17 今そこらへんにある危機
澄んだ青空と冷たい風が王都に秋を告げる頃、王宮ではグレース王女の17回目の誕生日に向けて、少しずつ祝いの準備が進められていた。
そんな慌ただしいある日、近衛隊の訓練所に隊員全員が秘密裏に召集された。
何事かとざわめく隊員たちを前に、ハリソンが訓戒を垂れる。
「王女様を狙う暗殺犯については、皆の尽力のお陰で捜査の網が確実に絞られてきている。
だが、まだ決定的な証拠をつかむに至っていないのは知っての通りだ。
一方で、現在、暗殺犯の方も焦っているであろうと推察される。
帰国から時を待たず二度も襲撃を企てたたことからも、一刻も早く王女様を亡き者にしたいという意図が透けて見えるし、だとすればこちらに内通者を押さえられ、王女様の動きを追えなくなったのは、向こうにとって大きな打撃だろう。
これまでは、決して表に出ることなく、慎重な姿勢を崩さなかった相手ではあるが、目撃者が捕まったことで、黒幕の存在がこちらにバレていると向こうが知った以上、今後はなりふり構わず強硬手段にでてくる可能性も考えなくてはならない」
「隊長、それはつまり…」
近衛隊の空気が一気に緊張する中、ハリソンが深刻な顔で告げる。
「王宮に直接刺客を送り込んでくる可能性があるということだ」
ざわつく近衛隊を手振りで鎮め、ハリソンはテーブルに王宮の見取り図を広げる。
「これから当分の間、王女様の周囲に特別警戒体制を敷く。
幸い、王女様はシネラマ公国の公子殿下との交流がお忙しくて、ここのところはずっと王宮で過ごしておられるからな。
三交代制をとり、夜の警備も更に厚くする。
皆には負担だろうが、王女様のご無事のためだ。これ以上暗殺犯の好きなようにはさせない。その心構えで警備に当たってほしい」
近衛隊員たちは真剣な顔で頷く。
「リズ・アスターが、彼女の『ありがちなパターン』を読み解く能力を使って、警備の際の注意点をまとめてくれた。
今から説明するので、頭に入れておいてくれ。
これは、警備の穴を防ぐものであると同時に、我々近衛隊の安全を守るためのものでもある。
我々にとって、何よりも優先されるべきは当然王女様のご無事だが、リズにとっては、近衛隊も全員無事でいてくれなくては困るらしい」
そう言われた時のことを思い出したのか、ハリソンの表情が一瞬柔らかくなった。
「では、まず一つ目。
この任務が終わったら結婚する予定があるものは、今回の警備からは外れてもらう」
「!?」
狐につままれたような顔の隊員たちをよそにハリソンは続ける。
「次に、もうすぐ子どもが生まれる者、任務が終わったら故郷に帰る予定のあるものも、安全のために後方支援に配備する。
リズによると、これは『ふらぐ』というもので、その手の予定のあるものは、何故か暗殺者に襲われやすくなるそうだ。
例によって『ありがちなパターン』の法則や因果関係は我々にはよくわからないが、これまでの実績から考えても、リズの忠告を軽く見ない方がいいことは皆も承知しているだろう。
そしてもう一点、これは当然のことではあるが、任務中の単独行動はどんな理由があれ厳禁とする。
何があろうと二人以上で行動し、間違っても『ちょっと見てくる。お前はここで待っていてくれ』とか、『心配ない。俺ひとりで十分だ』などという言葉は口にしないように。
ああ、それに付随して、ここにリズが作った『任務中、絶対口走ってはいけない死亡ふらぐ』のリストがある。
よく読んで、覚えておくように」
隊員たちは、『何だネコか……脅かしやがって』だの、『先に行ってくれ。すぐに追いつくから』だのといった、『ありがち』なセリフがズラリと並んだリストを受け取り、やや当惑しながらも熱心に読み始めた。
※※※※※※※
夜、王宮の人々がそろそろ眠りにつこうかという頃になっても、近衛隊詰所には煌々と明かりがついていた。
いつもならこの時間には店じまいしているスタ場・サテライトも今日はまだ稼働しており、代わる代わる立ち寄る近衛隊員に、リズが眠気覚ましの熱いコーヒーを振る舞っている。
警備の全体統括を担うハリソンは、王女の就寝前の安全チェックを済ませ、周囲の警戒に当たっている隊員たち一人ひとりに声をかけて、今詰所に戻ってきたところだが、疲れた様子ひとつ見せず部下に指示を出し続けている。
こういうところは流石に近衛隊長さんだな、とリズは感心した。
「リズ、お前そろそろ寝たらどうだ?」
モーガンと一緒に、警備交代前の一杯を飲んでいたブラッドが、働きづめのリズを気遣う。
「私が寝ちゃったら、誰がコーヒー淹れるの?」
「俺が淹れるよ、それくらい」
「おいおい、勘弁してくれ」
ブラッドの宣言にモーガンがギョッとした顔をする。
「前に治安警備隊の詰所でお前がコーヒー淹れたときの阿鼻叫喚を忘れたのか」
「でも、みんな『目が覚めた』って言ってましたよ?」
「悪い意味でだ。とにかくやめてくれ。目が覚めるどころか飲んだ連中が二度と目を覚まさなかったらどうする」
そんな大袈裟な…とむくれるブラッドの横で、リズは逆に『二度と目の覚めないコーヒーの淹れ方』が気になってムズムズした。
「ブラッドの殺人コーヒーはともかく、確かにリズはもう休んだほうがいいだろう」
部下に指示を出し終わったハリソンがこちらにやってきた。
「王女様の周囲には、水も漏らさぬ警備網を敷いている。さっき私がこの目で確かめてきたから大丈夫だ。
心配ない、万にひとつも侵入者など入って来んよ」
それを聞いたリズがすうっと青褪める。
「今の、言葉………」
「……リズ?大丈夫か?」
ブラッドが覗き込むと、リズはパッと顔を上げ、コーヒーポットをテーブルにドンと置いた。
「……今まさに侵入者が入り込もうとしている時に、同時進行で責任ある立場の人がよく言うセリフ!
ハリさん、もっかい見回り行こう!私も行く!」
エプロンを外して詰所から飛び出すリズを、男たちは慌てて追いかけた。




