18 キリング・レオ・ソフトリー
四人は近衛隊の巡回ルートを辿って、庭園まで急ぎ足でやってきた。
この庭は二階の王女の寝室に面していて、寝室の窓にまだ明かりが灯っているのが下からもよく見える。
「おかしいな。ここにも二人配備されているはずなんだが…」
ハリソンが辺りを見回した。
いるはずの隊員の姿が見えないことで、リズの主張に半信半疑だった男たちの表情も厳しいものに変わる。
モーガンとブラッドが周囲を捜索する中、リズが耳を澄ますと、植え込みのあたりから微かなうめき声が聞こえた。
「ハリさん、こっち!」
「………しまった!」
植え込みの陰には、近衛隊員が二人倒れていた。
助け起こして介抱すると、幸い二人とも一時的に気を失っただけで、命に別状はないようだった。
「しっかりしろ!何があったんだ」
ハリソンが隊員に声をかける。
「………う、ううっ、申し訳ありません隊長……自分が軽率でした………」
「謝罪は後で聞く。今は状況報告が先だ。話せるか?」
「はい……警備中、王女様の寝室前の庭を、人目を避けるようにウロウロする人影を見たのです。
それが、あまりに意外な人物だったので、つい隣のこいつに『おい、あそこにいるの、シネラマ公国の公子殿下じゃないか?』と声をかけてしまって……」
「えっ、じゃあもしかして………」
口を押さえるリズに、蒼い顔をしたもう一人の隊員が答える。
「……申し訳ありません!そう言われて、自分も反射的に答えてしまったんです……『ハハハ、そんなわけないだろ』と………!!」
「あああ……それ死亡フラグ……」
二人の隊員はコックリと頷く。
「しまった、と思って口を押さえた次の瞬間、後ろから何者かに続けざまに殴りつけられ、二人とも昏倒してしまったのです」
「……いかん!王女様の御身に危険が!!」
ハリソンが慌てて立ち上がったその時、グレースの寝室の方から、何かがガチャンと割れる音と悲鳴が聞こえてきた。
※※※※※※※
ハリソンたちがグレースの寝室になだれ込むと、そこには激しい格闘の跡があった。
カーテンが引きちぎられ、割れた花瓶の破片が散らばる惨状に、血の気が引いて思わず足元がふらつくリズの肩を、ブラッドがしっかり支える。
その中で、ハリソンの目はいち早く、鏡台に震える身体を押し付けて立ち竦むグレースの姿を捉えていた。
「……王女様、よくぞご無事で!お怪我はありませんか!?」
駆け寄るハリソンに、グレースは真っ青な顔をしながらも気丈に答える。
「私は……大丈夫……怪我もないわ……でも……でもレオが!!」
「!?……公子殿下が?一体何があったのです」
「寝る前に、鏡台に向かって髪を梳いていたの。
そしたら、鏡の隅に、ナイフを持った男が窓から入ってくる姿が映ったのよ。
叫んで逃げようとしたんだけど、足がもつれて倒れてしまって………
『もう駄目だ』と思ったら、何故かレオが飛び込んできて、私を庇ったの。
そして、そのままナイフを奪おうと男に向かって行って……お願い、私はいいからレオを!彼、怪我をしているわ!」
グレースの示すほうを見ると、寝台の向こう側で、レオナルド公子が肩から血を流しながらも黒装束の男を組み伏せ、しっかりと取り押さえているのが目に入った。
「大事ない、刃がかすっただけだ!賊は捕らえた。お前たちは他に仲間がいないか確認しろ!」
レオナルドがハリソンたちに向かって声を張り上げ、暗殺者の腕を更に捻り上げる。
「もう逃げられまい。さあ言え!いったい誰に頼ま……モガッ!?」
レオナルドは慌てたハリソンに口を塞がれ、その隙にモーガンが電光石火で黒装束の男の口に手を突っ込んだ。
「申し訳ございません公子殿下。フィルミア王国には最近できたばかりの『尋問前のプロトコル』というものがございまして……御無礼の段、幾重にもお詫びいたします」
ハリソンがレオナルドに謝罪する中、モーガンが半泣きの暗殺者の口から自害用の毒を取り出す。
「流石モーガンさん、鮮やかなお手並み!」
「この職についたときは、男の口に手を突っ込む専門家になるつもりはなかったんだがな……」
感心するリズに、モーガンが手を拭きながらぼやく。
近衛隊が暗殺者を連行していき、ハリソンに呼ばれた医師がレオナルドの傷の処置をしていると、グレースが突然わっと泣き出して、レオナルドの胸に飛び込んだ。
「バカ……レオのバカ……こんなバカなことして、ホントにバカ!なんで私なんか庇うのよバカ!レオに何かあったらどうするのよバカ!バカバカバカ!」
「おいおいお嬢さん……命の恩人に『バカ』が多すぎるだろうよ……」
わあわあ泣きながら拳を振り回すグレースを、レオナルドが不器用に抱きとめる。
その場にいたリズたちは、一斉に明後日の方を向いて、壁や家具に同化しようと努めた。
※※※※※※※
しばらく泣いてグレースが落ち着いたところを見計らい、ハリソンがまだくっついている二人に話を聞く。
「ところで、公子殿下はどうやって賊を見つけたのですか?そもそも何故グレース様のお部屋に?」
グレースの髪を撫でていたレオナルドの手がピタリと止まった。
「ええっとだな、ちょっと王女に用事があって……レディの部屋に夜半に正面から行くのは気が引けるので、窓から行こうと外壁をよじ登ったら、怪しげな先客がいたものだから……」
「………窓からですか?」
「ああ、いや、決してよこしまな意図などないぞ?
ただ、今日フラリと街に出たときに、蚤の市で面白いものを見つけたものだから……王女にプレゼントして、驚かせようと思って……」
慌てたように手を振るレオナルドのポケットから、何かがポトリと落ちる。
「………プレゼントって、これ?」
グレースが、ゴムで出来たヘビのおもちゃを拾い上げた。
「あ、ハハ……よく出来ているだろう?
これをお嬢さんのベッドに入れておいたら、びっくりして飛び上がるかな〜と思って……って、あっ待て、早まるなグレース、頼む、待ってくれ……」
「……この、バカ……」
フィルミアスナギツネのような表情になったグレースが、手にしたヘビのおもちゃでレオナルドの首をゆっくり絞め始める。
周囲は、まあ公子の自業自得だよな~という空気を漂わせつつ、止めに入るのをちょっぴり遅らせたのだった。




