2025/09/09[重陽の節句]
庭の菊の花が綺麗に咲いていた。
薄ピンクの珍しい菊の花。特に手入れをしているわけではないが勝手に生るのだ。困りはしない、特に今日ばかりは。
紅子は名前に負けるタイプの女だった。六十 を超えてから自宅で始めたピアノ教室はまあまあで、生徒が数人いる。平日はいつも代わる代わる生徒が現れるので退屈しない。
この歳まで、この歳になっても結婚しなかったのは意地のようなものだったかもしれない。一目惚れの人は高校時代に亡くなってしまった。風邪を拗らせて呆気なく。
当時は泣いて泣いて、もらった手紙を抱きしめて生きたがそれ以上にいい男がいなかったのだから仕方がない。
夕方のレッスンが終わると生徒のお母様がお迎えにくる。最初は子育てもしたことのない女が教えるピアノなんてと言われたこともあったが今ではなんとかなっている。
「こうこせんせい、さようなら!」
「はい、さようなら。お家でも練習してね」
そう返すと傍らの母親が気まずそうに紙袋を差し出してきた。
「すみません、先月のお月謝遅れてしまって、あとこれ、つまらない物ですが……」
え、そんないただけないと言おうと思ったが親子はあっという間に帰ってしまった。
中には月謝の封筒と、小さな酒瓶。
菊の花びらが入った日本酒だった。
「まあ、おしゃれなこと……」
紅子は今日というめぐり合わせを感じた。
重陽の節句。少し飲みすぎてしまったかなと紅子は息を吐く。
甘口で飲みやすく、つい一本開けてしまった。縁側から覗く月はとても綺麗でまるで手が届きそうなほど大きい。
ふっと、手に何かヒヤッとしたものが触れた気がした。
横を向くと黒い学ランが見えた……、ああ、そういえば彼が風邪を拗らせて亡くなったのは丁度……