10 王女と家族と優しい奴ら
銀髪の執事が音もなく入ってきて、王女に来客を告げた。
「失礼いたします。サザーランド公爵閣下が王女様にお会いしたいとお見えになっております」
「あら、叔父様が?構わないわ、こちらにお通しして」
「承知しました」
執事がドアの向こうに消えると、グレースは申し訳なさそうに三人に笑いかけた。
「ここに座って少しだけ待っててくださる?サザーランド公爵は私の亡母の弟にあたる人なんだけど、例の狙撃事件以来、私を心配してちょくちょく様子を見に来てくれるの」
「お客様なら、私たちは遠慮させていただきますけど……」
「いいのいいの。叔父も皆さんにお礼を言いたいだろうから」
王女様のお言葉とは言え、公爵閣下が来るというのに座っているわけにもいかず、ハリソンと庶民三人は壁際に控えて待つことにした。
やがて、「サザーランド公爵閣下でございます」と告げる執事の後ろから、せかせかと痩身の男性が姿を現した。
「グレース!その後、変わりはないかい?」
「ええ、叔父様。でも昨日もいらしたばかりでしてよ?」
「それはそうだが、久しぶりに国に帰ってきた姪がいきなり命を狙われたんだ。心配するのは当たり前だろう?」
気遣わしげにグレースの肩に手を置く公爵は、その金髪も優しい顔立ちもグレースによく似ている。
歳の頃は、40歳のモーガンより少し若いくらいだろうか。
幾分神経質そうにも見えるが、姪を心配する気持ちが、やや細身の風貌と相まって彼をそんなふうに見せているのかもしれなかった。
「大事なお前に何かあったら、天国のオードリー姉さんに顔向けできないという私の気持ちもわかっておくれ。
いっそ静養の名目で、暫く公爵邸で過ごして欲しいくらいだよ」
「叔父様ったら大げさですわ。
撃たれたと言ってもこちらの方々のお陰で怪我ひとつなかったんですし、実行犯も指示犯もすぐに捕まったんですもの。
もう何の心配もいらないでしょう?」
公爵はリズたちの方を見た。
グレースが改めて三人を紹介すると、その目にちらりと値踏みするような光が宿る。
「おお、この者たちがお前の話していた勇敢な王都の民か。
姪の命を救い、あまつさえ犯人を即刻捕らえて脅威を取り除いてくれたこと、深く感謝する。
いずれ、我が公爵家からも正式に礼をさせてほしい。
………だが、クライスラー隊長には言いたいことがあるぞ。
グレースを危険から守った働きは見事だったが、そもそも危険に晒されるようなことにならないように気を配るのが君の職務だろう」
ハリソンは恐縮して頭を下げる。
「申し訳ございません。お叱りは真摯に受け止め、近衛隊一同、今後はこのようなことがないよう一層相務めます」
公爵は満足げに頷き、グレースを軽く抱きしめると、皆に暇を告げて、来たときと同様にせかせかと出ていった。
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「お待たせしちゃってごめんなさい。
叔父様とお母様は二人っきりの姉弟だったし、叔父様まだ独り身でいらっしゃるものだから、私のことになると昔からちょっと過保護になってしまうの」
グレースはメイドにお茶を用意させ、皆に座るよう促しながら話す。
王女様と同じテーブルにつくのは、と固辞していたハリソンも、グレースの強い勧めと三人の庶民の声にならない (置いてかないで!)という必死の懇願の視線に負けて、一緒にテーブルを囲むことになった。
「オードリー王妃様のこと、お悔やみ申し上げます。グレース様もサザーランド公爵閣下もさぞお寂しいことでしょう」
おずおずとモーガンが声を掛けると、グレースはニコリと微笑んだ。
「ありがとう。でもあれから随分経つし、いつまでも悲しんではいられないわ。
確かにお母様が亡くなって、サザーランド家直系は私と叔父様だけになってしまったんだけど、二人っきりで寂しい、って感じでもなかったの。
なにしろ、王宮ではお父様も第一王妃様も第三王妃様も兄様姉様方も、みんな私を心配して、寄ってたかって構い倒すんですもの。少しはゆっくり寂しがらせて欲しかったくらいよ。
その後すぐに留学して、たくさん友達もできたから、悲しみも忙しい日々に紛れて少しずつ癒えていったの。
……それでも、お母様の形見のようなものが手元にあればいいのに、って留学中はよく思ったわ」
「形見、ないんですか!?」
驚くブラッドにグレースは苦笑する。
「王室の決まりでね、お母様の遺品は王室内の安置場所に厳重に保管されているの。
お母様は、身につけていたアクセサリーや普段使っていた品なんかを遺言で私に遺してくれたのだけど、王室では『遺品の引き渡しは相続者が17歳になったとき』と決まっているのよ。
おかしな決まりでしょう?
もう誰も、なぜそんな決まりができたかも覚えていないのに、フィルミア王家ってそういうところ変に伝統に忠実で、厳格で……」
国中から愛されて、望めば何でも叶うんだろうと漠然と想像していた、末っ子王女の生活の意外な堅苦しさに、庶民三人は目を丸くして聞き入った。




