第13話 礼の費用、紫の手続
王家儀礼局の廊は、香と絹と足音でできている。
こと、こと、こと――控えの小太鼓。
拍が速い。礼が急ぐとき、たいてい費用が増える。
掲示台に新しい帯を一本。
――「紫の手続」。
式の呼吸(四拍)、席次の青石、贈答の薄紅、招待の同時刻印。
礼は潤滑油。増やしすぎれば床が滑る。足を滑らせる費用を、紫で整える。
「監査官、ようこそ」
出迎えたのは儀礼総長セラフィン。薄縁の眼鏡、扇の動きは水面のように静かだ。
「今日は次王生誕祭の式次第監査とか。ご安心を。王家の礼は完璧です」
「完璧は粉飾に似ます」
私は微笑み、白金の算棒を机に置いた。「見える完璧にしましょう」
◇
第一の棚――式の呼吸(四拍)。
一、集(招待)/二、整(入場)/三、祝(儀礼)/四、散(退出)。
儀礼局の案では「集」が五拍。外商の五拍が紛れている。
「遅延拍が入ると、列に『優先の抜け道』ができます」
私は入場口に紫の栓を設け、四拍に割付。
青石を渡された司書と侍女が列の拍を数え、五拍の客は緩衝窓で待機→四拍に改札。
列は呼吸を取り戻し、ため息が小さくなる。
礼は、ため息が小さいほど正しい。
第二の棚――席次。
席次表は美しい。美しいが、見えない税が乗る。
通路際の椅子料、背もたれ高さ料、集合写真の中心料――目録にない紫の上納が封筒で動く。
「紫の税は、恥を嫌う」
私は椅子に小孔を開け、席次札の端と同時刻印で結ぶ。
孔の裂け線は二本で正規/一本で割り込み。
加えて、席の視界指数を掲示――柱、花、楽師の前、喫い口の近く。
視界指数が青なら追加料禁止。薄紅は実費範囲。
背もたれ高さ料は廃止。背中に高低差を付けるのは、だいたい見栄で、腰に悪い。
第三の棚――贈答。
祝意は嬉しい。が、贈答台帳は洗濯機にもなる。
香油、金器、絹反物――再贈流通の矢印が王宮内でぐるぐる回り、最終的に港北で金に戻る。
「礼の焼戻しをします」
私は贈答を三段に仕訳した。
現物(展示可)/現金(薄紅基金へ)/現象(木陰・学校の本・湯の一回分)。
現金→薄紅、現象→掲示。再贈流通の矢印は切る。
贈答は**「見える祝意」の壁に範囲表示で掲示(〈小〉〈中〉〈大〉)。数字は幅だけ。額の競争を趣旨の競争**へ。
第四の棚――招待。
招待状は美しい紙だが、紙は偽装が好きだ。
式次第の時間をずらした裏版(斜目)が散在している。入場拍の抜け道を作るための。
私は招待札を二層に。
外層:紫紙に時刻孔(入場窓の時間帯)。
内層:白紙に席次孔(席の位置)。
二層の孔が同時刻印で揃って初めて入場可。
孔の縁を水で晒せば、裏版は毛羽で露見。
紙も、黒も、銀も、晒すと正直になる。
◇
公開予行。
広間の扉を半分だけ開け、四拍入場を市井立会いでテスト。
入場列の先頭――外商の代理がいつのまにか二拍で滑り込もうとした。
ピン。
孔が一本。
私は静かに札を戻し、紫の栓へ誘導した。
「紫は礼で整えよ。――あなたの拍は五。四に合わせて美しく」
代理人は無表情のまま、扇の骨を少しだけ鳴らした。礼は、骨を鳴らす音でだいたい測れる。
席では背もたれが揺れていた。
背高椅子を持ち込んだ商会長が、視界指数の掲示を見て顔をしかめる。
「寄付してるのに、椅子も自由にならぬのか」
「寄付は現象で返ります。木陰、本、湯。――背は平らに」
私は薄紅の礼を差し出した。
謝意状の範囲表示(〈大〉)を公に掲げ、背高椅子は寄付収納へ。
彼は渋い笑みを浮かべ、現象寄付で市場の氷を申し出た。
