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イッドレィターの  作者: 漣 カコイ
第一章 大人になれない国
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2、陽光と陰





『アレミア王国』地図の片隅にひっそりと光る国である。


国土は騎士の盾ほどの大きさしかないが、夜空に浮かぶ月のように穏やかな光を放っている。

小国にも関わらず国民の幸福度が高いと言われている国だ。


この国の幸福度が高い理由は、金銀財宝でも兵力でもない。風を聴くように相手の声に耳を傾ける人々の心の柔らかさにある。


朝になると、窓辺の花鐘がチリンと鳴り、住民たちは自分の幸福度を色で伝える。


『青』は落ち着き、『緑』は健康、『金』色は最高にハッピー。


その色を聞いて、近所の人はそっと差し入れを持って行ったり、一緒に散歩に誘ったりする。助け合いは義務ではなく、「自然とそうしたくなる風」のように広がっている。


王都の広場には「願いの樹」が立っており、誰でも自分の願いを葉に乗せて吊るせる。


すると、その願いを読んだ誰かができる範囲でそっと手を貸す。叶うかどうかよりも、誰かが自分の願いを知ってくれているという安心が幸福を育てている。


小国だが、笑顔の総量は大国よりずっと大きい。大人達はいつまでも子供のように無邪気な笑顔を忘れない。


故に、巷ではアレミア王国のことを人々はこう言う『大人になれない国』と。






「冒険者カード、確かに確認させていただきました」


検問所前の鉄格子の門が開き、障壁に囲まれた都市レッドベルの地を白馬に引かれる馬車が踏む。


「そのカード便利だねー」


街並みを眺めながらアベルは冒険者カードをパタパタと仰ぐ。


「それが俺の唯一の身分証明になるからな。ギルドの信頼が高いおかげだ」


「今度ギルマスにお礼言わなん、あー!」


シオンはアベルからカードを没収し内ポケットにしまうと、検問所で王都兵に教えてもらった近くの馬車宿に向かう。


「しかし、なるほどな」


街並みを進みながらシオンはつぶやいた。


レッドベルは王都と呼ばれてはいるが、その街並みは驚くほど穏やかだった。石と木を組み合わせた家々が、互いに距離を取りすぎることなく並び、通りには人の声が自然に行き交っている。


道幅は広すぎず、しかし狭さを感じさせない。所々ゆるやかな坂になっており、空が広い。


屋根は赤茶や白灰色で統一され、角度も高さも揃えられているため、街全体がひとつの景色としてまとまって見える。


露店は整然としているが、規則に縛られた硬さはなく、店主たちは客と笑いながら言葉を交わしていた。値切りの声すら、争いではなく会話の一部のようだ。


「なんだか眠くなっちゃうねー」


そんな街並みの穏やかさを肌で感じてアベルが眠気を感じてしまうのも無理はなかった。


その後、馬宿舎に到着したシオンとアベルは馬車を預けて、上のニ階にある宿を一室取り、荷物を下ろすとしばしの休息をとった。


アベルはよほど疲れていたのだろう。ガタつきが目立つベッドに飛び込むなりすぐに丸くなって眠ってしまった。


シオンはそんなアベルの姿に頬を僅かに緩ませると右手を床につけて結界魔法【C:門拒絶ノックレス】を発動。部屋を薄い光膜が優しく覆った。


魔法の発動を確認後、シオンは麻のバッグを肩にかけると部屋を出て街へ。


鍛え抜かれた肉体と、歴戦の猛者を彷彿とさせる身体中の傷に通行人達も最初はチラチラと目で追って気になっているようだったが、シオンと目が合うないなや、「見ない顔だね」だの「旅人かい?」と言って近寄ってきては話しかけ、なんらかの果物やパンをシオンに押し付けてくるのだった。


「………はぁ」


シオンはため息をつきつつ先ほどもらったパンを見つめる。差し出されたのは、焼きたての蜂蜜パン。生地の端が少し焦げていて、そのほろ苦さが逆にいい匂いを立てていた。温かいパンを片手に、王都の坂道を登る。


