3.弘法大師の杖
俺の名はアーキル。
俺の育った村は貧しかった。水は少なく、土地は痩せ、弱い者から死んでいく。
成人まで生き延びることができた者は村から出て働き村に仕送りをしたが、いつしか仕送りが止まる者や、帰らない者も多かった。外の世界を知ってしまうとあの村には戻りたくないと思うのもわからないではない。
だが俺は村を捨てられなかった。村には幼馴染のリーファとその両親がいる。俺の父は出稼ぎに行ったまま帰らず、母は流行り病で死に、リーファの両親が自分たちも大変なのに俺をリーファと一緒に育ててくれたのだ。リーファは今も村に残り、年老いた両親の面倒をみている。リーファの両親は俺にリーファを連れて村を出ろと言ったが、当のリーファは拒否し俺も拒否した。
俺たちはかつて戦いで負けたためにあのような不毛の地に追いやられた一族だ。あの村の者だと知られると地域によっては迫害されることもある。俺たちには血統による魔法があるのだ。だがそれを使うとすぐに身元がばれるので、よほど命の危険がない限りは使わない。俺も普段は剣士として冒険者登録をしている。
冒険者としてモンスターを狩ってその素材を売ったり、時折みつかる宝箱から手に入るアイテムを売ってその金を村に送る。
だがいつまでこんな生活を続ければ良いのだろう。なるだけ高価なアイテムが出ることを願って宝箱を何度か開けてきたが、時折、一生に一度だけ手に入るという、自分に本当に必要なアイテムを求めて宝箱を探す者の護衛を何度かするうちに、俺にとって、あの村にとって本当に必要なアイテムとはなんだろうかと考えるようになった。
高価なアイテムが手に入れば高く売れる。過去にエリクサーが手に入った時にはこれで村の者たちが1年は食料と水に困らないと思ったが、このエリクサーがあれば救える命もあるのにと思った。あの時もしリーファかその両親が死に瀕していたとすれば、俺は間違いなくエリクサーを使っただろう。だが村の他の者に対して使ったかと言われるとわからない。結局エリクサーは村の1年分の食料と水になった。
俺はリーファとその両親と村で餓えることなく穏やかに暮らしたい。あの村で餓えることなく穏やかに暮らしたいというのはとても贅沢な望みだ。だが、これまで何人もの自分のためだけに神が与えてくれたアイテムを手に入れた者を見ていると、出稼ぎをして仕送りをするのではなく、何か手に入れることはできないかと望みを抱くようになった。
高額換金用のアイテムではなく、自分に本当に必要なアイテムを求めて宝箱を開けるのならば、ダンジョンの浅層で十分だ。先日も護衛依頼を受けた貴族のお嬢さんが、売ったらどれほどの高値がつくのだろうというような、素晴らしい布を手に入れていたし。
俺は1人でダンジョンの1階層を探索する。ダンジョンの中ですら、豊かな森と水があるというのに、俺の村は砂埃が舞い、少ない水を分け合って飲んでいる。
「はは、本当にこんなに簡単に宝箱がみつかるんだな・・・」
高額換金用のアイテムを求めてのダンジョン探索では危険な深層に潜らなければならないのに、自分のために本当に必要なアイテムをと祈りながら探索すると恐ろしく簡単に目の前に宝箱が現れた。
神殿によると、これは深層に潜るだけの体力も財力もない幼い者や病気の者が、本気で祈りを捧げて神が聞き届けた際に宝箱をみつけやすいようにという措置らしい。その代わりに使用方法は難解なことが多いが。
高額換金用のアイテムも村とリーファのために本当に必要だったのだがな。
汎用性のある高額換金できるアイテムは大概がダンジョンの深層の宝箱から出現するため、それは手に入れるための過程が試練となっていると言われている。
手に入れるのは容易だが使用方法に悩ませられる試練か、手に入れるのには苦労するが使用方法はわかりやすいか、神は宝箱のアイテムにどちらかの試練を課すものらしい。
宝箱を開ける。
中には古びた金属の杖が入っていた。先の方に金属の輪がいくつもついており、振るとシャランシャランと音がする。
この古びてところどころ錆びた杖が俺に本当に必要なアイテムだというのか。
とりあえず、神殿に行って神の啓示を受けねばなるまい。どういったアイテムなのかさっぱりわからないのだから。
神殿の祭壇に杖を置き、神に祈りを捧げる。
天から光が降り注ぎ、ミスリル板に文字が浮かび上がった。
“コウボウダイシノツエ”
“水が湧き続ける。1度しか使えない”
水が湧き続ける?!
