11 執事たちの沈黙
リズたちが王宮に滞在して数日が過ぎたが、グレースが王宮から出ていないこともあり、波風ひとつ立たない日々が続いていた。
庶民三人はハリソンと一緒に度々グレースに呼び出され、リズが用意したコーヒーと揚げ菓子を楽しみながら、庶民の暮らしやグレースが不在中の王都での出来事などを、問われるままに王女に話した。
好奇心旺盛なグレースは市井の話に目を輝かせて聞き入り、是非近いうちにリズたちの案内でお忍び外出をしたい、としきりにせがんではハリソンを困らせた。
一方でリズたちも四方山話を装って、グレースに周囲の人々の様子や、怪しい出来事などが起きていないかをそれとなく聞いてみたが、暗殺未遂解明のヒントになりそうなものは見つからなかった。
王女自身の話から暗殺犯の手がかりを見つけるのが難しいなら、と三人はハリソンの手引きでグレースの周囲の人々にも、『世間話』という名の事情聴取を試みたが、こちらはもっとうまくいかなかった。
無理もない。
王宮の使用人の中には、王女の客である手前慇懃に振る舞ってはいるものの、リズたちなど『一皮むけば所詮は庶民』という思いが、態度に透けて見えてしまっている者が多いのだ。
そういう相手には、話しかけてみても「下賤の者と親しく話すなど真っ平御免」とばかりに、やんわりかわされたり、沈黙を貫かれてしまうのが常であった。
あまりの塩対応にハリソンはあてが外れたような顔をしていたが、三人は (まあそうだろうな)という気持ちだった。
仮にも王宮に勤める使用人が、いきなり庶民と親しげにしたり馴れ馴れしく話したりする方がおかしいのだ。
むしろ、王宮の使用人に邪険にされるよりも、一国の王女に友達扱いされることの方が、庶民にとっては遥かにおっかない事実だったりする。
一方、リズたちが身を置いている近衛隊の面々は、ハリソンから事情を聞されていることもあって、王宮の使用人などよりずっと気安く接してくれていた。
モーガンは下町警備のエキスパートとしてちょくちょく若い近衛隊員らに意見を求められているし、ブラッドが近衛隊の訓練に参加したいと言えば快く受け入れてくれている。
こうして治安警備隊員二人が近衛隊と親しくなるなか、リズもぼやぼやしていたわけではない。
両親に持たされた道具と豆を使って近衛隊詰所に開いた『スタ場・サテライト』は、たった数日で近衛隊員に大好評を博していた。
詰所の外まで漂うコーヒーの香りは、身分に関係なく王宮内に一定数生息するコーヒー党を惹きつけ、昨日あたりからは近衛隊以外の使用人もチラホラ詰所を覗くようになっている。
一度スタ場に引き込んでしまえば、そこからの客あしらいには自信があった。
※※※※※※※
夜、ハリソンと庶民三人は、近衛隊長の私室で対策会議を開いていた。
扉は厚く、話し声が漏れる心配はないが、念の為部屋の外では部下の隊員がそれとなく盗み聞きを警戒してくれている。
逆に、これだけ動きがないと、誰かがノコノコ様子をうかがいに来てくれた方が捜査の手間が省けるんだが、とハリソンは笑った。
「狙撃事件以降、王女様の警備体制を強化したし、ずっと王宮内で過ごして頂いているから、今のところ新しい動きはないが、その分黒幕を突き止める手がかりも途絶えてしまったのは頭が痛いな。
王女様のご無事が最優先ではあるが、どうしたものか……」
「グレース様のお話を聞く限り、ご家族とも仲が良いし、政治に絡んでもいらっしゃらないんですもんね。周囲の人に恨まれるようなタイプでもなし……
こうなったら『動機』は一回置いといて、『機会』の方を考えてみます?」
首を傾げるリズに、モーガンが反応する。
「それは……『誰が王女様を亡き者にしたがっているか』ではなく、『誰が王女様を襲うことができたのか』を考えるというわけか。
そうなると、狙撃事件の前の馬車の事故と落石だな」
リズは頷く。
「パレードのときはさ、グレース様が何時にどこを通るのか、王都の人ならみんな知ってたでしょ?
だから襲撃計画を立てるのに特別な情報は必要なかった。
でもその前の事件は、グレース様がいつどこへ行くか知ってる人じゃないと、ピンポイントで狙えなかったと思うんだよね」
ハリソンが考え込む。
「あれは私的な視察で、どちらも大がかりな外出ではなかったからな。
視察先には事前に王女様の来訪予定を報せたが、両方の予定を正確に知ることは外部の者では難しかっただろう。
……となると、知っていたのは王宮でも王女様の近くに侍る者たちということに……」
「!!……それってつまり、グレース様の側に暗殺犯がいるってことですか!?」
立ち上がりそうになるブラッドをモーガンが制する。
「いや、そうじゃないだろう。グレース様の側に暗殺犯がいるなら、わざわざ外出を狙う必要はないはずだ。
王宮内で事故に見せかける方が準備もしやすいし、確実だからな」
「じゃあ……」
「………いるのは『内通者』ということになる」
ハリソンが険しい顔で断じた。
「だが、王女様の周囲の人間は、近衛隊が密かに調査済みだ。
皆、グレース様がお小さい頃からお仕えしている身元の確かな者ばかりだし、金に目が眩んで王女様を売るほど困窮している者もいない。
事件後、その中の誰かの羽振りが良くなったなんてこともないしな」
「………身内はどうでしょう?」
「と言うと?」
眉を上げるハリソンに、リズは続ける。
「こういうときの『ありがちなパターン』として話させていただきますね。
本人が困窮していなくても、親戚の子が病気で高額な治療を必要としてるとか、恋人が仕事に失敗して結婚できずにいるとか、そういう事情につけこまれた人がいるんじゃないかってことです。
『お金と引き換えに王女様に毒を飲ませろ』って言われたら皆断るでしょうけど、『身内を助けてやるから王女様が出かけるときは事前に報せてほしい』という取引だったら、そんな大ごとになると思わず応じてしまった人がいるかもしれません」
ハリソンはうめき声をあげる。
「何ということだ……
わかった。その線で王女様の周囲の人物をもう一度洗い直してみよう。
それで、もし怪しい者が浮かび上がったとして、そこからはどう捜査を進めたものか……ここは慎重に判断しなくてはならないな」
男たちの重い沈黙の中、突然リズが低いイケボで話し出した。
「……『守るのは攻むるより難しいでな』……」
「!?リズ、ど、どうした!?」
「……『よい城にはきっと隙がひとつある。その隙に敵を集めて勝負をする。守るだけでは城は持たん』……」
「大変だ、リズになんか渋いオッサンが憑依した!!」
慌てるブラッドにリズはニコニコする。
「ごめんごめん。これは完全に畑違い。元ネタ『七人の侍』だもんね。
でもカッコいいセリフでしょ?今の状況に合ってると思うんだ」
「……お前、何か考えついたのか?」
モーガンが探るような目を向ける。
「うーん、まあ例によって『ありがち』に頼った素人考えだから、実地では役に立たないかもしれないけど。
取りあえず聞いてもらって、細部の検討は警備のプロ御三方にお任せしますわ」
そうして話し始めたリズの素人考えに、プロ御三方は真剣な表情で聞き入った。




