20 素晴らしき哉、映画!
「さて、公爵閣下。貴方は……ぐえっ」
サザーランド公爵に向かって一歩踏み出したリズは、ここで慣れない王女のドレスに脚をもつれさせ、派手にひっくり返った。
次の瞬間、物陰に隠れていたブラッドが血相を変えて飛び出し、目を回してぶっ倒れているリズを抱き起こす。
「リズ!しっかりしろ、リズ!リズーー!!
………おのれ公爵、よくも、よくもリズをぉぉぉー!!」
「…………何だこの茶番はー!」
公爵が目の前の光景に呆れている隙に、さらに物陰から近衛隊員が二人、音もなく姿を現し、公爵を後ろから素早く羽交い締めにした。
「なっ……この無礼者どもめ、離せ!離さんか!」
暴れる公爵の前に、ハリソンが悠々と進み出る。
「きっ貴様、クライスラー!!何を考えている。公爵家にこのような狼藉をはたらいて、そのままでは済まさんぞ!」
ハリソンが頭を下げる。
「勿論承知しております公爵閣下。
閣下が王女様を害そうという企みに無関係であることが証明されましたら、近衛隊一同断頭台の露と消える覚悟はできております。
公爵閣下に於かれましては、その覚悟に免じて今しばらく捜査にご協力いただけますよう」
「戯れ言を……。私が大切なグレースを害するわけがなかろう。
近衛隊長ともあろうものが、そこのふざけた小娘の妄言をまともに受け取ろうというのか。
大体、証拠はあるのだろうな、証拠は!!」
喚く公爵を前にして、ハリソンの表情が凄みを帯びた。
「目撃証言、物的証拠……貴方につながる状況証拠ならいくらでもお目にかけられるんですがね、公爵閣下。
貴方は利口だ。決定的な証拠は決して掴ませない。
その上、公爵家のご威光の前には大抵のことは揉み消されてしまう……苦労しましたよ。
だから、已む無くこうして近衛隊の命運をかけた大博打を打とうとしているわけです………ちょっと失礼」
ハリソンが押さえつけられている公爵の懐に手を突っ込むと、物陰からモーガンが現れて、諦め顔で公爵の口に手を突っ込んだ。
※※※※※※※
口に手を突っ込まれて涙目になる公爵の懐から、ハリソンが慎重に何かを取り出す。
「よし、あったぞ。リズの言った通り、『真ん中にでかいスイッチが一つだけついてる、なんかよく分からん手のひらサイズの箱』だ」
「そっ、それは!」
「口の中には何もなしだ。やれやれ」
焦りの声を上げる公爵の横で、モーガンがげんなりした顔をして手を拭いた。
リズは、ブラッドに手伝ってもらってどうにかドレスを脱ぎ、中に着込んでいた近衛隊の略装姿で立ち上がる。
「これは割と動かぬ証拠になると思うんですけど、公爵閣下。
この手の黒幕さんって、『証拠を残さないため』とか『イザというときに全員道連れにするため』とか、何だかんだ理由をつけて、『アジト全体を吹き飛ばす爆弾の起爆スイッチ』を持ってるんですよね、なぜか。
でも口じゃなくてよかった〜。時々奥歯に起爆スイッチ仕込んでるパターンもあるんだけど、『あれって歓談中に間違ってカチッていっちゃうんじゃね?』って、常々怖いと思ってたから」
暢気に話すリズの横で、ハリソンが種明かしをする。
「この屋敷は既に近衛隊が包囲している。
抵抗する私兵は片っ端から取り押さえているし、探せば地下室あたりに大量の爆発物が仕掛けられているのが見つかるだろう。
屋敷を吹き飛ばすほどの爆発物を所持することは違法だし、グレース様を保護するためには全く必要のないものだ。
観念するんだな、サザーランド公爵」
「くっ……なぜ、私が黒幕だと……」
歯を食いしばる公爵に、ハリソンが答える。
「かなり初期の段階から、貴方は捜査線上に浮かんでいたんだよ」
「な、なんだと………そんなバカな………どうして………」
「それは、『ありがちなパターン』だからだ!」
「……な、なんだとぉ!ふざけるな!!なんだそのしょうもない理由は!
大体、私がグレースを害そうとする動機は何だ!何も無いではないか。あるなら言ってみろ」
ぶちギレる公爵に、リズが首を傾げて応じた。
「そうですね、『ありがち』って点で言えば……もしかして、オードリー第二王妃殿下の遺品が関係してたりします?」
「なっ……」
真っ赤になって怒っていた公爵が、たちまち色を失う。
「……おお、図星だったみたいですね。
王妃殿下がグレース王女様に遺された、アクセサリーや身の回りの品の中には、嫁ぐときに公爵家から持ってきた私物もあったんじゃないですか?