一口かじると、外はカリッと香ばしく、中はふわっと甘い。噛むたびに蜂蜜がとろりと溶けて、歩く足取りまで軽くさせる。


坂の上から見下ろす王都は、驚くほど柔らかい光に包まれていた。道端では、見知らぬ住民同士が自然に声をかけ合い、笑いながら野菜や果物を交換したりしていた。


「おはようございますぅリリィさん。今日の気分はどう?」


「今日は、青よ。マリーさんは?」


「私は……金なのぉ!実は!」


「えっ!ちょっとやだ!あとで焼き菓子持っていっちゃうっ!」


そして、シオンが興味を持ったのはこの国独自の気分の伝え方。今日話しかけられて気分を問われる中で、「青」と答えるのが一番無難であることをシオンは学習した。


と、そんな会話を聞いていた時。


「お兄ちゃんは外の国から来たの?」


突然、リリィさんと呼ばれていたおばさんの陰から10歳くらいの少年がシオンの前に飛び出してきた。鼻にそばかすのつけた褐色の肌がよく似合う少年だった。


シオンがそうだ、と返すと少年は自分と一緒だと飛び跳ねて喜ぶ。


「職業は何!?」


「薬し………」


「魔法はどのランクまで使えるの!?」


「今は………」


「僕!僕の職業はね!剣士!」


「そうな………」


「お兄ちゃんはどこからきたの?僕はね__」


「あーごめんなさい。うちの子が急に話しかけてしまって」


シオンが少年の勢いに困り顔をしていることに気づいたのか、リリィおばさんが間に入り、少年の頬をムニっと摘んだ。

少年はまだ話し足りないことがあるのかホニャホニャと言いながらおばさんに連れて行かれる。


目の前が家だったのだろう。すぐに家に入り、扉が閉まる直前に隙間から顔を覗かせて少年はシオンに手を振ってきた。


「………あのテンション」


アベルと仲良くできそうだ。そんなことを思いながらシオンは街の外壁に近い道へと足を進める。


そこにはいわゆる裏路地というものがあるからだ。


アベルを連れてこなかった最大の理由はここだ。


どこの国でも陽光が指す場所があれば、その陰に生まれる暗い場所がある。そういったところには決まって知られたくない秘密が眠っているものだ。


「こうゆうふうにな」


裏路地に入ってさらに奥に進み、通行料をせびってくる輩を抜けた後に現れる、開けた空間を前に、シオンは声を漏らした。


目の前には全裸の状態で手足を鎖で繋がれ、杭を打たれてその場から動けないように拘束されている1人の青年。身体中には痛々しい打撃痕や切り傷が目立ち、頬が不自然に膨らみ、瞼が重たげに垂れ下がっている。血色は悪くないが、輪郭だけが歪んでいた。


シオンがこの場所に来るのに裏路地を通ったといえどそこまで難しいものではなかった。


つまりこれは隠しているのではなく、見せ物だ。ただ罪人の助けを求める声をどこにも届けさせないためのもの。


「おい。話せるか」


「……………」


「話す気はないか」


「……………」


シオンの問いかけに青年は反応を示さない。ただ荒い呼吸音だけがその場の空気に流れていた。


「………まぁ、いい。お前がどうなろうが関係ない」


「……………」


「……………」


「……………す」


「なんだ?」


「……………殺す」


「そうか。達者でな」


シオンはそう言うと果物を一つ青年に投げてよこした。

青年はそれを見るや否や飢えた犬のように果物に食らいつくと必死に咀嚼し始める。


シオンはその姿に特に言うことなく青年に背を向けると出口に向かって歩き出した。後ろからブッと吐き出す音が聞こえ、シオンの背中にぐちゃぐちゃな固形物が当たる。


シオンは一瞬も足を止めることなくその場から姿を消した。







「もう!話しかけてこないで!嫌い!シオン嫌い!」


「す、すまんアベル」


「こっち見ないで!近寄らないで!ばか!臭い!」


シオンが帰ってくる前に目を覚ましたアベルは、シオンが帰ってくるや否や涙と鼻水を垂らしながらシオンの右足に抱きつき、罵詈雑言を飛ばし続けた。


シオンがアベルの機嫌を取るのにアイスが用意されていた夕食までかかったと言う。







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