06 王女の異常な暗殺または彼女は如何にして心配するのを止めて留学を愛するようになったか
「……そろそろ気が済んだか?」
思いがけず近衛隊長がフッと笑みを浮かべたので、リズは毒気を抜かれてしまった。
よく見れば、精悍な顔立ちのなかなかの男前だ。
歳もリズやブラッドよりは一回りくらい上に見えるものの、おじさんと呼ぶにはまだ間がある。
王女の護衛として近くに控えるからには、多少の見目の良さも必要なのかもしれない。
これまで威圧感のある怖い顔しか見せていなかった隊長の不意打ちの笑顔に、この卑怯もん、と思いながらもリズは不承不承むき出していた歯を仕舞った。
「話を聞く気になってくれたようだから言うが、ここからは近衛隊としての見解ではなく私個人の意見として聞いて欲しい。
正直に言って、私は君が悪意や裏心を持ってああいう行動を取ったとは思っていない。
あのとき君の言葉を信じたのは、君の王女様を助けたいという思いに嘘はないと感じたからだ。
だが、そうなるとどうしても、なぜ君が狙撃手の存在を感知できたのかがわからない。
ここがわからないままでは、ほかの連中が抱く疑念から君を庇うにも限界があるんだ。
……ひょっとすると、未来視や占いの類なのだろうかと、突拍子もないことも考えてみた。
だから、どんな荒唐無稽な話でも、馬鹿にしたり他言したりしないと誓おう。この場でだけは本当のことを話してもらえないだろうか?」
リズは近衛隊長の顔をじっと見た。
さっきの笑顔とは打って変わって真剣な表情だ。
前世の記憶があると知られて、下手に周囲の注目を集めたり、面倒な説明を繰り返さなくてはならなくなるのは避けたいが、彼の目を見る限り今の話に嘘はないように思う。
考えてみれば、ここにいるのはあの狙撃事件のときにリズの言葉を信じてくれた人達ばかりだ。
だったらリズも彼らのことを信じてみるべきかもしれない。
「………未来視とか占いとかじゃないんです。これから起きることがハッキリわかるわけでもない。
これが、能力と言えるものなのかどうかも自分ではよくわからないんです。
……ただ、特定の状況下で『起こりそうなこと』というか、『よくあるパターン』が、なんとなく見当がつくだけなんです。
起こりそうだ、と思ったことが絶対起きるわけではないし、なんなら私がその『ありがち』のサインに気が付かないこともあるでしょう。
天気予報よりもあやふやな、それこそ『ツバメが低いところを飛んでるからもうすぐ雨が降るのかな』くらいの感覚なんです………」
話し出してみると、我ながらぼんやりした話しか出来ないのがもどかしく、何だか話せば話すほど自分の言う事が嘘くさくなるような気がして、リズは顔を赤くして黙り込んでしまった。
「リズ、お前……」
ブラッドとモーガンが心配そうに身を乗り出す。
すると、近衛隊長が立ち上がってリズの肩に手を置き、安心させるように微笑んでみせた。
「よく話してくれた。大丈夫、このことは君の許可がない限り誰にも話さないから。
君の言葉を疑ったりもしない。嘘をつくならもう少しもっともらしい話を考えるものだからな。
………成る程、君が話すのを躊躇うのもわかる気がするよ。予言の類ではないし、勘が鋭いというのとも少し違うようだ。
ある出来事に対して、『こういう場合はこんなことが起きがちだ』という予測がつく能力というわけか………確かに聞いたことのない力だ」
※※※※※※※
近衛隊長は再びリズの向かいの席に座り、テーブルに身を乗り出した。
「リズ、済まないがもう少し聞かせてくれ。君のその能力から見て、今回の狙撃事件……何か感じるところがあるだろうか。
勿論、憶測で構わない」
いきなりの名前呼びに面食らいながらもリズは首を傾げて考える。
「そうですね、憶測でいいんなら………
こういうときって、目に見える犯人は大体ダミーで、裏にもっと複雑な事情の黒幕がいることが多いんですよね。
……全然根拠とかはないんですけど」
「ふむ……どうやら本当に君の能力を甘く見てはいけないようだな。
実は我々近衛隊も同じ見解なんだ。今回捕まった貴族は表向きの実行犯で、彼を巧妙に焚き付けた者が裏にいるのではないかと考えている。
……これは、絶対に他言してもらっては困るんだが、三人ともいいかな?」
近衛隊長は前置きをして話し始める。
「グレース王女が命を狙われたのは、これが初めてではないんだ。
四年前、王女様の御母上に当たる第二王妃オードリー様が身罷られてから二回ほど、危ない目に遭っておられる」
初めて聞く衝撃ニュースに、庶民三人は目を丸くして聞き入った。
近衛隊長によると、それはどちらも王女が王宮の外に出かけたときに起きた。
一度目は、崖道で王女の乗る馬車の車軸が壊れて転落しそうになり、二度目は土地開発の視察中に落石が王女めがけて転がり落ちてきたという。
どちらも、いかにも偶然の事故のように見えたし、近衛隊が素早く対応したこともあり、幸い王女の身には何事もなかった。
しかし、近衛隊長は打ち続く凶事に不審を感じ、近衛隊とともに独自に調査を行った。
その結果、これらの事故が人為的に引き起こされた可能性があることがわかったのだった。
「だが、いくら調べてもグレース様が命を狙われる理由がないんだ。
御母上が第二王妃の上、末娘であるグレース様は、王位とは縁が在られないし、政略結婚や降嫁の話も出ておられないから、王女様の存在を邪魔に思う勢力など存在しない。
王女様を亡き者にして得をする人間や、命を奪いたいほど恨んでいる人間を探しても、当てはまる人物は一人も見つからないんだ。
ついには御母上のオードリー王妃が亡くなった際に何か不審な点があって、それを王女様が知ってしまったのではないかと穿ったことまで考えたが、そのような形跡も全くなかった」
あるいは、王女の命が狙われているというのは近衛隊長の考えすぎで、母親の死後王女に奇禍が続いたのは、単なる偶然なのかもしれない。
事故はあくまで人為的に引き起こされた「可能性がある」だけで、確かな証拠があるわけではないのだから。
だが、事態を軽く見て今後王女の身に何かあっては取り返しがつかない。
近衛隊長の報告を受けた王家では、大切な末娘に万一のことがあってはと、大事を取ってグレース王女を国外に留学させることにしたのだった。




