序章/東レンツァ鉄道
「ケイ、また、あえるんだよね?」
「うん、今度はウィクシアンの花が咲いているといいなぁ」
「それなら、5月ごろにおいでよ。案内してあげる。とっておきの場所があるんだ」
「わかった。5月ね。また、いつかの5月」
「うん、また。いつかの5月に」
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「大岡さん、ほら、もうそろそろ着きますよ。起きてくださいよ」
あれは、山城の声だ。山城亜季。みんな彼女のことをあっきーと呼んでいる。さあ呼んでみよう。
「あ、あっきー」
「あ、あっ?や、やっと起きましたか。っていうか大岡さんが私のことあっきーって呼ぶの珍しいですね」
「ああ、すまん山城……。ねむい。いや、ねぼけてた」
「知ってます。大岡さんもご存じだと思いますが、私たちの目的地は終点じゃないんですからね。そろそろ準備しないと」
「ああ。すまん」
山城の視線をやや感じつつ、支度をすすめる。もっとも、支度といっても鉄道旅行の程度だ、たいしたものではない。余裕を持って終えることができた。ふと車窓に目を移すと、そこには一面の草原と、薄青の空とがひとつの調和した風景をつくっている。山城も車窓からみえる風景を楽しんでいるようで、その横顔は穏やかだった。それらをゆったりと眺めていると、やがて風景にちいさな街が割り込んできた。
「そろそろだな」
「ええ、いきましょうか」
「ああ、いこうか」
二人はいままで定位置だった座席から腰をあげる。鉄道がちょうど駅舎についたころだった。そのまま、鉄道のそとへ一歩踏み出すと、さわやかな初夏の風がふわりと全身を包んでいくのが感じられる。おもわず、両手を天のほうへ突き上げて、ぐうんと伸びをする。
「なんだか大岡さんってすごく大人っぽかったり、子供っぽかったりしますよね」山城が笑う。
「おお、そうか?」
「なんとなく、ですけどね。いきましょう?」
山城はにこりと笑って歩き始めた。
「なあ、山岡」
「なんですか」
くるりと回って山城がたずねる。長い髪が、すこし風になびいた。
「改札、そっちじゃないぞ。こっちだ」
そういって私は親指で自分の後方を指差す。そして、ゆっくり歩き始めた。
「あ、そ、そうですね」
山城は少し照れたようにしてこちらについてきた。こういうしぐさをみると、何となくかわいいような気がして、何となく、こまる。