり、高額なアイテムを手に入れるのでもいいよな、なんて簡単に考えていたんだよな。


 宝箱を開けると、そこには古びた弓と、なんかよくわからない細い木を束ねたようなものが入っていた。なんだこれ?変に触って壊れても困るしな。


「弓か!やっぱり神はお前に弓を射ろと言ってるんだよ!」


 兄さんは嬉しそうに俺の背中をバンバンと叩くけど、俺は内心複雑だった。

 弓を射るだけなら射れるけど、生き物相手には射れないからな。




 神殿に行くと、アイテム鑑定の間は順番待ちの人でごったがえしてた。世の中こんなに宝箱を開けるためにダンジョンに行く奴が多いんだな。深層の高額換金用のアイテムを探す冒険者も多いだろうけど、中にはボロボロの服を着た子供や年寄り、貴族の奥様みたいなのもいる。神が本当に必要なアイテムを与えてくれるのは1度きりだ。1度きりのチャンスを使う奴がこんなにたくさんいるんだと思うと、悩んでるのは自分だけじゃないんだなとちょっと思えた。




 祭壇にアイテムを置いて神に祈りを捧げる。俺は父さんの敵を討ちたい、そしてあの村を守りたいんだ。

 天から光が降り注ぎ、ミスリルの板に文字が浮かび上がった。


 “ヨイチノユミ”

 “ヒオウギ”

 “百発百中の弓”


「すごいじゃないか!百発百中の弓だってよ!」

 兄さんが喜ぶが、的に当てるだけなら今でもそれなりには当たるんだけどな。それに“ヒオウギ”てなんだ?




 村に帰っていつも通り的に向かって“ヨイチノユミ”で矢を射てみるが、特に何かが変わったような気はしない。そもそも”ヨイチノユミ“を使わなくても的の真ん中を射抜くのは別に難しくない。兄さんが替わりに使ってみても同じだった。そしてやっぱり鳥を射ようとすると身体が震えて射ることができないのも変わらない。


「やっぱり何か使うための条件があるんだろうなあ・・・もうひとつ入ってた”ヒオウギ“?も何に使うのかわからんしな。よし!考察屋に行ってみよう!街の考察屋で最近ちょっと有名な店があるから行ってみたかったんだよ」


 兄さんは昔から楽しいことが好きな人だ。いつまでも落ち込んでる俺を見ていられなかったというのもあるだろうが、自分も楽しみたいんだろうな。




 街に行って最近有名だという考察屋の扉を開けると、チリンチリンと扉の上部にくっついてるベルが鳴る。


「いらっしゃいませ。異世界アイテム取り扱い考察店へようこそ。店主のルナ・イザヨイと申します」


 黒髪に黒い眼のまだ若い女が座ってた。なんかツンとした感じの頭の良さそうな女だ。


「アイテムの使い方がわからないんだが、ここで教えてくれるのか?」

「必ずしも使用方法が判明するとは限りません。判明しなかった場合も考察料の3万ギルの返金はありません。それでもよろしいですか?」

「あ、必ずわかるわけじゃないんだな。まあ、そうだよな、意味わからんアイテムも多いっていうもんな」

「私たち考察屋は、神殿で啓示されたアイテム名と効能から使用方法を考察するだけですので、必ず使用方法がわかるとは言い切れません」

「まあいいや、よろしく頼む」


 俺は3万ギルをテーブルに置く。3万ギルって結構大金だけど、兄さんがワクワクしてるし、使い方がわからんアイテムを持ってても仕方ないしな。


「確かに。ではアイテムを見せてください。神殿での啓示内容もお願いします」


「“ヨイチノユミ”と“ヒオウギ”だ。効能は”百発百中の弓“なんだが、別に他の弓を使っても的に当てるのは簡単だし、この”ヒオウギ“って木の束も何かわからんし・・・」


 店主は俺が全く何かわからんし壊したら困るからとほとんど触っていなかった“ヒオウギ”を手に取った。


「檜扇ですね。これはこうやって開くのですよ」


 よくわからん木の束と思っていた“ヒオウギ”を店主が両手で横にずらした途端、木の束がパラリと広がって赤い地に金色の丸が光っていた。


「なんだなんだ?!それ横に広げるもんだったのか?!」


 兄さんと2人でびっくりだ、考察屋ってすごいんだな、初めて見るアイテムの使い方がすぐわかるなんて!


