第9話 造幣局監査、銀の赤は舌で嘘をつく
王城南の川沿い、白い煙突が四本。
造幣局は、朝一番の火で赤い。
鍛冶街の赤は「鍛える赤」。ここは「試す赤」だ。
門の前で公開監査を宣言し、私は比重桶と水晶板、白金の算棒を机に並べた。ユリウスは公印を、騎士団長は衛士の配置を、ミナは板書の準備を淡々と進める。
「本日の論点は三つ。
一、品位――銀の純度。
二、歩留り――鋳造で消える“はず”の量。
三、漂白――見かけの白さと、芯の色」
造幣局長のルドは、髭の先を整えながら笑った。
「監査官殿、王国の貨幣は信頼の顔。顔の真贋を問うのは、少々失礼では?」
「顔は洗えばわかります」
私は比重桶を指した。「銀は水に聞きます」
◇
第一工程――地金の受入。
台の上には銀餅が積まれ、その表面は過剰に白い。
舌先で、ほんの僅か触れる。わずかにしょっぱい。
ミナが眉を上げる。「塩……?」
「塩化だわ。酸と塩で表面を漂白してる。外は白い、芯は――赤が混じる」
赤は銀の銅。
銀は暖めると桜白、銅は赤で主張する。
私は炉端の職人に声を掛けた。「その銀餅、朱まで焙ってもらえます?」
焙ると、表は白のまま、切口に赤の縁がにじむ。
ユリウスが小さく頷いた。「芯が赤だ」
局長ルドは肩をすくめる。「一定の合金は規格内。強靱さのためでもある」
「規格票を」
私は紙を受け取り、水に晒す。繊維が斜目を描く。王城紙は縦目。
「裏版ですね」
ヴァーレが柱で紫のかごを揺らし、囁く。「早耳。裏版は財務局補佐経由の流通」
◇
第二工程――圧延と円打ち。
板厚を測る器具の針が、妙に渋い。
針孔の摩耗粉を舐める。微かな油。
「油足しで摩擦を殺してる。針が浅く出る――薄い板が『規格内』に見える小細工」
職人たちの視線が往来する。
私は器具に同時刻印を押し、針先を交換。
数値が二分下がる。
薄い。
歩留りは仕様通りでも、板厚が薄い銀貨は、顔だけ立派で身が軽い。
「歩留り表、拝見」
帳場の若い書記が差し出す表は整っている。整いすぎている。
同じ数字が周期で現れるのは、現場では起きにくい。
私は指で拍を取る。一、二、三、四――
数字の並びが拍と揃いすぎる。
「写しですか、これ」
書記は蒼くなって俯いた。「標準値を……」「標準は目安、現物ではない」
◇
第三工程――打刻。
女神の顔が刻まれる。
私は二枚選び、中核試験の穴あけを宣言した。
薄く中心までドリルで粉を採り、粉を杯皿に集める。
「火試金――骨灰杯」
ミナが目を丸くする。「骨……?」
「骨灰は銀の友達。鉛の嘘を吸う」
粉に少量の鉛を混ぜ、炉の端で朱まで焙る。鉛は酸化して杯に吸われ、銀は小滴として残る。
滴の重さで品位を出す。
滴は小さい。
規格値より二分低い。
二分――板厚の低下と同じ。整合は、嘘の側にもある。
「局長」
私はやわらかく言う。「匂いが三つあります。塩の白、油の渋、鉛の足りなさ。
――これは利益の連結です」
局長ルドの笑みは薄れた。「疑惑だけでは足りぬ」
「足ります。公開なら」
私は喧噪の向こうの見物人に向き直る。
「今から水試と秤、火試金を、市井立会いで行います。
用いる貨幣は、あなたたちの財布から、抽選で」
空気が変わる。
人は、自分の一枚になると真剣だ。
◇
抽選で選ばれた十枚。
水試――水面に浮かない銀貨は沈むが、沈み方で比重がわかる。
細紐で吊し、沈め、重みで目盛りが下がる。
十枚のうち、三枚がわずかに軽い。
秤では一匁の五分の一ほど。
火試金でも二分の落ち。
私は三枚に赤、他を青。
赤は、薄紅で救える。
救える、今なら。
「問題は三つに分かれる。
一、品位不足(芯の赤)。
二、板厚不足(針の油)。
三、漂白過多(塩の白)。
――これらは局内の仕事で、外からの圧は一つ。地金の質」
地金。
局長は唇を噛む。「港北の精錬所だ。王都の炉は原塊をそのまま受け取っている」
港北。灯台下。
黒、川、火――三本が、また海で結ばれる。
◇
昼、公開釜直し。
地金を再精錬して、品位を青に戻す工程を、広場に開いた仮炉で行う。
市井から骨灰杯を作る職人を呼び、子どもたちに青い紐を巻いて滴の数え役にした。
