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10.牡丹灯籠

 

 私はかつて医者だった。医者を志した理由は単純だ。病弱な幼馴染がいて、彼女を救いたかった。彼女は、フェリシアは、私にとって光そのものだった。彼女を救いたくて医者になったのに、私は間に合わなかった。私が彼女の侵されていた病の特効薬を開発できたのは、彼女の死後1年後だったのだ。


 彼女の両親は間に合わなかった私に、これでこの先フェリシアと同じ病気で苦しむ者がいなくなるということだ、と言って私に礼を言ってきたが、私が救いたかったのはフェリシアであって、会ったこともない他の者ではない。


 自分の手でフェリシアを救おうなどと意地を張らずに、フェリシアを救う薬を求めてダンジョンに行くべきだったのだ。実際、フェリシアの父はかつてフェリシアの母を救うためにダンジョンに行ったというし。だが、あの病気は出やすい血筋があって、根本的に治療できる薬を開発することはフェリシアの願いでもあったのだ。元気になったら、自分の子が同じ病で苦しまなくて済むようにしてほしい、と。だから私は、フェリシア亡き後も特効薬の開発を止めることができなかった。


 特効薬を開発した私は世界中から賞賛された。だが、隣にフェリシアがいなければそんな賞賛なんて何の意味もない。


 そうだ、フェリシアを生き返らせるか、もしくはフェリシアが生きている時まで時間を巻き戻すことができれば!そのためのアイテムを神に願えばいいじゃないか!


 そう思ってダンジョンに行ったが、手に入ったのは“ボタンドウロウ”という、何やら華やかな花の絵が描かれた白い紙の箱だった。効能は“死んだ恋人に会うことができるが、共に逝くことになる”というふざけたもので、私はフェリシアと共に生きたいのであって、一緒に死にたいわけではない!と思わず”ボタンドウロウ“を床に叩きつけたが、脆い紙でできているはずの”ボタンドウロウ“は壊れもせずに床に転がるだけだった。


 神は無情だ。


 私に特効薬を作ることのできる頭脳を授けながら、ただ一人救いたかったフェリシアには間に合わず、彼女を蘇らせることも許されない。


 いや、古来より死者を蘇らせることのできるアイテムが宝箱から出たことはなかったな。神はどんな理由であれ、1度死した者が蘇ることは許さないということか。


 ならば自分でやればいい。

 古来より、不老不死、蘇り、若返りの研究は絶えることなく行われてきたではないか。

 たとえそれが禁忌でも、ほかならぬ神が叶えてくれぬのだから、自分でやるしかないではないか。




 かつての私は狂気に侵されていたのだろう。


 “フェリシアを蘇らせたい”


 ただそれだけを望んで様々な禁忌の研究に手を染めた私は、いつしか自分自身がノーライフキングと呼ばれる存在になっていた。デミリッチやオーバーロードと呼ばれることもある。

 だが、そのような存在に成り果てても、フェリシアを蘇らせることは叶わなかった。


 ふと、足元に転がっている“ボタンドウロウ”を拾い上げる。何百年経ったのかもわからぬが、さすがは神のアイテムということか。紙の箱は破れることも、鮮やかな花の絵が色褪せることもなく手に入れた時のままだった。


 もう良いのではないか。


 この“ボタンドウロウ”を使えば、フェリシアと共に逝くことができるのだ。本来の人間としての寿命などとうに尽きているのだし、私はただ、フェリシアに傍にいてほしかっただけなのだ。私の隣でただ生きて、笑っていてほしかった。


 だが、この“ボタンドウロウ”一体どうやって使うものなのだ?


 生前の私は、フェリシアを蘇らせるのではなく、私が死んでフェリシアと一緒に逝くことになるというアイテムに腹を立て、使い方など考えもせずに放置していた。


 ノーライフキングと成った身では神殿に行くこともできぬし、どうしたものか。


 とりあえず我が身から漏れ出る瘴気を隠し、人里で情報収集したことによると、一見使い方のわからぬアイテムの使い方を考察する店があるらしい。いや、私の生前にもあったはずだが、行ったことがなかったからな。だが、成功率は半分にも満たないらしい。まあ、全く見たことも聞いたこともないアイテムの使い方を考察するなぞ、よほど柔軟な思考の持ち主か、もしくはそのアイテムを最初から知っているかしかないからな。そういえば、訳の分からぬアイテムは神が気まぐれにこの世界とは異なる世界のアイテムを入れているのだ、という学説があったような気がするが、あながち間違いではないかもしれぬ。




 いくつかの考察屋に行ってみるが、案の定、“ボタンドウロウ”の使い方はわからなかった。しかも効能が“死んだ恋人に会うことができるが、共に逝くことになる”のため、後追いは止めろと真剣に説得されたりもする。後追いも何も、とっくに人間としての寿命は終えているのだが、そんなことをいちいち言うわけにもいかぬ。私の正体を知れば大騒ぎになるだろうからな。討伐隊など組まれても面倒なだけだし、徒に無益な殺生をする気もない。




 この店で13軒目か。

 店の扉を開けると、チリンチリンと扉の上部に取り付けられたベルが鳴る。

 ・・・なにやら不快な音だな。光か聖属性のアイテムか?


