02 ハリウッド的転生事件
「………『異世界転生』ってやつですかぁ~………」
お使いの帰り道、これまでの16年の人生に、いきなり前世の記憶が上乗せされてしまったリズは呆然と呟いた。
前世の記憶が蘇っても、リズがリズであることに変わりはない。
しかし、前世知識も稼働させて、改めて今生きているこの世界を眺めてみると、色々腑に落ちたり落ちなかったりすることが出てきてしまった。
リズの暮らすフィルミア王国は、ある大陸の南西部に位置する小国だ。
ワインが名産で、王都の北に「聖なる森」と呼ばれる森林地帯が広がっているのが特色の、経済状況も治安もそう悪くない平和な国だと思う………庶民のリズの目から見る限りは。
フィルミア「王国」の名の通り、一応王政が敷かれていて、貴族が幅を利かせている中世風の社会構造ではある。
しかし、庶民の暮らし向きが良く、それなりの権利や自由も認められているところは、前世知識でいうところの、『産業革命後の西欧』や『江戸時代の町民文化』に似ているかもしれない。
例えば、ここ王都でなら庶民の子どもも大抵学校に通っているし、成績優秀であれば貴族が通う王立学院への進学も夢じゃない。
かく言うリズも去年までは庶民の学校に通っていた。
成績は悪くなかったものの、奨学金をもらえるほどではないし、家も金持ちではなかったので、結局王立学院には進まず、現在は家業の手伝いに落ち着いているが。
また、生活レベルの点で言えば、この世界では科学こそ未発達だが、代わりに魔道具が普及していて、暮らしはそこそこ便利だ。(魔法瓶がガチの魔法瓶だったりする)
これが前世のように化石燃料社会だったら、『産業革命後の西欧風』の王都なんて、煤とばい煙で真っ黒黒だっただろうから、この世界観は転生者としては単純にありがたい。
「そういう意味では、転生するには随分とご都合のよろしい世界なわけなんだけど……」
リズは辺りを見回して独りごちた。
「これだけ社会条件が揃ってるとなると、やっぱりあるのかなあ、原作………」
ロマンス小説か、少女漫画か、はたまた恋愛ゲームか。
リズがそういった作品の中に転生してしまった可能性は大いにある。
しかし、リズは生前そっち方面の趣味をほとんど嗜んでこなかったため、乏しい前世知識をいくら振り絞っても、それらしき原作の見当はつかなかった。
「……そもそも前世の私は映画ばっかり観てたし、映画の世界じゃ異世界転生モノってまだまだ黎明期だったんだよね」
原作があったとしてもそれが何なのかわからなくては、原作知識チートの使いようがない。前世の記憶が蘇ったとはいえ、原作の内容を知らない以上、その方面の特典はスッパリ諦めたほうが良さそうである。
それより何よりこの世界には、自分の前世が「映画大好き人間」だったと自覚してしまったリズとしては絶対に見過ごせない、ものすごく普通じゃない点があった。
※※※※※※※
「今まで何とも思わず生きてきたけど、改めて見るとどう考えてもおかしいでしょ、コレ……」
嘆息するリズの横を、すごい勢いで男が駆け抜けた。
「スリだ!捕まえろ!!」
という叫びとともに、逃げる男を治安警備隊が追いかけて行く。
リズが見ていると、背後の警備隊員に気を取られたスリは、路傍の果物屋の屋台にまともに突っ込んだ。
オレンジやレモンの木箱が派手にひっくり返り、「うちの商品が!」と店主の悲鳴が響く。
リズの後ろでは、二人の若者が話している。
「いいニュースと悪いニュースがあるんだ。どっちから聞きたい?」
「おいおい、ニュースはいつだって悪い方からって決まってるだろ?」
通りの向こうでは、若い男が花束を片手に踊るような足取り、というか踊りながら「♫今日こそ愛しいあの娘に告白するんだ〜」と、オペラ歌手ですか?な歌唱力で高らかに歌い歩いている。
「……いや、ハリウッド映画かよ」
ハァ、と肩を落としながらリズは全方位にツッコんだ。
「………これってやっぱり、映画の『お約束』と『あるある』が現実に存在している世界ってことだよね………?」
学生時代のプロムが、ちょっと引くほど超絶一大イベントだったり、どんなものすごい災害が起きても子どもとペットは絶対犠牲にならなかったり、これまでの人生思い返せば正直思い当たることしかない。
「なんで今まで気づかなかったかなぁ……そもそも我が国の象徴があれなんだもんよ……」
ぼやきながらリズが目を上げると、王都の北、フィルミア王国を象徴する「聖なる森」に連なる丘陵地の斜面に、子どもの頃から見慣れた白い文字看板が見えた。
「HOLYWOOD」(聖なる森)と…………