滴は八十三――規格の八十五に届かない。
私は滴の小さな欠けを指で示す。
「酸化が進みすぎ。炉温の拍が速い」
拍を落とす。一、二、三、四。
風箱を一定に、燃料の供給も一定に。
次の滴は八十六。
青が灯る。
拍は、銀にも通じる。
「薄紅返還計画#002(貨幣)を開始します」
私は掲示台に貼り、声を上げた。
「『赤』の銀貨は局で引取り、青と手数料薄紅で交換。
板厚不足は再打刻、漂白過多は表面研ぎで是正。
――走った利益は、返る」
人々の顔に、午前より安心が灯る。
顔は、洗えば変わる。
◇
午後、局長室。
机の引き出しから出てきたのは、為替手形の束。
発行は内陸の穀倉地帯支店、支払は港北の精錬所。
手形の日付は祭り週に集中。白い頁の週だ。
私は一本線を引き、小麦連合と壺と黒石(三・五・八)、焼戻し裏版を連結する。
金の流れは、三線で走る。
パンと壺と剣――どれも、港北で色を変え、王都で使われる。
「局長。港北精錬との契約、『精銀返しの歩合』が不自然です」
私は契約書の端を指で弾く。「歩合が月末に跳ねる。祭り週の翌週だけ」
ミナが素早く板に書く。月末跳ね=決算粉飾の赤信号。
ユリウスは目だけで頷き、騎士団長へ短く指示した。「精錬所を押さえる」
そのとき、窓が一度だけ鈍い音を鳴らした。
外を行く荷車の振動に、窓格子が微細に震える。
震える頻度が、街の拍とずれている。
私は耳を澄まし、机の上で指を打つ。一、二、三、四……五。
五。
――五拍。
王都の規格は四拍。
五拍は、外の街。
異国の通し拍。
「ユリウス。外貨の匂い」
「どこから」
「商館。港北の外商。五拍で運ぶ」
◇
港北・精錬所。
炉の端に水銀の壺。
水銀で銀を白く見せる工夫は早いが、毒だ。
骨灰杯の白が鈍り、滴の音がくぐもる。
私は壺に同時刻印を押し、封鎖。
所長は口を尖らせた。「王都の注文が急げと言うからだ!」
「急ぎは嘘の親戚」
私は壁の為替板に目をやる。
外商の手形が、内陸から港へ、港から外へ。
銀の赤は、国境で顔色を変える。
騎士団長が短く告げる。「押収」
ユリウスは冷静に頷く。「王家名義で。公開でやる」
◇
夕刻、王都広場。
水晶板に新しい帯――「銀の赤」。
品位、板厚、漂白、再精錬の滴、交換数。
その横に、外貨拍の帯。王都四拍、外商五拍。拍の差は、利ざやの源だ。
ブラントが腕を組み、「五拍は厄介だな」と唸る。
私は頷く。「拍は国の呼吸。呼吸の違いで、色が変わる」
王太子が現れ、帯を見上げる。「顔を守るには?」
「顔は洗い、芯は鍛え、拍は合わせる。
――王立の試金を恒常に。『試金箱』を市井立会いで」
ミナが目を丸くする。「箱?」
「年一、乱取りで銀貨を抜き、火で芯を試す。箱の鍵は三者割符――王家・監査・市井」
王妃の扇が背後で軽く鳴った。「可愛い名ね。箱は人の物語を呼ぶ」
「物語は信頼を呼びます」
王太子は、帯から目を離し、短く言った。
「承認しよう。王立試金箱、創設だ」
◇
夜、宿。
机の上に匿名の羊皮紙。
今日の滴の銀粒を載せると、紙がわずかに鈴を鳴らした。
新しい一行。
――「白は海で洗え/黒は川で晒せ/赤は火で鍛えよ」
その下に、小さな続き。
「青は息で支えよ」
青。
信用。
呼吸。
王国の拍。
私は窓を開け、夜風に合わせて一、二、三、四と刻む。
明日は息の話――王立銀行と呼吸の規律。
剣は今を、帳はこれからを、銀は顔を守る。
息が、全部を繋ぐ。
◇
監査メモ/#09「造幣局監査、銀の赤は舌で嘘をつく」
・表面漂白(塩・酸)で白く、芯は赤(銅):火試金(骨灰杯)で品位を可視化。
・針の油足しで板厚偽装→同時刻印+針交換で“二分”の不足を顕在化。
・標準値の写し=拍が揃いすぎる数字。現物の乱取りで是正。
・薄紅返還#002(貨幣):赤貨の交換/再打刻/表面研ぎを公開で。
・港北精錬の水銀白化と月末跳ね→為替手形・祭り週・外商五拍で連結。
・王立試金箱(年一乱取り×市井立会い×三者割符)で**顔(貨幣)**の信頼を恒常運用。
・匿名書簡の続き:「青は息で支えよ」=信用と王立銀行の規律が次の焦点。
・次回:王立銀行、息の拍――貸借の青と取り付けの黒。




