第14話 総勘定元帳、嘘の終値
王都の朝、掲示台の帯は七色で揃った。
白・黒・赤・青・緑・金・紫――そして、最後に載せるべき一つの帳。
私は水晶板の上に総勘定元帳の枠を置き、帯をすべて借方/貸方へ連結する。
物語は派手に終わらない。終値は静かに決まる。
「本日の議題は一つ――『反転流』の遮断」
私は白金の算棒で拍を打つ。一、二、三、四。
「港北→外商→王都を巡って、色を偽装する逆流を、借方貸方で止める」
ユリウスが頷き、騎士団長が腕を組み、王妃は扇を細く開く。
王太子は帯の交点を見つめ、居心地の悪さを隠さなくなった――それは責任に変わる直前の顔。
◇
まず、白の穴(帳の欠落)。
内陸支店・祭り週の白頁。
私は白頁運用規程を元帳に組み込み、白頁の借方に**『後記拘束』、貸方に『立会印コスト』**を計上する。
白は自由ではなく“費用”だと帳に書く。
費用にすれば、誰も無邪気に増やせない。
次に、黒の上塗り。
洗い張り屋・三・五・八。
工程掲示の指標を副元表にコピーし、「上塗り差」を検収差異として計上。
差異は薄紅返還の原資へ自動連結。
黒は時間で濃くなる。時間を省くと負債になる。
帳は、嘘を負債化してから回収する。
赤の虚飾。
鍛冶街の赤土化粧/焼戻し。
焼戻し時間の予算化を標準原価に織り込み、省略を歩留差損で計上。
差損は調達局の特拍支出と相殺。
英雄譚のどや顔は元帳に載らない。載るのは戻し時間だ。
青の呼吸。
王立銀行の吸吐間3:2:1とブルー・クリアリング。
拍差指数を資本コストに変換し、五拍の清算は上限割付手数として外商貸方へ積む。
呼吸は見えない金利の皮膚だ。皮膚は帳で厚みになる。
緑の投資。
仮橋・苗木・土留め・現象配当。
緑債は三重配当を配当性負債として管理し、配当手段が現金/現象で変わるたび付随注記を流す。
詩と約款を二重仕訳。
木陰二度が道路費マイナスに自動記帳されるのを、みんなの前で見えるように。
金の眠り。
土の銀行の澄/翳。
眠り利率=目減り率・虫穴率の逆数を在庫評価換算法に登録。
眠り悪化は評価損、眠り良化は評価益。
金は土に寝かすと時間価値が付く。早起き料は付けない。
紫の手続。
式の四拍、二層孔、視界指数、現象贈答。
紫税(席次の闇徴収)は礼儀費用として公費負担不可。
招待孔は一致率が90%未満になった時点で式自体を遅延――式の恥を式で支払う。
◇
すべてを総勘定元帳へ載せ終わると、帯は交差点でひとつに結ばれる。
私は最終仕掛け――『連結トライアル(終値試験)』を宣言した。
「市井乱取りで、七色の票を一枚ずつ抽出。
――白票:白頁後記/黒票:上塗布/赤票:戻し時間/青票:拍差/緑票:現象配当/金票:眠り利率/紫票:孔一致。
七つの終値を同時刻印で一括固め、外商五拍の包囲下で公衆前に締める」
広場は静まり、空だけが青い。
ヴァーレが紫のかごを抱え、子どもたち(青い紐)に合図する。
乱取りが始まる。
市井の手から選ばれた七票が、机の上の一本線に並んだ。
その瞬間、五拍の重い靴音。
外商商館長が、礼儀通りに――つまり遅れて――現れた。
帽子を取り、静かな笑み。
「監査官、総帳は美しい。が、市場は速さで決まる」
「速さは選べます。――四拍に割付ましょう」
私は同時刻印の紫栓を外し、四拍改札を開く。
商館長は笑みを崩さず、五拍で踏み出す。
孔が一本、合わない。
会場の息が止まり、恥が白く立ち上る。
王太子が一歩前へ出た。
「王家の拍は四。五は待て」
扇がかさりと鳴り、五拍が足踏みへ変わる。
礼は、刀より穏やかに道を塞ぐ。
◇
終値試験。
白票――白頁は二枚、後記拘束が一枚未達。薄紅罰を立会印コストに付け替え。
黒票――上塗差は三日工程不足、割賦是正の二回目を明記。
赤票――戻し時間は平均十四、規格十五に一分不足。調達局の裏版廃止通知が遅延、特拍で穴埋め。
青票――拍差指数は0.63(薄紅)、外商上限手数を二段に。
緑票――木陰二度実測、道路修繕減の計上を当季に前倒し。
金票――眠り利率は1.06、浅俵の往還率改善で評価益計上。
紫票――孔一致率は94%、熱孔を三件検知・式遅延なし。
七票の数字が一本線に揃った。
私は白金の算棒を静かに鳴らす。ちり。
「――総勘定、終値確定」
水晶板に白から紫までの帯が一本の青に収束し、『均衡終値』の字が浮かぶ。
外の五拍は、中の四拍に割付られ、終値は王都時間で閉じられた。
◇
商館長は笑みを薄め、目だけで私を測った。
「君は速さと美しさを混ぜない。そこが強みだ」
「混ぜるなら、焼戻しで」
「なるほど」
彼は帽子を被り直し、五拍で去った。
敗北の拍ではなく、学習の拍。
ユリウスが机に布告案を置く。
『総帳布告』――王立試金箱/緑決算/青清算/紫手続の三者割符を総帳に恒常連結。
白頁規程/黒の工程/赤の焼戻し/金の眠り――全部が副元表で毎月公開。
王妃が扇で風を送り、王太子が印を押す。
「王国は帳で立つ」
「帳は人で立つ」
私はミナの手元の板を見た。
青い紐の子どもたちが、七色を一本に結ぶ図を描いている。
講義は、遊びに似ているほうが長持ちする。
◇
夕刻。
広場の片隅で、サラが紫の封筒を差し出した。
封蝋は本紫、孔は二層、縁は水晒し。
中は、匿名の羊皮紙。
――「総帳、見事。残るは“始業ベル”」
短い一行。
終わりは決算ではない。始業だ。
最終話は、虹の決算。
色を統合し、始業ベルを鳴らす。
私は白金の算棒で最後の拍を取る。一、二、三、四。
帯は静かに揺れ、王都は二度目の朝に向けて息を整える。
◇
監査メモ/#14「総勘定元帳、嘘の終値」
・総帳連結:白(白頁)/黒(工程)/赤(戻し)/青(拍差)/緑(現象配当)/金(眠り)/紫(手続)を借貸へ統合。
・白=費用化(後記拘束+立会印コスト)。黒=検収差異→薄紅返還。赤=省戻し→歩留差損。
・青=拍差→資本コスト化、五拍は上限手数で吸収。緑=現象配当の二重仕訳。
・金=眠り利率を評価換算、浅俵往還で評価益。紫=一致率しきい値設定で式遅延を恥で調整。
・終値試験(市井乱取り七票)で均衡終値を公開確定。
・総帳布告:試金箱/緑決算/青清算/紫手続を恒常運用、副元表は毎月公開。
・外商の五拍は礼と割付で吸収――速さと美しさを混ぜない。
・次回(最終):第15話「虹の決算、王国は二度目の始業ベル」――色の統合、新布告、そして“これから”の拍。