「この与一の弓にはおそらく起動方法があります。この檜扇は与一の弓が正しく力を発揮するために使用する道具ですが、機会は1度のみです。失敗したら与一の弓はただの弓です」

「1回しか試せないのか?」

「私の考える起動方法が正しければおそらくは」


 俺は考える。このままでは俺はずっとモンスターどころか小動物も狩れない、木の的しか射れない狩人のなり損ないだ。チャンスが1度きりというのはいいかもしれない。失敗したらもう二度と弓は持たずに畑を耕して生きていけばいいじゃないか。


「教えてくれ。あ、でも成功報酬ってどうなるんだ?1度きりの方法を失敗したとしても使い方はわかったから成功報酬は払うってことなのか?」

「あまりないパターンですからね、起動に失敗したら成功報酬は半額ということでいかがでしょう?」

「何回かに分けて払うのってできる?」

「大丈夫ですよ」

「ならそれで頼む」


 効能によって成功報酬は違うみたいで、俺の場合は起動した本人にしか使えないアイテムらしいとのことで、成功報酬は100万ギルだった。これが誰にでも使えるようなアイテムだったり、効能が凄かったりするともっと金額は上がるらしく、100万ギルというのは成功報酬の中ではかなり安い方だった。考察屋って儲かるんだな。


「この檜扇を誰かに広げて持ってもらい、それを与一の弓で射ます。ちょうど金色の丸がありますから、的としてわかりやすいですね。ただし距離は70メートル以上離れて、水に浮かべた船の上で檜扇を持ちます。本来は海でやるものですが、この辺は内陸ですし、川や湖でも大丈夫だと思いますよ」

「ちょっと待て、失敗したらこの”ヒオウギ“を持ってる人に当たるかもしれないってことだろう?!」

「そうです。よほど腕に自信がなければやってはいけません」


 兄さんと顔を見合わせる。湖は森の中にあるし、船も鱒を釣るための村の共有の船が何艘かある。でも揺れる船に乗った人が持つ的を狙ってもし失敗したら・・・


「大丈夫だウィル、俺がその“ヒオウギ”を持つから、お前は自分を信じてただ的を狙え!」

「兄さん、だけど・・・」

「父さんが生きてたら、きっと”俺がそれを持ってやるから頑張れ!“って言ってるさ!」




 俺たちは森の湖にやってきた。今は鱒釣りの季節じゃないから人もいない。


「じゃあちょっと行ってくるな!」


 兄さんが笑って船を漕いでいく。70メートル以上って結構距離あるな。


「この辺でいいかー?!」


 兄さんが船に立ち、“ヒオウギ”を掲げているのが見える。“ヒオウギ”の中心が金色に光っている。

 できるのか?俺に。

 俺はゆっくりと“ヨイチノユミ”を引く。

 ただの的ならこれくらいの距離は大丈夫なんだ。でもあの的を持っているのは兄さんで、生きた人間で・・・!


 手が震える。両足ががくがくいってる。でもこれを乗り越えないと俺は・・・!


 兄さん、父さん、神様・・・!


 “ビイインンン”


 弓弦が大きな音を立てる。

 俺の射た矢が飛んでいくのがものすごくゆっくりと見えた。

 そしてその矢が“ヒオウギ”の中心の金色の丸を射抜き、兄さんの手から”ヒオウギ“がゆっくりと湖に落ちていくのを、俺は呆然と眺めていた。


「やったな、やったな、やっぱり俺の弟は天才だ!」


 急いで船を漕いで戻ってきた兄さんに抱きつかれる。


「やった、けど、これで俺は”ヨイチノユミ“を使えるようになったのか?」

「帰りにうさぎとか鹿がいたら射てみたらいいじゃないか」


 だが帰り道では何故か全然動物がいなかった。虫や鳥の鳴き声もしない。嫌な感じだ、まるであの日あのモンスターが村を襲った直前のような・・・




 森を抜けかかったところで悲鳴が聞こえた。兄さんと顔を見合わせて走る。


 それは黒い鱗をしていた。

 それは血の色の眼をしていた。

 それは全身に嵐を纏っていた。


 あの時のモンスターがまた村を襲っている!

 頭の中心がシンと冷えるのを感じる。

 矢筒から矢を抜き“ヨイチノユミ”をつがえる。

 やつの紅い眼が煌々と光っており、そこだけが見える!


 “ビイインンン”


 弓弦が大きな音を立て、俺の射た矢がやつの眼に突き刺さるのが見え、やつはこちらを見てゆっくりと地響きを立てて倒れていった。

 街からやってきた騎士団によると、あのモンスターの急所は眼で、眼を正確に射抜くことができたので即死だったらしい。


「せっかく騎士団に誘われたのに行かなくていいのか?」

「うん。この村は野生動物の被害も多いし、モンスターに村が襲われたときに騎士団を待つ間にも被害が出るだろ。それにあのモンスターを騎士団が買ってくれたから、考察屋への成功報酬も払えるし」


 俺が街の騎士団で粋がってる間に村がモンスターに襲われて、母さんと兄さんが殺されてた、なんてことになったら俺はもう二度と立ち直れないだろうしな。


 俺は“ヨイチノユミ”を使って狩人としてこの村を守っていくのさ。


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― 新着の感想 ―
和弓と洋弓の違いは弘法は筆を選ばず(ファンタジー)としても、使ったことのない弓で試し射ち不可一発勝負を当てられる奴にはもはや必中効果は無粋なんではないかな…。
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