05 人命の耐えられない軽さ
数日後、治安警備隊の詰所に呼び出されたリズは、あのときの近衛隊長と向かい合って座っていた。
あの後、狙撃犯は告解室の裏から神父に化けて抜け出そうとしたところをモーガンとブラッドが無事に捕まえた。
地元民で、教会の神父全員と顔見知りの二人だったからこそ気づけたお手柄だった。
取り押さえられるなり、問答無用でモーガンに口の中に手を突っ込まれまくった狙撃犯は半泣きだったそうだが、お陰ですぐ自害用の毒を見つけることができたよ、とその日の夜、スタ場にリズの様子を見に寄ったモーガンが教えてくれた。
リズは、あれからずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「モーガンさん。あのとき、どうして私を信じてくれたの?」
「リズのことは、こーんなちっこい頃から知ってんだ。
お前がああいうときにいい加減なこと言うヤツじゃないことくらいわかってるさ。
俺は、お前があれだけ必死に言うからにはきっと何かある、なかったとしてもダメ元だ、と咄嗟に考えただけだよ」
モーガンにそう言われ、頭をワシワシされて、リズは泣きそうになった。
泣くのを堪えて、感謝の気持ちとして『スタ場コーヒー&揚げ菓子20%オフ券』30枚を渡すと、「意外とシワいな……」とモーガンが呟いたが、それには聞こえなかったふりをしておいた。
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そして、今日の呼び出しである。
両親は、「王女様をお救い申し上げたご褒美が貰えるかもな」などと暢気なことを言っていたが、多分そんな面白愉快なことにはなるまい、とリズの16年プラス前世分の人生経験が告げていた。
果たして、治安警備隊の詰所に出頭すると、取り調べ室のようなところへ連れて行かれ、先日会った近衛隊長が待ち構えていたというわけだ。
リズを心配して、近衛隊長に席を外すように言われても頑なに部屋に居座っているモーガンとブラッドの存在を頼もしく思いながら、リズは近衛隊長をまっすぐ見返す。
「リズ・アスター。コーヒーと揚げ菓子の店『アスターの場所』の従業員だな。
先日は王女の命を救い、犯人の逮捕に貢献したこと、実に見事な働きだった」
近衛隊長によると、自害の道を封じられた狙撃犯は、厳しい取り調べの末、王家に冷遇され不満を溜め込んでいた、ある貴族に雇われたことを白状したそうだ。
つのった不満が臨界点に達した挙げ句、「大切な末娘を害して王家を絶望させてやろう」という、とんだ逆恨みで狙撃手を雇った当の貴族も、この自白のお陰で無事逮捕できたという。
「犯行そのものは短絡的で杜撰なものだったとは言え、正直に言って君の働きがなければ、グレース様の身は危なかっただろう。君には感謝してもしきれない。
だが同時に、揚げ菓子屋の娘に過ぎない君が、あの一瞬で鐘楼の光を狙撃手と看破したのはどうにも不自然でもある。
聞けば、そこの二人に犯人の逃げ道や自害の可能性まで伝えたらしいな。
まるで、犯行を事前に知っていたか、予想していたように見える」
「そうでしょうねえ」
「もしや犯行グループの一員か、この騒ぎに乗じて良からぬことを企む一味かもしれないと思い、ここ数日君のことを調べさせて貰ったが、驚くほど何も出てこない」
「そうでしょうとも」
「………それに、普通このような場に呼び出されたら、緊張したり怯えたりする様子を見せるものだ。若い娘なら尚更な。
だが君はさっきからずっとフィルミアスナギツネみたいな顔をして、不機嫌そうに椅子にふんぞり返っている。呼び出されたことにもまるっきり動じていないようだ。
聞かせてくれ………君は一体何者なんだ?」
「ここ数日、優秀な近衛隊の皆さん総出で私のことほじくり回したんですよね?
それで分からなかったんなら、本当に何もないか、あってもこの先一生わからないか、どっちかじゃないですか?」
「お、おいリズ、もう少し言い方ってもんがあるだろ。なんでそんな敵意むき出しなんだよ」
たまりかねてブラッドが諫めるが、リズはぶうっと膨れる。
「黙っててブラピ。私、この世界のありように猛烈に腹が立ってるとこなの。
どうせ私が今ここで何を言っても疑われるんだもの。
この際どさくさに紛れて思いっきり近衛隊長さんに八つ当たりしておこうと思って」
「八つ当たりの自覚はあんのかよ……」
肩を落とすブラッドを尻目に、リズは近衛隊長をシャーと威嚇する。
実際、王女襲撃事件以降、彼女はこの世界に腹が立って仕方がなかったのだ。
あれからリズはずっと考えていた。自分が王女の命を救ったことで、原作のストーリー進行を邪魔してしまったのではないかと。
小説や映画の世界では、要人の暗殺や暗殺未遂は、物語の定番のスパイスである。
なぜなら架空の世界の物語はドラマティックでなければならないからだ。
悲劇的な出来事や、あわやという事件があって、初めてストーリーが進行する。当然のことだ。
面白い物語を作る上で、登場人物など盤上の駒に過ぎないことは、リズも重々承知している。
だが、その世界を現実として生きる側になってみると、わかっちゃいるけど原作者フザケンナという気持ちが拭いきれない。
物語の彩りに、原作者の思いつきで死にそうな目に遭わされたり実際殺されちゃったりするのでは、こっちはたまったものではない。
今回は運よくみんな無事だったが、下手すれば逸れた銃弾が無辜の人々を傷つけたり死なせたりする展開もあったのかもしれないと思うと、今更ながらリズはゾッとする。
前世でも今世でも、現実世界に対しては、リズは人命優先、平和尊重、安全第一主義である。
願わくは、酷い出来事は全部作り物の世界の中だけで起きてほしい。
たとえ今いるこの世界が何かの物語の中だったとしても、自分の目の前で誰かが傷ついたり危ない目に合うのを、「そういう話だから」と看過することは、リズにはできそうもない。
原作があろうとなかろうと構うもんか、これからもそういう場に遭遇したら何度でも躊躇なく邪魔してやる、そのせいで物語が平坦でつまらなくなったとしてもウ◯コ召し上がれだわ、とリズは近衛隊長を威嚇しながら固く決意した。




