12 この森で、天使はバスを釣った
作戦会議から十日あまり後、リズ、モーガン、ブラッド、ハリソンの四人は、グレースを伴って『聖なる森』の中を流れる『不死鳥川』を訪れていた。
(前世の記憶が戻る前も、いくら聖なる森の川だからって、どえらい大げさな名前つけたもんだなとは思ってたけど、『不死鳥川』=『リバー・フェニックス』ってことだったのね。
まあ、映画的解釈に基づくと、これが『ミシシッピ』だったらバーニングしちゃうかもしれないし、『ハドソン』だったら旅客機降ってくるもんね……)
物思いに沈むリズの視線の先には、モーガンとブラッドに教わりながら、ルアーフィッシングに挑戦するグレースの姿があった。
今日は、ハリソンがグレースの懇願に折れて実現した、庶民三人の案内によるお忍び外出『お姫様、初めての釣り』である。
「グレース様、筋がいいですね」
リズが話しかけると隣のハリソンが頷く。
「ああ見えて運動神経抜群でいらっしゃるからな。
射撃の腕も大したもので、ご留学中は射撃クラブの部長を務めておられたほどだ」
「見た目グレース・ケリーで、中身アニー・オークリーとか、どんだけ完璧超人ですか」
そのとき、話題の完璧超人が早速ブラックバスを釣り上げ、天使のような明るい笑い声が弾けた。
モーガンとブラッドがそんなグレースを眩しそうに見つめている。
「………釣れちゃいましたね」
「ああ、残念ながらな」
リズとハリソンの呟きは、グレースの釣果に向けたものではなかった。
今回のお忍び外出には、王女には知らされていない裏があったのだ。
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あれから、近衛隊は王女の周囲の人間を新しい観点から調べ直した。
すると、過去に息子夫婦の商売が傾いたことのある者や、婚約者が詐欺に遭って大金を失った者など、何人か可能性のありそうな使用人が浮かび上がってきた。
そこで、ハリソンはリズ発案の攻めの一手を打つことにした。
可能性のありそうな使用人に絞って、ある情報を伝えたのだ。
「グレース王女は三日後の早朝、客人の庶民たちの案内で外出する。お忍びなのであまり大っぴらにならないよう、こっそり当日の準備を頼みたい」と。
果たしてその日の夜、メイドの一人が宮殿を密かに抜け出した。
そして、近衛隊の尾行にも気づかず、庭園の人目につかない一角に生えている木のウロに、小さく畳まれた紙を押し込もうとしたところを取り押さえられたのであった。
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捕らえられたメイドは、近衛隊の取り調べを受けるなり、せきを切ったように話し出した。
数年前、メイドの従姉妹が事故に遭い、高額な治療が必要になった。
小さな頃から仲が良く、姉妹のように育ったこともあり、メイドは何とか従姉妹を助けたいと願ったが、従姉妹の家でもメイドの給金でも、とても治療費は賄えるものではなかった。
メイドらが途方に暮れていたところに、どこから聞きつけたのか見知らぬ紳士が訪れ、治療費を肩代わりする代わりに、王女が出かけるときは報せて欲しいと依頼されたという。
紳士は長いマントと手袋を纏い、帽子を目深に被ってマスクを着けていた。
声も何だか不自然だったから、変声魔道具のようなものを使っていたのかもしれない、とメイドは供述した。
いかにも怪しいとは思ったものの、治療を受けられないと従姉妹は死んでしまうかもしれないと医者に聞かされ、メイドは迷いながらも従姉妹の命には代えられず、結局紳士の言う通りにしてしまった。
それにより従姉妹は治療を受けられたものの、紳士との関係はそれで終わりはしなかった。
これからも王女の予定を教えなければ、金で情報を売ったことを王宮にバラすと脅されたのだ。
怖くてとても逆らえなかった、王女様が留学で国を出たときは本当にホッとしたが、王宮にお戻りになるなり脅迫者も舞い戻ってきて、毎日生きた心地がしなかった……とメイドは泣きながら告白したのだった。
近衛隊が木のウロを調べると、入れられたメモをどこかへ転送する魔道具が、目立たぬように仕込まれていた。
特殊な作りで、転送された先が特定できないよう改造されているらしい。
ハリソンはそこでもう一つ仕掛けることにした。
敢えて木のウロを通じて相手に王女の外出日時の情報を流し、暗殺犯の動きを誘うことにしたのだ。
日時だけがわかり、行き先がわからなければ、暗殺犯のとれる手段はおのずと限られる。
リズの言うところの、「わざと創った『隙』に敵を誘導して勝負する」作戦の決行であった。
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「あれがうまくいったのはリズのお陰だな」
「大事なところは、近衛隊の皆さんとモーガンさんとプラピがちゃんと押さえていてくれてましたからね。私のアドバイスなんてオマケみたいなもんですよ」
ハリソンとリズは、グレースが天使の笑顔でブラックバスをバスバス釣り上げる様を眺めながら話し続ける。
グレースの行き先がわからない状態で暗殺犯が何か仕掛けてくるとしたら、馬車に細工するか、王宮を出る瞬間と踏んだ近衛隊は、お忍び外出直前、馬車の車軸や馬の状態に異常がないか調べ、王宮の門付近に狙撃手や尾行者などが潜んでいないか入念にチェックした。
その上で、見落としがないかリズに『ありがちなパターン』を尋ねたのだった。
「馬車の座席の下か、車体の下に爆発物が仕掛けられていないか調べてください。
あと、ないとは思うけど、後部座席か荷物入れに生ける屍が潜んでいないか念の為確認を」
「生ける屍ってナニ!?」
「なんかそれに噛まれると自分も生ける屍になっちゃうやつ。国によっては割とポピュラーな存在なんだけど、この世界には居ないことを私も切に願ってる」
「マジかよ……」
ブラッドたちが半信半疑で調べると、案の定王女の座席の下に小型の爆発物が仕掛けられているのが見つかった。
そして、生ける屍こそいなかったが、荷物入れに縛り上げられて猿轡を噛まされた御者が放り込まれているのを発見したのだった。
本物の御者を襲って縛り上げ、入れ替わっていた偽御者は、本物が発見されたのを見て慌てて逃げ出そうとしたが、あっという間に近衛隊に取り押さえられた。
そして、狙撃事件以来犯人の自害対策を心得ているモーガンに、即、口に手を突っ込まれて涙目になった。
結局偽御者はそのまま連行され、グレースには事情を知らせず新しい馬車を用意して、ハリソン自らが手綱を握り、尾行者を警戒しつつ予定通り『聖なる森』へ出かけたのだった。
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こうして、グレースは念願だったお忍び外出を楽しむことができ、近衛隊は暗殺犯の新たな手がかりを手に入れることができた。
不死鳥川のほとりで、ハリソンは改めてリズに謝意を伝える。
「ありがとう。リズのおかげで本当に助かった」
「なんのなんの。うまくいってよかったです。
これで少しは黒幕に近づけるといいですね。
ま、今回は流石の私でも予測できなかったことがありましたけど……」
「……?それは何だ?」
「ハリソン隊長がこんなに釣りが下手くそだとは思いませんでした」
「…………ほっとけ」
ハリソンとリズは最前から絡まってオマツリ状態になってしまっている二人の釣り糸をせっせと解き続けた。




