09 ものすごく多くてありえないほど重いコーヒー豆
数日後、リズとモーガンとブラッドは、王宮の門前に立ち、眼の前に広がる美しい庭園や壮麗な宮殿の姿に圧倒されていた。
フィルミア家は、庶民から搾り取って贅の限りを尽くすといったハバネロタイプの君主ではないが、それでもここから見えるもの全てがリズたちには一生縁のない最高級品であることは間違いない。
(ここでしばらく過ごすとかマジか…滞在中に万が一花瓶のひとつでも割ろうものなら、一族郎党死ぬまで強制労働しても弁償出来そうもないぞ…)と、庶民としては王宮を目にした感動よりも粗相したらどうしようという恐怖感が先に立ってしまう。
門番から報せを受けたハリソンが急ぎ足で迎えに来てくれたときには、見覚えのある人物の登場に三人ともホッとした表情を隠せなかった。
「すまない、待たせてしまったようだ。
早速皆がこれから過ごすことになる近衛隊の衛舎に案内しよう。
………それにしても、必要なものはこちらですべて用意するから手ぶらで来てくれていいと伝えたはずだが、リズだけ大変な大荷物だな。
まあ、女性には我々ではわからない準備が色々あるものだろうが」
リズは自分の荷物の山に恨めしげに目をやる。
「私の荷物じゃないんです。
うちの親が近衛隊の皆さんにスタ場のコーヒーを是が非でも売り込んでこいって………
これ全部、無理やり持たされた道具一式とコーヒー豆です」
ハリソンは天を仰いで笑った。
「流石はリズのご両親だ。ガッチリしておられる。
念の為荷物のチェックはさせてもらうが、安全が確認されたら道具と豆は近衛隊の詰所に保管場所を用意させよう。
そこで淹れたてのコーヒーを振る舞ってくれたら、隊員たちも喜ぶだろう」
ハリソンの案内で衛舎に通された三人は、そこで用意されていた近衛隊の制服に着替えた。
そして、グレース王女がすぐにも会いたがっているからと、落ち着く暇もなく王女の私室に案内されることになった。
モーガンとブラッドが緊張でギクシャク歩く中、ハリソンは不思議そうにリズを見る。
「前に尋問したときも思ったが、君は随分肝が据わっているんだな。
さっきの門前では緊張して萎縮しているように見えたのに、今はすっかり落ち着いて、堂々と歩いている」
「今もめちゃくちゃ緊張して萎縮してますよ?
だから、ここは映画のセットだと思うことにしたんです。
普通だったら足が竦んじゃいそうな絢爛豪華な宮殿も、『いや〜大道具さん小道具さんいい仕事してますねぇ〜』って現実逃避することでどうにかやり過ごしているとこですよ。
今着てるこれも衣装だと思ってしまえば、怖さを誤魔化せますから」
リズは近衛隊の制服を引っ張って見せた。
「……君の言うことは所々よくわからないが、要するに芝居にでも出てる気持ちになって緊張を紛らわそうというわけか。面白いやり方だ」
2人で笑っていると、後ろから
「コレハシバイコレハシバイコレハシバイ……」
「コレハオオドウグコレハオオドウグコレハオオドウグ……」
とブツブツ唱える声が聞こえてきた。
どうやらモーガンとブラッドも実践してみることにしたらしい。
精巧な薔薇のレリーフ加工が施されたドアの前でハリソンが来訪を告げると、品の良い銀髪を撫でつけた執事がドアを開けて一礼し、リズたちを中へ招じ入れた。
王女の部屋は広々として明るく、かすかに花の香が漂っている。
「客人をお連れしました」
ハリソンの言葉に、日差しの差し込む窓際に設えられた応接セットから、一人の若い女性がパッと笑顔を浮かべて立ち上がった。
※※※※※※※
(うおっ、まぶしっ)
リズは思わず目を細める。
王女グレースは、まさにハリウッド級の美しさだった。
抜けるように白い肌に、輝くプラチナブロンドの髪、生き生きとした青い大きな瞳は、艷やかな長く黒い睫毛に縁取られている。
ちっとも気取らない快活な笑顔は、異性だけでなく、同性からも愛されそうだ。
これこそ生まれながらのヒロイン、愛されプリンセスってやつだなあ、とリズは感心する。
「ようこそ!リズさんと、暗殺犯を捕まえてくれた治安警備隊の方々ね?
あのときは本当にありがとう。もっと早くお会いしたかったんだけど、ハリソンが安全確認安全確認ってうるさくって」
グレースは親愛の情を込めてリズの手をギュッと握り、モーガンとブラッドにも笑いかける。
真っ赤になってしまった男二人を尻目に、リズは『淑女の礼』………は知らないので『揚げ菓子屋の営業スマイル』を振りまいた。
「王女殿下がご無事で本当に良かったです。この度はお招きいただきありがとうございます」
「王女殿下だなんて……よければ『グレース』って呼んで欲しいわ。
ねえハリソン。この方達はどうして近衛隊の格好をしているの?」
「ハッ。こちらの方々は、暫く近衛隊が身柄を預かる形で王宮に滞在していただくことになっておりまして、庶民の格好では宮殿内で変に人目を引いてしまうかもしれないという配慮から、我々と同じ服を着て頂いております」
ハリソンの説明に、グレースは納得いかなさそうに首を傾げる。
「治安警備隊のお二人はそれでいいかもしれないけど、リズさんは女の子よ?
言ってくれれば私のドレスをお貸しするのに」
リズは慌てて手を振って辞退の意を示した。
「とんでもありません。庶民の私がグレース様のドレスをお借りするなんて、恐れ多くて身が震えます。
それに、私は動きやすい服装の方がいいんです」
「本当に?遠慮なさらなくていいのよ?」
「本当です。着慣れないドレスなんかお借りしたら、きっと足がもつれちゃいます。
グレース様が、ドレスを着た私が転んで頭打って血ぃ吹いて二度と起き上がらないところを是が非でもご覧になりたいと仰るなら、喜んで着させていただきますが」
グレースはおかしそうにコロコロ笑った。
「楽しい方なのね、リズさんって。
市井の女の子は皆リズさんのような感じなのかしら?」
「「いえ、多分こいつだけです」」
さっきまで真っ赤になって黙り込んでいたモーガンとブラッドが声を揃えて言い、リズは大いに気を悪くしたのだった。




