03 旧知との遭遇
王都住まいなら誰もが毎日目にしている、見慣れて見飽きたはずの、聖なる森の「ホーリーウッドサイン」を新たな認識を持って眺めながら、リズは首をひねった。
ここが本当に、ハリウッド映画の「お約束」や「あるある」が現実に存在する世界なのだと仮定して………
「この世界に原作があるとしたら、作者は相当手に負えない映画マニアってことだよね。
そもそも『ハリウッド映画あるある』と『18〜19世紀ヨーロッパ風ファンタジー』って、両立しづらいっていうか食い合わせ良くなくない?
………それとも、前世でジョン・カーペンター監督作品を堪能する前に無念の死を遂げた私を憐れんで、映画の神様がこういう世界に転生させてくれたとか?」
だとしたら神もとんだお門違いである。
前世のリズにとって映画は安全圏から観て楽しむものであって、映画の中に入り込んで巻き込まれたいと願ったことなどない。
だいたい、本物の映画であれば、どんな波瀾万丈の大冒険であろうと、カメラの向こうでは大勢のスタッフの皆さんが安全面に最大限の配慮をしていてくださっているものだが、これは現実の世界。
つまり、イザという時に代わってくれるスタントマンはいないということだ。
とは言え、こういう世界に転生したのが前世からの因縁だったというなら、せめてジョン・カーペンター監督作品のような世界に転生しなかっただけでもラッキーだったと感謝すべきなのかもしれない、とリズは考える。
ハロウィンのたびに殺人鬼に追い回されたり、遊星からの物体Xに襲われる世界に転生しちゃったりなんかしたら、正直命がいくつあっても足りない。
「取りあえず、ここまでの人生の手応えから判断する限り、私はこのファンタジーみたいなハリウッドみたいな世界の主要登場人物ではなさそう。
これまで直接何か映画的な事件に巻き込まれたこともないし、脇役として普通に暮らしている分にはそこまで危険なこともないってことなのかな?」
どっちみち、これ以上グルグル考えていても、『原作知識チート』もない、『転生したら美貌の貴族令嬢でした的特典』もない自分が、この世界で転生者としてできることはほとんどなさそうだ。
「それならこれまで通り、真面目に静かに目立たず暮らしていけばいいか。
何かヤバそうってなったら前世の映画知識を駆使して早めの回避を心がけましょう、くらいで。
……それが転生特典だとしたら、絶妙にショボいわぁ……」
むしろ私ってば何の必要があってこのタイミングで転生者として覚醒しちゃったんだろ面倒くせえ、と独りごちて、リズはいい加減遅くなってしまったお使いを済ませてしまおうと家路についた。
※※※※※※※
チリリン、とベルを鳴らして「スタ場」のドアをくぐると、ふわりとコーヒーのいい香りがして、カウンターの向こうで忙しく立ち働く両親と、スツールにおみこしを据えた常連客たちの姿が目に入った。
「ただいま。頼まれたもの買ってきたよ」
「おう、ご苦労さん。随分ゆっくりなお使いだったな」
「ごめん。帰り道で急にアイデンティティの危機を感じちゃって」
「何を言ってるのよこの子は」
リズは急いでカウンターの向こう側にまわり、両親と揃いのエプロンを着ける。
「リズちゃんも寄り道したいお年頃かぁ」
「気になる相手でもできたかい?」
「そんなんじゃないですってば」
常連客の軽口をかわしながらリズは思う。
どうしてうちの常連客はむさくるしい治安警備隊のオッサンばっかりなのか、子どもの頃からずっと疑問だった。
コーヒーはともかく、スタ場は甘い揚げ菓子がウリなんだから、客層は普通、甘いものに目のない若いお嬢さん方になりそうなものなのに………
(これまたハリウッド映画のオマージュだったわけね……あっちの世界では、「コーヒーとドーナツ」と言えば「ポリスメンの好物」と相場が決まってるから。
………そういえば、この人たちなんで魔力トーチをいつも逆手で持つのかと思ってたけど、それも「映画のポリスメン、マグライト逆手に持ちがち」あるあるだったワケだ……)
腑には落ちたけど釈然とはしないな、と思いながら、オッサンたちにコーヒーのおかわりを注いでいると、チリリン、とドアベルが鳴った。
いらっしゃい、と声をかけながら目を遣ると、警備隊員が更に二人入ってきて、店内のむさくるし密度を上昇させる。
入ってきた二人組の警備隊員、ベテランのモーガンと新人のブラッドは、どちらも古くからのスタ場のお得意様だ。
特に、若い方のブラッドは、リズにとって二つ年上の幼馴染でもある。
小さな頃からリズは彼のことを自分でも理由がわからないまま「ブラピ」「ブラピ」と呼んでいたのだが、その疑問も今日思わぬ形で氷解した。
ブラッドは、リズに空の魔法瓶を差し出す。
「リズ、こいつにオリジナルブレンド2杯分頼むよ」
「オリジナルブレンド、ハイヨロコンデー。
……私ねぇ、なんでブラッドのこと、ずっと『ブラピ』って呼んでたのか、ついさっきわかったよ」
「なんだよ、急に。
昔っから俺が『なんでブラピなんだよ』って何回訊いても『わかんない』って言ってたくせに。
……で、なんでブラピなんだよ」
「それはねぇ、曰く、云い難き郷愁の念に駆られたせい、だったわ」
「…………それって『わかんない』と何が違うんだ?」
言い合っていると、リズの母親から揚げ菓子の入った袋を受け取ったモーガンが二人に声をかけた。
「お楽しみのところすまんが、もう行かんと。
明日のパレードの警備に向けて、準備がまだまだあるからな」
それを聞いてリズはハッとする。
「明日グレース王女様が留学からお戻りになるんだっけ。パレードは何時頃この辺通るんだろ?私見に行けるかなぁ」
「行ってきたらいい。どうせ王女様が通る時間は店はガラガラだろうからな」
「いいの?ありがとう、お父さん!」
喜びながらも手は休めず、リズは淹れたてのコーヒーが詰まった魔法瓶をブラッドに手渡した。