どれだけの水がどこに湧くんだ?!
くそっ!1度しか使えないなら色々試してみることもできないじゃないか!だが、本当に水が湧くというのなら、あの枯れかけた井戸が1つしかない村に新たな水源ができるかもしれないということだ!
神は本当に俺たちを見守っていてくれたんだな!
1度しか使えないなら慎重にいかなければならない。俺はできるだけ成功率を上げるために、最近名の知れてきた“異世界アイテム取り扱い考察店”に行ってみることにした。しかし何故異世界などと銘打っているのだろうか。大概の考察屋は自分の名をつけた考察店としていることが多いものだが。
店の扉を開けると、チリンチリンと扉の上部に取り付けられたベルが鳴る。
「いらっしゃいませ。異世界アイテム取り扱い考察店へようこそ。店主のルナ・イザヨイと申します」
癖のない長い黒髪をきっちりと結い上げた黒い眼の女が座っている。銀縁の眼鏡越しの切れ長の眼は感情の色を乗せずに俺を見遣る。
「神殿での啓示で使い方がわからんアイテムが出たんだが、考察してもらいたい」
「ご存じかと思いますが、必ずしも使用方法が判明するとは限りません。判明しなかった場合も考察料の3万ギルの返金はありません。よろしいですか?」
「問題ない」
意味不明のアイテムは考察屋に持ってきても使用方法がわからないことの方が多い。この店主はその中でも7・8割のアイテムの使用方法を解き明かしていると聞く。とんでもない凄腕だ。考察料の3万ギルを店主の前に置く。
「確かに。アイテムを見せていただけますか」
店主が淡々と3万ギルを片付けたテーブルの上に古びた金属の杖を乗せる。金属の輪がシャランと音を立てた。
「“コウボウダイシノツエ”だ。効能は水が湧き続ける。1度きりしか使えない」
店主が眼鏡の縁をクイッと上げた。
「弘法大師の杖ですね。おそらくですが、使用方法はわかりました」
「なにっ?!もうわかったのか?!」
普通はもっと、長い考察屋だと数日とか考察期間を置くこともあるはずだ。
「おそらく、ですが。1度きりしか使えないのでは試してみることもできませんしね」
そうだ。せっかくのアイテムを失敗してしまったら取り返しがつかない!
「教えてくれ!成功報酬は今の俺の全財産が500万ギルほどなんだが、足りなければ何年かかってでも払う!水があれば・・・!」
「落ち着いてください。貴方の故郷は、常に水不足に喘いでおり土地は痩せ、静かに滅びを待っているような状態、で間違いありませんか?」
何故それを知っている?!まさか、俺の村や一族の血統魔法が知られているのか?!場合によってはこの女を殺さねば・・・
「だから落ち着いてください。そのように殺気立たなくても大丈夫です。弘法大師の杖はそういうアイテムなのです。貧しく痩せた土地に赴き、その地の人々のために泉を湧かせたという逸話を持つ弘法大師と呼ばれる高名な神官の持つ杖なのですよ」
「・・・失礼した。そのように高名な神官がいるのだな。店主殿は博識だ」
危ない、血統魔法が暴走してしまうところだった。
「成功報酬は300万ギルで結構ですよ。ご自分の故郷を復興することを願う方から全財産毟り取る気はありません」
俺の殺気を浴びたというのに、なんと寛大な女性だ。リーファがいなければ惚れていたかもしれない。
「貴方の故郷に帰って、何もない広い場所でその弘法大師の杖を地面に打ち付けてください。それでその場所に泉が湧き出てくるでしょう」
「杖を地面に打ち付ける?ただそれだけか?」