遺品を受け継ぐ前にグレース様に何かあれば、それら公爵家出自の品は、最近親者である公爵閣下のものになりますもんね。
だから、グレース様の17歳の誕生日までに、何としても彼女を亡き者にする必要があった、と」
「き、き、貴様、一体、なぜ………」
ここにきて、ついに公爵の目に恐怖の色が浮かんだ。
「なぜ、薄汚い庶民に過ぎない貴様が、公爵家に伝わるあの指輪、『レッド・カーペット』のことを知っているッ………?」
※※※※※※※
(いや、知らんし)
(『あの指輪』とか言い出しちゃったよ)
(レッド・カーペットって何ぞ)
公爵の暴露を聞かされたリズたちの頭には、押し並べてクエスチョンマークが浮かんでいたが、そんなことはおくびにも出さず、全員ポーカーフェイスを維持する。
事前にリズから、「詳しい動機や手段については、追い詰められた犯人自身から懇切丁寧な解説があるはずなので、皆は『私たち全部知ってます』みたいな顔をして黙っていれば、後は全部犯人が説明してくれるから」と言い含められていたのだ。
果たして、サザーランド公爵は尋ねてもいないのに事の真相をベラベラと話し出す。
「レッド・カーペット……あの指輪は、代々公爵家の長子に受け継がれてきたものだ。
私は、公爵家に残る文献から独自の研究を進め、あれがただの指輪ではないことを突き止めたのだ。
王都の北、聖なる森の奥深くに眠る古代神殿、『アカデミー』。レッド・カーペットは、その神殿の扉を開く唯一の鍵なのだと。
言い伝えでは、アカデミーの最奥部には伝説の秘宝、『黄金のオスカー像』が安置されていて、それを手に入れたものは永遠の富と名声が約束されるという……
このことは私以外誰も知らないはずだ。
姉も、グレースも、王家も、あの指輪にそんな価値があるとは気づいてもいなかった。
だからこそ、グレースが姉の遺品を継ぐ前に事故に見せかけて殺し、他の品に紛れて目立たずレッド・カーペットを我が物として、ゆっくり秘宝を探すつもりだったのだ。
黄金のオスカー像さえ手に入れば、王家すら我が前に跪くだろう。
グレースが留学した時には、公爵として長く国を空けることができず手を出せなかったが、戻った今が怪しまれずレッド・カーペットを手に入れる最後のチャンスだったのに……
それを、貴様らのようなふざけた連中に邪魔されるとは……クソぉ!」
公爵は身をよじって拘束から抜け出すと、ドアに体当たりして逃走を図った。
「逃げたぞ、追え!」
近衛隊が出口を封鎖する中、逃げ道を失った公爵は、屋敷の階段を駆け上がっていく。
「………本当に上に向かって逃げていくんだな」
呆れ顔のハリソンにリズが頷く。
「何故か、『事が露見した犯人』と、『殺人鬼に追われるヒロイン』は、上に上に逃げていく習性があるんだよね。
まあ、場合によっては上の階に気球とか隠してて、『アバヨ〜、とっつぁ〜ん』って逃げていく可能性もなくはないんだけど」
幸い公爵邸にその手の大逆転アイテムの仕込みはなかったようで、公爵は近衛隊の手によってバルコニーに追い詰められた。
「もう逃げられないぞ、サザーランド公爵」
「クソッ、捕まってたまるか」
「……盛り上がってるところ、恐縮なんですけど」
リズが後ろで手を挙げる。
「公爵閣下、今みたいなやり取りの後、バルコニーの手すりにもたれると、100パー壊れて転落しますよ?
そんで、柵とか杭とか銅像が持ってる槍とか、そういう先の尖ったものの上に仰向けに落ちて、串刺しになるのが『ありがちなパターン』です。
幸い公爵閣下の悪巧みは、今のとこ全部失敗に終わってますから、捕まっても死刑ってことはないでしょうし、ここは大人しく捕まっといたほうが良くないですか?」
「フ、フン、何をバカなことを……」
鼻で笑った公爵の手の下で、バルコニーの手すりがバキッと折れる。
「アアーーーー」
夜のしじまに、落ちていく公爵の悲鳴が尾を引いた後、「ぽすっ」と間の抜けた音が聞こえてきた。
「よし、回収終了だ」
バルコニーから下を覗いたハリソンが、巨大な魔力マットの真ん中に落っこちて目を白黒させている公爵を見て頷く。
「事前に屋敷の周りの尖ったものをすべて取っ払って、マットを敷き詰めた甲斐があったな。
あんな奴のためにこんなに手間をかけてやる必要があるとも思えんが、人命尊重はリズとの約束だ。
……それにしても、伝説の秘宝『黄金のオスカー像』とは恐れ入ったな……道理でいくら調べても犯行動機がわからないはずだ。
『聖なる森の古代神殿』に、『永遠の富と名声が約束される秘宝』………か。公爵は随分大きな夢を抱いていたようだが、そんなものが本当にあると思うか?」
ハリソンの疑問にリズは苦笑いする。
「まあ、『オスカー』獲ったらギャラは上がるし(富)、いい役のオファーも増えるからね(名声)……
気になるなら、ハリさん、王女様から指輪借りて秘宝探ししてみる?
古代神殿の冒険とハリさんは割と相性がいいと思うよ?インディ的に。
転がってくるでかい岩から逃げ回ったり、ヘビや虫だらけの部屋に閉じ込められたり、金髪美女といい感じになって土壇場で裏切られたりするかもしれないけど」
「そいつは勘弁だな」
ハリソンと笑い合いながら、リズはこっそり「いや〜映画って本っ当にいいもんですね」と、◯◯ロードショーの◯◯◯郎ばりに呟いた。