恥の自走力は、ここでも働く。
◇
午後、儀礼局の衣紋庫。
衣装目録は長い。だが、同じ色の重複が多い。
紫は位の色であり、濃度が細かく刻まれている。濃紫/本紫/浅紫。
染料台帳の端に黒石(三・五・八)。
王宮外の洗い張り屋と回し目。
黒→紫の上塗りは、汗で落ちる。
「汗試験を入れます」
私は袖口を水で濡らし、塩を少量。
三拍で色が薄くなる衣は舞台衣装へ、式では使用不可。
衣装は詩で、同時に資産だ。減価償却が要る。
倉の奥から、古い文書箱が出た。
席次賄賂の実名はない。あるのは**「案内役の小銭」の束。
小銭は恥を嫌う。小さいほど広く行き渡り、制度を微細に削る**。
「案内役は王立ボランティア化」
私は青石で当座清算、チップ禁止。
代わりに**「手引き籠」を設け、困っている来賓へ先導券(紫)を無償**配布。
礼の薄紅は、無料の導線だ。
◇
夕刻、広場。
水晶板に**「紫の窓」が増える。
式の呼吸(四拍)、視界指数、贈答の範囲表示、招待孔の一致率、案内券の配布数。
王太子が帯を見上げ、「礼にも指数か」と笑う。
「はい。礼は費用を減らす技術。数で薄紅にできます」
第一王妃が扇をかすかに鳴らした。「美しさは残る?」
「残します。見せびらかしを削り、見せどころを残す」
私は『祝意の一分劇』**を提案した。
一分(六十拍)、三人、一景。
贈答の代わりに、物語で祝う。
王妃は目を細め、「可愛い節約」と笑った。
◇
その夜。
儀礼局の裏庭で、孔を焼き広げる匂い。
誰かが招待札の孔を熱で伸ばし、別の時間帯に合致させようとしている。
サラ(王妃の侍女頭)が暗がりで手を伸ばし、熱孔金具をひねり落とした。
「紫は礼で整えよ。――孔の縁は熱で伸ばすと茶色になる。水晒しの縁は淡い。掲示で区別しやすい」
私は頷き、**『孔縁色票』**を板に加える。
捕らえた細工人は港北の刻印師。
口を割らない。
私は薄紅の宣言を差し出した。
「名と拍を。五拍で賃をもらったなら、四拍に戻す役を」
彼はしばらく黙ってから、外商商館の名を出した。五拍の主。
ユリウスが短く頷く。「総勘定の前に、紫で穴を塞いだ」
◇
夜更け。
王家の会議室で、私は**『紫布告案』に署名する。
式の呼吸四拍/席次視界指数化/贈答の現象化/招待二層孔/案内券の青石。
王太子は印を押し、王妃は扇で静かに風を送る。
「礼が整えば、恥は働き**、見栄は痩せる」
「見栄が痩せると、財布が太る」
ユリウスが喉の奥で笑い、私は白金の算棒でちりと拍を取った。一、二、三、四。
窓辺で匿名の羊皮紙をひらく。
白は海で洗え/黒は川で晒せ/赤は火で鍛えよ/青は息で支えよ/緑は森で育てよ/金は土で眠らせよ/紫は礼で整えよ
――その下に、極小の点が一つ、金で光る。
「総帳へ」
全ての帯を一冊に。
総勘定元帳、嘘の終値。
次は、終わりの前の計算だ。
◇
監査メモ/#13「礼の費用、紫の手続」
・式の呼吸=四拍で統一。五拍(外商拍)は紫の栓で四拍割付。
・席次:視界指数掲示+席次孔×同時刻印。通路料/背もたれ料を廃止、見栄→薄紅。
・贈答:現金→薄紅基金/現物→展示/現象→掲示。範囲表示で額競争を凍結。
・招待:二層孔(時刻/席)+孔縁色票で裏版と熱伸ばしを看破。
・案内役は王立ボランティア化、青石当座清算、チップ禁止。無料の導線=礼の薄紅。
・衣装は汗試験導入。舞台用/式用を減価償却で分離。
・次回:第14話「総勘定元帳、嘘の終値」――港北・外商・壺・銀貨・武具・緑債・紫手続、全連結監査戦。