2025/09/03[先生とわたしとネタ]
「先生、車直りましたー?」
まだ暑い夏の日。
わたしは先生の部屋へと訪れていた。
「……、暑い」
先生は冷房のきいた部屋で大きなものソファーに横になっていた。開きっぱなしのノートパソコン、飲みかけのブラックコーヒー。乱雑に積まれた単行本。それら全てがわたしの好きなものだ。
「車は直ったよ。道祖神の請求書もしっかりきたけどね」
「良かったじゃないですか。壊しっぱなしは寝覚めが……、かなり悪いですよ」
まあね、とつぶやいて、先生は目を閉じた。長いまつ毛、薄い唇。高い鼻。賢そうな額が珍しく見えている。なんというか今日の先生は全体的になんというか! 耽美だ。
わたしが内心どきどきしていると、先生は目を開けてつぶやいた。
「ネタ」
「は?」
「ネタがない」
お寿司のネタ、ではなく小説のネタの話だろう。先生はコンスタンスに作品を出している専業作家だが、たまに刊行が滞る時がある。こんな時だ。
「探しに行きます? ネタ」
「そんなに転がってるもんかな……」
先生はすっくと立ち上がって、飲みかけのコーヒーを飲み干した。
「不味……」
「いつのです? それ」
少し考え込んでから気まずい顔で三時間前と言った。この三時間ほど仮眠していたのだろう。
先生は掛けてあったジャケットを羽織り、そこに財布とスマホと煙草を入れた。
身軽なものである。
久々に見たプリウスは傷もなく、なんだかピカピカしていた。
「洗車しました?」
「なんか直してくれたときに洗車されてたね」
わたしはふと、今まできいたことがなかったことをきいてみた。
「先生ってなんでプリウスにしたんですか?」
「あー、これ叔父からのお下がりなんだよね、なので僕の好みじゃないかな」
先生はエンジンを掛けながらそう言った。先生の叔父様とは会ったことがないけれど、車をもらえるというのはなかなかレアイベントに思える。
「じゃあ、行きますか」
「はい!」