「ただそれだけです。枯れることのない澄んだ泉がこんこんと湧き出るでしょう。そしてその弘法大師の杖は泉の畔で木となって根を張り、村の人々を見守り続けてくれるでしょう。1度きりしか使えない、そういうアイテムなのです、これは」
店主がまるで神殿の神具を捧げ持つかのように、両手で“コウボウダイシノツエ”を持ち俺の手に握らせた。
「貴方の故郷に幸あらんことを。幸運を祈ります」
俺は無言で礼をした。この店主こそが俺にとっては正にコウボウダイシのように清廉な存在だった。
「アーキル、おかえりなさい!」
村に帰り、飛びついてきたリーファを抱きとめる。また痩せてしまったようだ。1年ぶりに帰ってきた村は、皆瘦せ細り目だけがぎょろぎょろしている。台地はひび割れ、草も生えていない。
「アーキル、村の井戸がもう枯れそうなの。動ける者はばらばらにどこかに移住しなければならないわ。父さんはもう足が弱ってしまっていて、アーキル背負ってあげてくれる?」
リーファが涙ぐみながら話す内容に、ぎりぎりで間に合ったようだと安堵の息を吐く。
「大丈夫だ、おそらく水は俺がどうにかできる。そういうアイテムを手に入れたんだ」
「枯れた井戸を元に戻すアイテム?」
「違う。村の中心に行こうか」
小さな村だから、中心はすぐだ。何事かとついてくる者もいる。
俺は“コウボウダイシノツエ”を包んでいた布を取り、ゆっくりと掲げた。
「信じるぞ、店主殿!“コウボウダイシノツエ”よ、頼む!この地に泉を!」
杖を大地に打ち付けた瞬間、シャラン!と輪が鳴り響き、打ち付けた杖の先から大地にじわじわと水が湧き出てきてゆっくりと広がり、声もなく見つめる村人たちが頽れるようにその水に手を浸し、口を漱ぎ、滂沱と涙した。
「水だ・・・!」
「綺麗な水だ・・・!」
「アーキル、アーキル、ありがとう、大変だったよね、ずっと仕送りしてくれて、いつも水と食料買ってきてくれて、こんな傷だらけになって、私たちを見捨てないでくれて、ありがとう・・・!」
「俺がリーファとおじさんとおばさんを見捨てるわけがないじゃないか!これでどこにも行かないで済む、この泉は枯れない。もう水に困ることはないんだ・・・!」
俺とリーファは泣きながら抱き合った。村人たちもみんな泣きながら笑って、好きなだけ水を飲んで身体を洗った。この村では身体を洗うなんてとんでもない贅沢だったがこれからは違う。料理も洗濯も風呂も自由に水が使えるんだ。
「アーキル、あれ・・・!」
リーファが指さすのを見ると、“コウボウダイシノツエ”が泉の中心からゆっくりと浮かび上がり、俺の手に戻ってきた。
「ありがとうございます」
“コウボウダイシノツエ”はそれに応えるようにシャラン!と鳴り、泉の畔に吸い付くように刺さるとゆっくりと大きな木に姿を変えていき、その根元には小さくいくつもの草の芽が出ていた。
「金属の杖が木になった・・・」
「そういうアイテムなんだと考察屋の店主が言っていた。この先ずっと俺たちを見守ってくれるらしい」
「あたしたちの子供やその先の孫やずっと先までこの木が見守ってくれるの・・・?」
「ああ、この村が続く限りずっとこの泉とこの木はここにあるんだ。神は俺たちを見捨てなかった」
いつの日か、この泉を中心に村は緑に溢れていくだろう。ひび割れた大地が蘇るには時間がかかるだろうが、決して枯れない水があれば村人たちは頑張れる。俺が見ることはできないかもしれないが、俺たちの子か孫か、あるいはもっとずっと先かもしれないが、でもそれは確実に訪れるこの村の明るい未来。
清らかな泉と大きな木の畔で子供たちが笑いさざめく、胸が痛くなるほどに美しい、豊穣の未来だ。