「いらっしゃいませ。異世界アイテム取り扱い考察店へようこそ。店主のルナ・イザヨイと申します」


 店の中には長い黒髪を結い上げた細身の女性が座っていた。眼鏡の奥の切れ長の黒い眼には深い知性が窺える。


「アイテムの使用方法を考察してほしい」

「ご存じかと思いますが、必ずしも使用方法が判明するとは限りません。判明しなかった場合も考察料の3万ギルの返金はありません。よろしいですか?」

「かまわない」


 私は3万ギルをテーブルに載せ、その隣に”ボタンドウロウ“を置く。


「“ボタンドウロウ”だ。効能は“死んだ恋人に会うことができるが、共に逝くことになる”」


 店主は口元を微かに引き攣らせた。


「呪いの牡丹灯籠・・・?」


 どうやら13軒目にしてやっと当たりらしい。


「使い方がわかるようだな?説明してもらおうか」

「…後追い自殺はお勧めしません」

「後追いには違いないが、自殺にはならぬよ。私は既に死んでいる身だからな」


 なるべく瘴気を抑えた状態で被っていたフードを取る。


「・・・あらまあ、がしゃどくろ。いや、西洋ファンタジーだとするならグリムリーパー?」


 切れ長の眼が見開かれるが、そこに恐怖の色はない。ずいぶんと肝の座った女性のようだ。


「そのような名で呼ばれるのは初めてだが、見ての通り既に死んだ身だ」

「なるほど・・・。この世への未練は既に断ち切れたのですか?」

「未練、か。かつての私は恋人を蘇らせるための研究をしていた。だが彼女は蘇らず、私はこのような身に成り果てた。彼女が迎えに来てくれるというのなら、共に逝っても良いだろうと思っただけだ。その”ボタンドウロウ“は生前に手に入れたものだがね」


 店主は小さく吐息すると頷いた。


「よろしいでしょう。呪いのアイテムは基本的に受け付けないか、条件付けすることが多いのですが、ご本人にしか影響がありませんからね。成功報酬はいかがいたしましょうか?」

「私が無事逝くことができたら、私の全財産がこの店に転移するよう魔法陣を設定しておく。今の時代のものではない硬貨が多いが換金はできるだろうし、宝石や魔術具もあるからな。少なく見積もっても100億ギルは超えるはずだ」

「それは多すぎるのですが」


 この店主はずいぶんと善人のようだ。大概の者は多額の財産が労せずして手に入るのなら小躍りして喜ぶだろうに。


「なに、其方が受け取らなければ朽ちていくだけのものだ。不要なら投資するなり、寄付するなり好きにすれば良い」

「わかりました。では説明させていただきます。この牡丹灯籠は、いうなればカンテラです」

「・・・カンテラ?」

「はい。ランプやランタンと言い換えてもかまいません。ようするに携帯用の灯りです」

「・・・この紙の箱に火を点けるのか?」

「正確には、中にろうそくを立てて火を点けるのです」


 ・・・・・・。

 私たちの間に沈黙が流れた。

 ・・・何故、燃える紙でカンテラを作るのだろうか?火が燃え移ったらどうするのだ?


「あの、私の故郷では持ち歩き用の灯籠や提灯は紙製が一般的だったので、なんかすみません・・・」


 私の困惑を察したのだろう、店主が申し訳なさそうに肩を竦める。


「つまり、暗くなったらこの“ボタンドウロウ”の中にろうそくを設置して火を点ければいいのかね?」

「そうですね。私の故郷では、お盆、夏の終わりに先祖の霊を迎えて返す儀式があったのですが、それに準じれば良いと思います。その牡丹灯籠を手にした恋人がカランコロン・・・とはいわないか、きっと貴方の元にやってくるでしょう」

「カランコロンとは何だ?」

「下駄、いえ、靴の音です」

「・・・何故、靴音がそのような音なのだ?」

「様式美です」


 ・・・・・・。


「・・・よくわからないが、わかった。成功すればもう二度と会うことはないだろうが、この場に成功報酬が届くことで礼とさせてもらう」

「はい。ご冥福をお祈り申し上げます」

「・・・ゴメイフク?」

「…恋人と安らかにお眠りになれるようお祈り申し上げます」


 もう二度と相見えることはないだろうが、それを少しばかり残念に思うほどに興味深い店主であった。


 


 店主の故郷では夏の終わりにする儀式だと言っていたが、フェリシアが死んだのは夏の初めだったので、その日でかまわないだろう。少なくとも私たちが生前暮らしていた地にそのような儀式はなかったし。初夏の些か肌寒さを感じる夜だった。今の私は夏の日差しの暑さも、冬の凍えるような寒さも一切感じることはないが。

 店主に言われたように“ボタンドウロウ”の中にろうそくを立てて火を点ける。描かれた花の絵がぼんやりと浮かび上がり、周囲が薄明るくなる。

 揺れる灯りを眺めていると、どこかからかパタパタと音がしてきた。


 ああ、この音は、フェリシアに贈った柔らかい室内履きの足音だ。


 “いつか、元気になったら高いヒールの靴を贈ってね。そして一緒に夜会に行って2人で一晩中踊りましょう”


「フェリシア・・・」


「馬鹿ね、メイフィス。こんな姿になって、こんなに長いこと私を待たせて、本当に馬鹿なんだから・・・!」


 ずっとずっと会いたくてたまらなかった華奢な姿が、私の目の前ではらはらと涙を零す。


「すまない、フェリシア。私は間に合わなかったんだ。ずっと約束していたのに、薬が完成したのは、君が死んで1年も経ってからだった・・・!」

「いいの、もういいのよ。あなたのおかげで、もうあの病で苦しむ人はいないんでしょう?ありがとう、ずっと私を好きでいてくれて。私、あなたに会えるのをずっと待ってたのよ?」




 一緒に、逝きましょう。


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― 新着の感想 ―
まさかの。呪いの品で、バッドエンドがハッピーエンドになるとは… あとは100億が転送されてきて、店が潰れる(物理)にならないといいけど。
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