閑話 芸と知識は身を助く
ちょっと短いですが、店主の事情です
私の名前は十六夜 月。
日本の由緒正しい旧家に生まれ、そういう世代の親に月と書いて“るな”と読ませるキラキラネームを付けられた。子供のうちや、せいぜい20代くらいまでならともかく、年取ったらるな婆さんじゃないか。キラキラネームが流行った世代の親たちは、もっと子供の老後のことまで考えて名付けるべきだと思う。あだ名は“つきちゃん”や“げつちゃん”だったし。
由緒正しい旧家である我が家には嫌な伝承がある。
“十六夜家の女児は神隠しに逢いやすい”
今の時代なら、そんなん家出とか駆け落ちとかしただけじゃないの?と思うところだが、いかんせん、我が家は由緒正しい旧家である。
神隠しから無事戻った者も存在し、戻った者が皆同じことを言ったものだから、我が家に女児が誕生した際の教育方針は何百年も前から定められている。
“芸と知識は身を助く”
神隠しに逢った際に、我が身を救うことができるだけの芸と知識を詰め込めるだけ詰め込め、ということだ。
おかげで私は幼少時からたくさんの習い事と勉強をさせられてきた。遊ぶ暇なんてまるでなかった。3歳下の弟は男児だから神隠しに逢う心配はないからと、後継ぎ教育はあったが私ほどに芸と知識を詰め込まれるということはなかった。
21世紀にもなって神隠しなんて非科学的なことがあるかいな、と我が家の理不尽な教育方針に憤りながら家の蔵を掃除していた時だった。
秋晴れの気候の良い日だったので、蔵の物を少し虫干しでもするかと一家総出で蔵に入っていたはずなのに、これはいつの時代のものだろうか、と開けた文箱から顔を上げるとそこは春だった。
何故春だと判断したかといえば、チューリップやらネモフィラやらの春の花が咲き乱れる美しい庭園だったからだ。家の暗い蔵の中にいたはずなのに、顔を上げると春の庭とはこれ如何に。
「おや、珍しい黒髪黒目のお嬢さん。どうやってこの屋敷の庭に入り込んだのかな?」
そこには銀髪銀目の西洋ファンタジーみたいな服装のやたらとキラキラしたイケメンがいた。日本語を話しているのが違和感・・・いや、日本語じゃないな?なんか普通に言葉がわかるけど、英語でもドイツ語でもフランス語でもスペイン語でもアラビア語でも中国語でも韓国語でもない。私がこれまで必死こいて習得してきたどの言語でもないのに、言っていることがわかるというのはちょっとしたホラーだ。
「家の蔵を掃除していたはずなのですが、いつの間にか他人様のお宅の庭に入り込んでいたとはつゆ知らず、失礼いたしました」
「・・・もしかして君はイザヨイ家の人かな?」
イケメンが銀色の眼を細める。なんで見ず知らずのイケメンに家の名を把握されているのだろうか、気持ち悪い。
「ああ、警戒させてしまったかな。私の名はクラレンス・リヴィエール。我が家には昔から代々嫡男にのみ伝えられている伝承があってね。我が領地には時々異世界からの迷い人が現れる。彼女らは黒髪黒目のイザヨイという姓を持つ貴族女性で、本人が望むのなら元の世界へ戻る手助けをしろ、というものなのだが」
クローゼットを抜けるとそこは喋るライオンのいる剣と魔法の世界でした、という英国の古典ファンタジーがあったが、なんで日本の旧家の蔵が西洋ファンタジーの世界に繋がっているのだろうか。
「ルナ・イザヨイと申します。初対面の方に図々しいお願いで心苦しいのですが、私が元の場所に戻る手助けをお願いできますでしょうか」
ご先祖様が何らかの縁を結んだこの銀色のイケメンの好意に甘えて、この神隠しから脱出する手段を探さなければならない。
その後私は銀色イケメンことクラレンスさんに街中の小さな店舗に連れていかれた。
「この店は過去にイザヨイ姓の迷い人が現れる度に使用していて、いない時は代々我が家が管理していた物件なんだ」
なんでも、この世界にはダンジョンとそこから手に入るアイテムがあって、そのアイテムには時々全く使用方法がわからない物があり、その使用方法を考察するという職業があり、過去に何人もやってきたご先祖様はその考察屋をやっていたらしい。
当面の生活の面倒をクラレンスさんにみてもらいながら、私は異世界アイテム取り扱い考察店をひっそりと開いた。
どう見てもこの世界のものじゃないだろう、これ、というようなアイテムとその効能を前に、代々神隠しに逢って無事戻ることができたご先祖様たちは、芸と知識は身を助くという、実に的確な教育方針を子孫に示してくれていたわけだと実感した。
クラレンスはテレサ様のお孫さんです




