19 凡人は静かに笑う
王宮が襲撃を受け、賓客の公子が怪我を負った事件は、公子自身の意向もあって、対外的には伏せられることとなり、国民にも知らされることはなかった。
しかし、事件の重大性や、王宮内の多くの人間が事の顛末を知ってしまっていることからも、貴族に対しては事実を隠しておくことが難しく、後日、主立った高位貴族が王宮に集められ、国王から簡単な事情説明と箝口令が敷かれた。
王女の寝室にまで暗殺者の侵入を許してしまったことや、その挙げ句友好国の賓客を負傷させてしまったことは、貴族たちに大きな衝撃を与えた。
特に、グレースの叔父、サザーランド公爵からは、王宮の警備に対して猛烈な抗議を受けた。
そのような暗愚な近衛隊には、とても姉の忘れ形見を任せられない、王宮にいれば大丈夫だと考えていた自分が愚かだった、かくなる上は王宮の完全な安全が担保されるまで、グレース王女は我がサザーランド公爵家で保護させていただきたい……と公爵は席上でまくし立てた。
この主張に対して、既に大きな失態を演じてしまっている手前、王室側は強く出ることはできなかった。
そこで、近衛隊の処罰を一時王室預かりとする代わりに、サザーランド公爵が王宮の警備が万全であると認められるようになるまで、グレース王女の身柄はサザーランド公爵邸に預けられることとなった。
サザーランド公爵家は多くの私兵を抱えており、その優秀さは王宮の近衛隊に勝るとも劣らないと評判である。
公爵の近衛隊に対する強い不信感を考慮して、王宮からは最少人数の護衛が同行するということで話がついた。
怪我をしたレオナルドの側を離れたくないグレースは泣いて嫌がったが、17歳の誕生日までには公爵に納得してもらえる警備体制を完成させるからと父王に宥められ、レオナルド自身にも説得されて、公爵邸への一時避難を不承不承受け入れた。
こうして、数日後の夕刻、僅かな供を連れたグレース王女の馬車が、多くの私兵に守られながら公爵邸の門を潜ったのだった。
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公爵邸に到着したグレース王女は、「叔父と姪、久しぶりに水いらずで話をしたいから」と、そのまま公爵の書斎に通された。
人払いがされ、ドアの前には私兵の見張りが立っているものの、書斎には王女ひとりである。
王女が帽子も取らず、掃き出し窓から暮れなずむ外の景色を眺めているところへ、サザーランド公爵がせかせかと入ってきた。
「グレース!よく来てくれた。怖かっただろう。もう何も心配は要らないよ」
公爵が声を掛けると、王女は窓際からゆっくりと振り返る。
ベールに半ば隠れたその顔を見た途端、公爵の顔色が変わった。
「なっ……貴様は、一体……?」
「グレース王女殿下は、こちらにはいらっしゃいませんよ、公爵閣下」
ベールのついた小さな帽子を、ブロンドのかつらごと脱ぎ去ると、王女に化けていたリズは『揚げ菓子屋の営業スマイル』を浮かべてみせた。
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「貴様、何者だ!グレースはどうした!」
激昂する公爵に怯む様子も見せず、リズは淡々と答える。
「私はただの替え玉庶民ですよ。王女様は王宮で無事に過ごしておられます。ご心配なく」
「庶民だと…?王室は何を考えている!こんな悪ふざけをしてただで済むと思っているのか!」
ますますいきり立つ公爵に、リズはポイとメガトン級の爆弾を投下した。
「王女様の安全を考えたら、こちらにお連れするわけにはいかなかったんです、公爵閣下。
だって、王女様の暗殺を狙う黒幕は、サザーランド公爵閣下、『貴方』なんですから」
「なっ……」
虚を衝かれた公爵が言葉を失う。
「とても頭のいい計画でしたね。
王宮に刺客を送り込んでも、警備の厳重さを考えれば、うまくいかない公算のほうが高い。
でも、王宮が襲撃を受けたとなれば、貴方の立場なら王室に訴えて、護衛の少ない無防備な状態で王女様をご自分の手元に呼び寄せることができる。
どっちに転んでも王女様の命を狙える、二段構えの計画だったんですね。
とは言え、公爵閣下のお膝元でグレース様を手に掛ければ、いくら事故に見せかけてもある程度疑われることは避けられませんから、本当はこっちの手段は避けたかったでしょうけど」
「し、痴れ者が……い、言うに事欠いて庶民風情が何を無礼な……」
「公爵閣下にとっては、痴れ者のたかが庶民かもしれないですけど、こう見えて私、グレース様公認のお友達なんですよ?
王女様との友情にかけて、公爵閣下の悪巧み、この凡人が解き明かしてみせましょう!」
怒りのあまり青褪めて言葉も出ない公爵に、リズはニッと笑って啖呵を切った。
頭の中では (今のセリフだと、なんかちょっと捕物帖っぽくなっちゃった?)などと考えながら。




